第二十六話 休暇の使い道(悠江の場合)
「明日は二人とも休暇だから、ゆっくりと身体を休めてくれ」
墓人からそう告げられた叶未と悠江は、巫女服の依頼の報告書を早々に提出して各々宿舎の部屋に戻った。
普段はなかなかに過酷な肉体労働とさらには緊張感でいっぱいの職務に準じているため、束の間の休息は大層重要なものとなっている。
正規の軍人と比べると精神的にもかなり負荷のかかる仕事を行っているが、そこは全員特に問題がない。
ただ、気づかぬうちにストレスが溜まっていることもあるからこそ、休暇をゆっくりと過ごすことは必要不可欠である。
単純に趣味に時間を費やしたい者も、勿論いるのだが。
睡眠を取り、休暇を迎えた二人は、好きなように過ごす。
「たまには外に出るか」
悠江は部屋でスマートフォンの電源を着けて数回しか行ったことがないショッピングモールの映画館のサイトを眺めている。普段は休日に外に出ることが少ないので赴くことが珍しいのだ。
現在放映されている映画を見ていると、一つの作品でスマホを動かす指を止める。
それはスパイをテーマにした海外の作品で、かの有名な映画産業における中心地が発祥の物だ。
日本でも公開からまだそれほど時間は経っていないが、すでに多くの雑誌やサイトでランキング上位をキープしている。
見どころはやはりアクションの迫力らしく、異線を活用したその映像は予告編だけでも気持ちを高鳴らせるほどである。
日頃から並大抵のアクション映画顔負けの仕事をしている悠江にも響いたらしく、早速座席を選択して予約している。
大変人気であったためにすでにほとんどの席が埋まっていたが、ちょうど真ん中あたりの列で右端の席を取ることができ、私服に着替えてショルダーバッグを手に取り出かける準備を整える。
部屋を出たのは朝の十時を回った頃で、映画館があるショッピングモールまでは電車で一時間ちょっとといった距離である。
朝ごはんは済ませていなかったが、映画館でホットドックでも食べようかと思っていた。
なお、ポップコーンはあまり好きではないらしい。
映画を観るときはいつも最後まで余らせてしまうから。
駅で電車に乗り込んで、耳にイヤホンを着けてスマホで音楽をかけながら外の景色をボーっと見ていた。
生憎、座る席は無く吊革に掴まって立っていた。
乗り換えを一度挟んでショッピングモールに到着すると、今日が休日であったからか、人が多く行き来していた。
たまたま広場にアイドルのイベントがあったからか、ファンと思わしきグッズを手に持った人々が少なからず見受けられた。
(映画館も混んでるな~)
その商業施設の三階に位置していた映画館にエレベーターで上がってきた悠江は、ドリンクを買う時間があるか心配していた。
タッチパネル式になっているメニュー表に人が群がっており、列は長々と続いていた。
一番後ろに並び、時間を度々チェックしていた悠江は自分の番になってホットドックとドリンクバーのセットをタッチして、スマホで決済を終える。
店員からホットドックと空のカップの入ったトレイを受け取ると、時間が差し迫っていたのかいそいそとドリンクバーでジンジャーエールを入れて、中に入る。
入室した時にはまだコマーシャルの段階であったため、ホッとして自分の席に向かう。
すでに座っていた客に会釈をして前を通りながらようやく椅子に座った。
このショッピングモールは通常のそれよりも比較的広いため、少々喉が渇いていた。
軽く一口ジンジャーエールを飲むと、爽快感が広がった。
(さてさて、どんなもんかなぁ)
照明が消えて、制作会社のマークが映し出された。映画が始まるようだ。
座って待機しながら、期待を募らせていた悠江は期間限定のホットドックを片手に持ちながら映画を観る。
最初は主人公がバーで酒を飲んでいるところから始まり、まさかの主人公が客に喧嘩を吹っ掛けた。一応はナンパに困っていた女性を助けるためだったがそれでも破天荒である。
その後、色々とあってミッションを受け潜入を開始するのだが、なんと情報を盗み出す際に鍵のかかった扉を力技でこじ開けたのだ。
敵に囲まれれば全滅させてから逃げ出したが、重火器や兵器に狙いを定められれば車に乗り込んで建物を盾にしながら逃げ切った。
