第二十七話 休暇の使い道(叶未の場合)
宿舎の部屋に戻って一晩経った後、休暇を迎えた叶未はどう過ごそうかと悩んでいた。
葉音や美穂のような趣味があるわけでなく、強いて言えば食べ歩きが趣味である。
異線の使用や普段の運動量に相応しく相当に食べる方で同じ隊の人間でも見ていて胸焼けするような量を食べることも珍しくない。
風邪を引いた時には流石に食事量が減るが、それでも牛丼10杯ほどなら食べてしまえる。
とはいえ、今日に関しては食べ歩きの気分でもなかったので朝からどう過ごすか悩んでいた。
のんびり過ごすというのも手ではあるが、あまりじっとしていられる性分でもないためどこかに赴く方が休暇の使い方としては彼女に合っていた。
スマホを使って、いくつか身体を動かせそうなところや楽しめそうな場所を探しているがなかなかしっくりこないようだ。
(テニスって気分じゃないなぁ。ボウリングは一人じゃちょっとなぁ。トム君誘ってみようかな)
悠江の部屋を何度もノックするが出てくる気配がない。
メッセージを送ってみて返信を見るとどうやら出かけているようだ。
(仕方ない。訓練所に行くか)
カラオケもありだと思っていたが、一人カラオケより人と行くカラオケの方が好みらしく思いついた矢先に選択肢から除外した。
だからと言って休日まで職場の訓練所に向かうのはうら若き乙女としては少々寂しいのかもしれない。
個人の趣味はその人の自由ではあるが。
隊の事務所に入ると、まず墓人に挨拶をする。
「おはようございます、隊長」
「おや?今日は休暇だと言ったはずだが」
宿舎からそれほど遠くない隊の事務所の二階に顔を出して、元気よく声を出すと少しばかり驚いた様子の墓人や他の隊員たちがいる。
医療班の癒尾瀬麗衣はすでに察していたのか、訓練所のカードキーを渡す。
「はい、叶未ちゃん。どうせ身体を動かしたくて訓練所を使いたくなったんでしょ?」
「えへへ、よくわかりましたね」
「もう。休暇の過ごし方は自由だけど身体を休めるのも大事なのよ」
「はーい」
毎度のことなのか、響かないと思いつつ呆れたように、諭すように叶未に言う麗衣だが、案の定右から左に話が抜けていってしまう。
墓人は事務所に来た理由に納得しながらも少し困った顔を見せる。
「休日にたまに使っているのは知っていたけど、訓練の時間も業務中にちゃんとあるんだから休日は遊びに行ったりしようよ」
彼は若い子にはもう少しプライベートを充実させてほしいと思っていたのか、無駄だと思いつつも言ってみる。
「大人しく座ってゲームとかも苦手なので、一番身体を動かせるここに来ました」
「…そっか」
プライベートの時間の過ごし方まで口を出し過ぎるのも良くないだろうとそれ以上何か言うことはなかった。
「じゃあ行ってきます」
カードキーを受け取ると叶未は地下にある訓練所へと向かう。
扉の横でカードキーをかざすと、自動で左右に扉が開く。
中に足を踏み入れると、そこは床や壁、天井など一面が白い空間であった。
広さはサッカーコート二つ分ほどの大きさで入り口からほど近い場所に操作盤のような物が浮いていた。
叶未は慣れた手つきでその盤を動かすと、すぐさま白い空間は草原に変わり、木までもが生えていた。
この空間内に具現化されたものは全て本物で土や草、木も確かに存在している。
極小の世界創造、それがこの部屋の持つ権能である。
墓人がかつての大戦時に打ち立てた戦績によって与えられた、神器の一つだ。
制限としては生物の命そのものは生み出すことはできない。
植物は生物ではないかの疑問はあるが、今のところ野菜や果物も生み出せるのは確認されているから問題ないのだろう。
生み出された大地に立って叶未は主武装である鎌を手に持つ。
手を下にしながら極限まで体の力を抜いて、高速で地面を駆ける。
それは常人が見れば微かに残像が見えるかどうかといった速さであり、それを維持しながら振るわれ続ける鎌は正に鎌鼬を想起させる姿である。
けれど、一定以上の強者であればまだ反応できる範疇である。
叶未は更にスピードを上げる。その速度で動きながら地面や木に触れて、異線を発動させながら分解し弾丸のように分解物を一点に飛来させる。
飛来させる地点は変わり続け、まるで動く敵を想定しながら訓練を行っているかに見えた。
避けられたのか防がれたのか、いずれにしろ叶未がイメージしている敵は簡単に倒せる相手ではないようで、苦戦をしている様子になりながらも笑みを浮かべている。
時には浮かせた瓦礫を足場にして、空中戦も行い戦闘の熱を激化させる。
仮想敵との戦いを終えた叶未は全力で動き続けたからか、草原の上で息を切らせながら仰向けで寝ている。
しかし、その顔は非常に満足気で休みの過ごし方で悩ましい顔を浮かべていたのが嘘のようであった。
立ち上がって操作盤を動かして元の空間に戻してから、水を飲みタオルで汗を拭いている。
本人にとって先ほどの動きは満足いくものだったからか、ゆっくりと鎌の振るい方や立ち回りを復習している。
ただ、教団で苦戦していた鎧南の硬さを完全に突破するにはまだ威力が足りないと感じていたからか、大鎌で斬る動作に段々と力が籠る。
(あんな防御力初めて見た。菊咲組の人は力強さはあっても斬れない硬度じゃなかった。けど、あの男の鎧の硬度は並大抵のものじゃなかった)
今まで、斬れないということがなかった。
