第二十五話 釈然としない終わり方
「一晩経ったッスけど見つからないッスね」
建物の上で悠江と叶未はパンを口に入れながら町を見渡している。
博麓町以外にも周辺の市町村に足を運んでは霧で索敵を行うなどしていたが、結局夜が更けても見つからずすっかり日が昇って彼らを照らしていた。
常人を遥かに凌ぐ体力を有しているのが影守隊の隊員たちでそれは並の軍人よりも上である。
しかし、どこに行っても一向に見つからず、一晩中探し続けたこともあり精神的に疲れたようだ。
「結構、膨れ上がってたから隠れられる場所なんて限られるはずなんだけどね」
「あの図体を隠すなら少なくとも軍の大倉庫並みの容量は要りそうですけどね」
「そんな場所あんまり無いんじゃないかな?」
「兵器生産を売りにしてる大企業なら、いくつか持ってるでしょうが」
メロンパンを頬張って、食べきったあと指を拭いている。
隣で叶未はもう一つパンを取り出した。
食後のコーヒーとして軽食のパンの後に悠江が缶コーヒーを飲んでいると、スマホが鳴り出した。
「着信?誰からッスかね」
「ん?なになに?」
画面の名前を見てみると隊長の名前が浮かんでいた。
「隊長ッスか。なんかあったんスかね」
「隊長なら早く出なよ」
自分に着信が来ていないことに不満を露わにしながらも大事な話かもしれないので催促する。
「はい。もしもしッス」
「あ、斗霧君かい?」
「俺の番号に掛けたなら俺なんじゃないッスかね」
寝ていないからか少しばかり棘のある言い方になってしまう悠江。一応、他の誰かが出る可能性もなくはないのだろうが。
しかし、墓人は特に気にした様子はなく話を続ける。
「はは、手厳しいね。まぁそれはいいとして、言い忘れていたんだが標的は僕が始末しておいたよ」
「…は?」
横で小麦の味わい深いパンをむしゃむしゃと食べていた叶未も動きが止まった。
「いや、俺らまだ事情とか聞いてないッスけど。証拠とかは送られてきたんであるッスけど」
「どの道、あの姿じゃ長くなかったみたいでね。元に戻る手立てもなかったからせめてもの情けで昨日、偶然通りかかった私が息の根を止めたというわけだよ」
「そうなんスか。…昨日?」
「うん、昨日」
「始末した?」
「始末した」
段々と眉間が厳しくなった悠江はすぐにでも抗議を行う。
「なんで昨日のうちに連絡くれなかったんスか!そうしてくれてたら、俺らが徹夜して探す必要なかったんッスよ!」
抜けてるところがある、お茶目な墓人。
そんな彼に恋愛とは別種の感情で懐いている叶未だが、無駄な労力を費やすことになってしまった墓人の連絡忘れには手を顔で覆って下を向きながら落ち込む。
「ごめんね。すっかり忘れてしまっていた。もうこっちに戻ってきて大丈夫だよ」
「はい…」
納得がいかないといった顔をしながらも返事はする悠江。
電話を切った後、叶未と目を合わせながら隊の事務所に戻るために腰を上げる。
叶未も溜め息を吐きながら、残りのパンを抱えて動き出す。
帰りの電車内では二人とも眠りこけていた。
───────────────────────────────────────────────
「これは…」
朝になって顔の見えない怪しげな男から渡された物を屋敷に持ち帰って改めて直視すると、それは一つのライターだった。
かつて、自らの弟分の誕生日に与えた物でデザインは少しばかり難ありだった。
使い込まれた形跡と弟分のイニシャルが彫られたそれは間違いなく本人の物だと理解させられた。
「それと、手紙か」
文字が書かれた面を内側にして折られた紙を開いてみると、中には端的に倉竹の最期の言葉が短く綴られていた。
「倉竹。馬鹿野郎、が…」
目元を指で押さえながら、瞳から水滴を落とし続ける極道。
他の組員を殺した時には確かに、怒りで満ちていた。
なんてことをしたんだと、殴り倒すつもりだった。
けれど、どんなに馬鹿をやっても、どんなに自分を傷つけようとかわいい弟分であることには変わりなかった。
手紙には手遅れだったとも書かれていた。
どれほど、理性で納得させようとしても内からこみ上げる感情が、涙の泉を運んでくる。
縁側に座り込んで、手紙を握りしめながら嗚咽とともに涙し続ける魁を部下や若頭、他の組員達は皆黙って見ていた。
心配した部下が駆け寄ろうとしたが、直芳が止めた。
一人で泣く時間も必要だから、と。
敷地の中に、一人の男が現れる。
彼の存在に誰も気づいていない。
しかし、そんなことは関係ないとばかりに彼は頭を地面に擦り付ける。
何度も何度も。
そして、口を開いて何かをずっと叫び続けている。
たった一度、欲望に負けたことで悲しみと怒りを生んでしまった彼は懺悔を続けた。
存在を認識されていないことは理解しているはずだが、それでも言葉を放つ。
何を叫んでいたのか。もし、聞こえる人間がいたなら伝わったはずである。
『オヤジ、若頭、兄貴、そして組のみんな!本当に申し訳ございませんでした!受けた恩を仇で返す真似をしちまって面目もありません。俺みたいな馬鹿野郎のせいで組が混乱したのにこんなこと言っちゃいけねぇのは分かってる。けど、ここで過ごした日々は俺にとって最高の宝物です!今までありがとうございました!』