だが、実は自分の所属している組織が裏で悪事を働いていたことが発覚しそこから主人公の大暴れ。
結局、建物が大爆破して主人公が立ち去るところで話は終わるのだが驚異のテンポ感で二時間の映画があっという間に感じるほどであった。
悠江は突っ込みどころは感じながらも面白かったからそれでよしと、満足げに映画館を立ち去った。
(思ったよりも面白かったな。でも主人公がパワーで押し切りすぎだろ)
その後はショッピングモールで遅めの昼食を選びながら、ピザがある店へと入った。
最近は小麦の気分になることが多いらしい。
(どれにしようかな)
職人の腕が如実に表れるマルゲリータか、チーズたっぷりのクワトロフォルマッジの二択で悩んでいた。
最終的に、『1番人気』の文字に後押しされてマルゲリータを選択した。
(美味そうだな)
店員が調理している様子がガラス越しに見えるのだが、ピザを回している様子に感心しながら出来上がった品を届けられて目を輝かせている。
ピザと聞いてもっともイメージされやすいポピュラーかつシンプルな見た目ながらも、むしろそれで十分と言わんばかりの存在感があった。
悠江は早速、口に運ぶと濃厚なチーズと絶妙なトマトとバジルの味わいが口いっぱいに充満し並のチェーン店よりも遥かに美味であると考えていた。
(美味すぎだろ。どう作ったらこうなるんだ)
食堂が宿舎に併設されていることもあって、あまり自炊をする方でもない悠江だが家でも食べたいと思えるほどの味だったのか、割と真剣に作り方に頭を悩ませている。
(特別なチーズを使ってるのか、でも生地のちょうどいいもちもち感はどうやってるんだ?トマトソースとバジルソースも食べたことない美味さだな)
どれだけ分析しても料理下手な彼にはわかるはずもなく、けれどどうしても手軽に家でも食べたくて考えている。
(いっそ聞いてみるか?でもなぁ、そう簡単に教えてくれないよな)
企業秘密であるだろうことをすぐに教えてくれるはずもない。
結局、その味に舌を唸らせながら完食までずっと思案し続け店員に聞くこともできぬままに店を後にした。
ちなみにその店の従業員の間で一番美味しそうな顔で食べていた客として悠江が認知されたのはまた別の話。
ショッピングモールを出た後は、少し寄り道して折角外に出たからと『討伐人』や軍人からも人気のある封武取扱店に足を踏み入れる。
そこはビルが立ち並ぶ中で、堂々と鎮座しておりショーケースの武器の数々は大人も子供も心揺さぶられる品々ばかりであった。
なお、『討伐人』とは特殊な動物を討伐する職業で軍人ではなく一般人が戦いに出る。
異進生物という普通の動物とは少々違う、異能を併せ持った進化を果たした生き物を討伐するのが彼らの仕事だ。
勿論、軍も討伐は行っている。
ただ、単純に対応しきるには人手が足りないのが現状でそれを補うために『討伐人』という職が生まれた。
彼らもまた国防の一端を担う存在であり、中には軍の最高戦力である七人の中将に匹敵すると噂される者までいるほどだ。
その報酬は異進生物の脅威度によって左右され、また封武などその他の費用が嵩むので絶対に割のいい仕事とは言えない。
けれど、その危険に身を投じる者がいるからこそ今の平和が存在している。
「にしても、凄い品ぞろえッスね。汎用型だけでも質も量も驚異的だな」
実際、多くの客が武器を手に取って見たりして眺めていた。
壁に掛けられているもの、ショーケースに入っている少し値の張るもの、従業員を呼び止めて気になった品を取ってもらい、人によっては驚くような額を支払っている者もいた。
とはいえ、悠江の持つ銃の数々の並の品ではなく特別な一品であったために特別手に取って欲しくなるような物は皆無だった。
「お客様」
「ん?俺ッスか?」
ふと、店員に呼ばれ一瞬気のせいかと思ったのだが真っ直ぐと自分の体と顔を向けて声をかけていたから一応程度に聞き返す。
話しかけてきたのは、燕尾服を着た老齢の男性だった。
「はい。お客様、本日はどのような品物をお探しで?」
「いや、特には。一度この店を見てみたかっただけで。まぁ冷やかしッスね」