戦いの途中から鎧を削ることはできていたが、悠江がいなければ勝利はなかった。
無論、悠江にとってみても叶未がいなければ勝てなかった戦いではあるし、そもそもタッグで戦うのが基本であるから一人での勝利にこだわる必要はないが、それでも個人で勝利したかった。
負けず嫌いであるために更に強くなろうと貪欲に鎌を動かす。
次にあのような硬度の敵に出会ったら必ず斬ってやろうと胸に秘めながら。
「ふぅ。ちょっと集中力が乱れてるな」
段々と雑念が混ざり始めたことを自分で理解していたのか一度息を吐いて、鎌を置く。
その場に座って座禅を組むと、そのまま目を瞑って瞑想を始める。
動きに納得がいかなくなれば瞑想をすることも必要だと拳陽に教わってから、訓練の途中で座禅を組むことを行うようになった。
(私の一閃は強力なはずだけど最近は受け止める人も多いな)
武器の性能も高いが、やはり叶未の技と力も目を見張るほど高い。
依頼を受けて戦う相手も大抵は一撃にて葬れる強さがあった。
けれど、それが叶未の腕を鈍らせてしまう要因でもあった。
隊内でも訓練を行っているし、対人戦の訓練も積んでいるが生死を分ける戦いそのものが減少していた。
本質的な成長の機会を失っていたのだ。
しかし、最近になって強敵が連続して現れたことで改めて鈍っていたことを認識しそして血を燃やす感覚を思い出した。
瞑想によって心を落ち着けながらも、同時に闘争本能を燃焼させていた。矛盾する二つの状態に陥りながらも鎌を持って演武のように技を繰り出すとキレが取り戻されていた。
むしろ、増しているようで三つの斬撃が一つにしか見えぬほど勢いがあった。
そのまま、操作盤に触れて別の場所を再現、構築しようかとも思ったが突然扉側から声がかかる。
「叶未ちゃん、そろそろお昼の時間よ。一度ご飯食べたほうがいいわよ」
声の主は麗衣で、どうやら時間を忘れて鍛錬に打ち込んでいるうちに昼を過ぎたようだ。
麗衣は叶未が食事の時間すら忘れているだろうことは分かっていたからこそ、呼びに来たのだ。
医療班として、隊員の健康管理も仕事の一つだと彼女は考えて行動している。
「はぁはぁ、分かりました~。すぐに出ます」
話しかけられたことで一気に空腹感が襲ってきた叶未は大人しく言うことを聞く。
能力を使うにも体力を使う上に全力の速さで動いたために、倒れそうなほどお腹が空いてしまっている。
「一緒に食べましょう」
「はい!」
ランチのお誘いを受けて断るはずもなく鎌をすぐに縮小させて、駆け寄っていく。
扉が閉まって、そのまま地上に上がるとどこで食事をしようかと話し合う。
色々と悩んだ挙句に選んだのは近くの定食屋である。
「ここって、唐揚げが美味しいんですよね」
「私は鯖の味噌煮派かしら。ここのは一味違うのよね」
卓に着いてメニュー表を見てどれにするか悩んでいる二人。
二人はそれぞれの美味しいと思うメニューを言っているが、一番人気は生姜焼き定食であった。
しかし、メニュー表にそんなことが書かれてあっても食べたいものを食べるのが人間である。
「色々と考えたけどやっぱり鯖にしようかしら」
「私も悩んでみたけど唐揚げが一番おいしいと思っているのでそれにします!」
他の定食や麺類、丼物にも目を惹かれていたが結局自分が一番だと思っているものを注文することにしたようだ。
人の好さそうな老齢の女性に注文を取ってもらい、二人で雑談を交わす。
「最近は厄介そうな依頼ばかりで大変よね」
「でも、戦りがいがあるので楽しいですよ」
「叶未ちゃんはそれでいいけど、悠江君のことも考えてあげてね。あの子、仕事はちゃんとしてるけど戦いが好きなわけじゃないからあまり無理をさせ過ぎるとやめちゃうわよ」
「私が気を付けなくてもトムくんは自分で線を引いて仕事してますよ。私みたいに全力じゃなくて肩の力を抜いてのらりくらりとしてますから」
「それも信頼の形なのかしらね。でも確かに、悠江君って力の抜き方上手いわよね」
「菊咲組の幹部相手に殺気すらなく戦ってましたよ」
「ある意味、一番大物になれそうな気がするわ…」
悠江の話題で盛り上がっている間、彼がくしゃみをしたのは偶然ではないだろう。
「あっ来たわ」
二人だけの女子会に花を咲かせていると、注文した料理が到着した。
「相変わらず美味しそう!」
「なんだか味噌煮が輝いて見えるわね」
空腹が見事なスパイスになって二人は目の前の料理が一層美味しく見えている。唐揚げは黄金色に光って、大きな鳥が六つも入っている。鯖の味噌煮は味噌がよく絡まっているようで匂いだけで米が進みそうだ。
手を合わせて、割り箸を割って食べ始めて少し経つと麗衣が一つ提案する。
「叶未ちゃん、少し交換しない?」
「いいですね」
叶未が提案に乗って互いに少しばかり鯖と唐揚げを交換するとそのまま口に運ぶ。
「「美味しい!」」
声が重なって感想が出てきた二人は顔を見合わせて笑い合う。
そうして楽しい雰囲気のまま昼食を終える。
事務所に戻った二人は一階で別れる。
「叶未ちゃん、まだ訓練していく?」
「はい。もう少しで何かが掴めそうだったので」
「そう。頑張ってね」
「ありがとうございます!」
その後、叶未は白い空間を建物だらけの地形にして跳び回り夕方まで鍛錬を続けた。
鍛錬を終えて帰宅した後、気持ちよさそうにクマのパジャマで眠ったらしい。