この場のすべての人間にその声が届くことはない。
これはあくまで彼なりのケジメであった。謝罪と感謝。心の底から、魂の底から叫ぶ彼の姿は確かに立派な漢であった。
長い間、全身全霊でかつての仲間に向かって叫んだ彼は体を起こし、顔を上げると涙や鼻水で塗れていた。
けれど、その顔つきを見れば誰も汚いとは言えないだろう。
『さて、行くか』
先ほどまで声を張って礼を述べていた彼らから背を向けて歩き出す。
「倉竹?」
ふいに魁はある一点を見る。
そこには誰もいない。
けれど、確かに感じたのだ。かつて共に肩を並べていた弟分の気配を。
ふいにそこに向かって走り出す。
「魁ちゃん?」
直芳が声をかけるも聞こえていないかのように一心不乱で走り出した。
「倉竹、行くな倉竹!」
視えているわけではない。感じたのみで走り出した。
しかし、名を呼ばれた男は振り返って満面の笑顔を作ってみせて、また魁から離れるように歩く。
その道の先にあるのは亡者の群れか、純粋な闇か。
けれど、彼の顔に怯えの色は無かった。
最後に敬愛していた兄貴が呼び止めてくれたから。
「倉竹!」
地面に躓いて、地に膝と手を着いている魁は叫ぶ。
砂利に涙が滲み、声はすでに弟分には届かない。
「魁ちゃん。確かにあいつは最期に大馬鹿やって逝ったけど、でも魁ちゃんと一緒に組で過ごせて幸せだったんじゃないかと思うよ」
「へい、へい」
直芳に肩に手を置かれて言葉を掛けられた魁は涙を拭いて、真っ直ぐ見据えながら話す。
「若頭、もう一つ手紙があって、こう書かれていました。『黒幕の存在あり、警戒されたし』と。俺、倉竹を唆したクズを絶対許せません」
「うん、それは俺もだ」
直芳はその場のすべての組員達の方を向いて声を荒げる。
「てめぇら、倉竹は確かに家族殺しの掟を破った馬鹿だ。だが、あいつにヤクを勧めたクソ野郎がまだのうのうと生きてる。欲望に付け込んだクズがな。ここまで組が虚仮にされて黙ってられねぇよな!」
「おう!」
全ての組員が一丸となって怒りを滾らせる。手紙から真相を知ったことで皆が死んでいった組員とそして倉竹を思い浮かべながら声を張る。
「いいか、てめぇら。死んでいった家族の汚名と悔しさは黒幕の血で贖わせるぞ!」
日本最強の侠客集団はまだ見ぬ敵に対して闘志を燃やす。
この炎の行方はどこに向かうのか。
今はまだ誰にも分からない。
───────────────────────────────────────────────
「以上が今回の顛末だよ」
事務所の応接室で墓人は今回の依頼の依頼人である、安倍晴菜と芦屋満に倉竹が薬で洗脳状態にあったことと、何者かの命令で地上げと殺しをさせられたことまでも説明した。
依頼人には依頼した以上知る権利があるだろうと考えて、事の顛末は毎回話せる範囲で話している。
ちなみに戻ってきた悠江と叶未は二人とも墓人に散々文句を言った。それはもう、怒涛の勢いで。
「そうでしたか。あの男も被害者だったのですね」
どこか同情的になっている巫女服の二人。
「とはいえ、彼が力を欲してその欲望に負けたことが発端でもあるからなんとも言えないけどね」
「人は欲を持つ生き物です。全て絶つ方が難しいでしょう」
まるで悟ったような物言いに呆気にとられた墓人だが、満が言葉を被せてきた。
「で、でも、私たちの心は軽くなったのです。ありがとうなのです」
晴菜と共にお辞儀をする。
「お役に立てたなら良かったよ。…二人は今後どうするんだい?」
両親が殺された二人に行く当てがあるのかを問う。
「東京に親戚が住んでいるのでそちらに身を寄せようかと。あちらも歓迎してくれていて、昨日はお寿司を食べさせてもらいました」
「それはよかった。では、今回の依頼はこれにて終了だ。またのご利用をなんてことは起きない方がいいけど困ったことがあれば相談には乗ろう」
「はい。本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
涙を僅かに見せて感謝を伝える二人。
退室して二人は街の中を歩く。
悲しみはすでになく、目には生気が満ち溢れていた。
───────────────────────────────────────────────
「帰ってきたら、こんなことになってるなんてね」
公園のベンチに誰かが座っている。
「仕方なかった、では済まされんな」
もう一人、誰かが腕を組んで後悔の籠った声で話す。
「できれば強く生きて欲しいね、あの二人には」
「まだ幼き身で両親を亡くしたのだ、簡単にはいくまいよ」
「それに、戦いが待っている」
「儂らの後始末などさせとうはなかったが…」
「それでも、あれを生かしておくわけにはいかないよ。僕たちの不始末なら僕たちが頑張ればいい話さ」
二人にしか通じぬ話なのか、不可解な内容も含まれている。
中性的で少年のような声は何かを殺すかのような言葉を放つ。
低音の声は続けて言葉を紡ぐ。
「準備はもう整った。あとはおびきだすのみよ」
「それが難しいんだけれどね」
「問題あるまい。いずれ儂らに機は訪れる」
「まぁ長いこと待ったんだ。今更だね」
その後に声の主たちはどこかへ消え去る。
一体何者なのか、判然としないまま。