「おや、そうでございましたか」
気を悪くしただろうかと悠江は思ったが、燕尾服の男性は気にした様子無く話を続ける。
「でしたら、こちらはいかがでしょう?ココミヤ式の最新作、『ブラックハウンド』でございます」
そう言って男性が持ってきたのは、銃口がやたら広いまるでビームでも出すかのような砲身をしている1.5メートルほどの長さの銃と思わしき武器であった。
「ココミヤッスか。流石に驚いたッスね。偏屈で有名なのによく仕入れられましたね」
「まぁ、苦労はしましたよ。なにせ個人で職人をやっている方ですし居所もすぐに変わりますからね」
封武職人は企業に属していることが多い。個人でやるよりも諸経費がかからないし、煩わしい事務作業も企業が請け負ってくれるからだ。貴重な素材を使って武器づくりに挑戦することもでき、個人ではできないことも多くできる。
代わりに企業の望む物を優先的に作成し納品しなければならず、好き勝手やりたい職人は属さないこともある。
とはいえ、メリットの方が大きいからこそ個人で営む職人は減少傾向にあるのだが。
「それに、よく俺が銃を使うってわかりましたね?俺、何も言ってないはずなんスけど」
「そこは職業柄と言いますか、このような仕事をやっていると人を見る目が肥えましてね。その人の戦い方から人柄まで一目見れば大体わかりますとも」
「そりゃ怖いッスね」
この店に近寄るのはやめておいたほうがいいかなと思い始めてきた悠江だが、ココミヤの名を聞いてはすぐには引けなかった。
「お客様は大変腕がよろしいようですので、こちらの逸品を勧めさせていただきました」
「確かに、ココミヤには外れなしとも言われるほど強力な封武ばかりですもんね」
「ええ、こちらも試作段階でコルナダ鋼を貫いたほどで」
コルナダ鋼とは国軍本部の一部にも使われているほど頑丈な金属で、最低でも少将クラスからでないと破壊は叶わない。
もっと言えば、並の軍人を凌駕する影守隊の一人である悠江でもコルナダ鋼破壊には最大火力をいくらかぶつけなければならない。
世界でもトップクラスの硬さを誇る金属なのだ。
「規格外ッスね。でも欠陥もあるんでしょ?」
「…そうですね。エネルギーチャージには太陽光で二ヶ月を要します。太陽光のみしか受け付けないのです」
「難儀ッスね。それで値段もお高いんでしょう?」
通販番組の芸能人のような聞き方で値段を聞く悠江。
「今なら、これぐらいでしょうか」
そう言って電卓に値段を打って見せられたが、案の定相当高かったようで悠江は渋る様子を見せる。
「流石に厳しいッスね。そもそも俺、最近デカい買い物したんで買えないんスよ。だから冷やかしだけなんです」
「そうでございましたか。いやはや仕方ありません。無理強いはよくありませんからな。しかし、お気持ちが変わられましたらいつでも仰ってくださいませ」
「気が向いたらッスね」
そう言って従業員に軽く頭を下げて退店する。
外に出るとすでに夕方になっておりビルのモニターにはニュースが流れていたり、音楽が鳴っていたりと店内と大差なく賑やかだった。
『続いてのニュースです。本日未明、国軍の機密情報漏洩の疑いで将校が逮捕されました』
『キラキラキラ♪星は私を照らし続けるの♪』
『ですからね、何度も言うてるわけやけど今の政権は物事を曖昧にしすぎなんですよ。だから、私は…』
地下鉄への階段を降りて電車に乗って宿舎まで戻る。
道の途中には公園があり、子供が楽しそうに遊んでいるのを微笑ましく見て歩く。
「あっ」
一人の女の子が走り回っていると、持っていた風船を手放してしまった。空に向かって風船が浮遊してしまう。
女の子は泣き出しそうになりながら、それを見つめていた。
「よっと」
近くにそびえ立っていた木を足場にして高く跳び上がった悠江は風船の紐を掴んで着地する。
「はい。もう放しちゃダメッスよ」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
女の子と手を振って立ち去る悠江。
部屋に帰ってくると、久しぶりに自炊をしようかとキッチンに立ってみる。
だが、冷蔵庫に食材が無かった。




