第二十四話 消失と閃影
体を剣や斧で斬られ、更に拳でのダメージも入っていた倉竹は、膝を着いてその場から動けずにいる。
もはや、これは勝利の様相を呈していた。
「倉竹、なんでこんなことをやりやがったんだ」
魁はもはや戦う力が残っていない相手に対して最期に自分が最も聞きたかったことを尋ねる。
息も絶え絶えになっている今ならもしかしたら、答えられるかもしれないと考えたからだ。
だが、帰ってきた答えは実に単純なものだった。
「あ、にき。俺、組の役に立ちたかった。少しで、も、恩、返しを、したかった」
「倉竹、お前…」
「覚えてる、か?俺が、半グレ、にボコボコにされていた、時、兄貴が助けてくれたよな」
「ああ、そんなこともあったな」
「それ以外にも、いっぱい恩を受けたのに、俺は役立たずで、だからもどかしかったんだ」
「だから、薬に手ぇ出したってのか?」
「簡単に、強くなれるって言われて、最初は、疑ってた、けど、効果が実感、できてしまって、のめり込んじまった。それで、我を忘れて、あんなことを」
「馬鹿野郎が」
「すまねぇ、すまねぇ、すまねぇ、兄貴」
子供のように大粒の涙をひたすら眼から泣きじゃくる倉竹。
もう命は長くないと感じた魁はその様子に思わず手で顔を覆い、下を向いてしまう。自分の弟分でもあった男が死んでいく様を直視できなかったのだろう。
かつての思い出が脳裏を駆け巡る。
そこに直芳が自分も聞きたいことがあったようで口を挟む。
「倉竹。最期に一つ聞くが、お前に薬を渡したクズはどこのどいつだ?てめぇの罪も許されねぇが、何より唆した大馬鹿野郎も見過ごせねぇ」
「若、頭。あいつは確か…ウっ、カハッ」
突如として倉竹に異変が起こる。体の内側から膨れ上がり見る見るうちに、巨大な肉塊の化け物と化してしまう。
「倉竹!」
魁は変貌していった倉竹に声をかけ、下っ端たちに止められながらも必死で駆け寄ろうとする。
「どうなってる?」
「一体、どんな薬だったんだろ」
禅吉は異形の姿になったかつての仲間に顔を顰める。
叶未も何を使えばこんなにも人間離れしてしまうのか想像もつかずに疑問を声に出す。
「こんな効能の薬見たことがない。日本のも外国のも常々チェックはしてるけど、少なくとも俺は見たことないね。そもそも、こんな異常な薬が流通してるなら俺の耳に入ってこないはずがないんだけどな」
薬に手は出さないとしているものの、裏社会に生きる者として知っておかなければいけない事柄でもあるため、ほとんどを把握している直芳。
そんな彼でもここまでの効能がある薬を見たことがないと言うのだから、益々、出処が分からなくなってくる。
とはいえ、今は目の前で今にも動き出しそうな肉塊への対処が優先事項である。
しかし、次の瞬間突如として、倉竹だったモノは光に包まれて、忽然と消え去る。
「消えた?」
悠江はなんの攻撃もなく消えてしまったことを不可解に思いながらも、すぐさま霧を周囲に散布し索敵を行う。
「どこにも、いない?」
最大で半径一キロメートルまでなら探知可能だが、それでもどこに行ったのかわからない。
「ウチでこんな攻撃ができるとしたら、オヤジぐらいだけど、微妙にそれとは違う感じだったし何よりオヤジは今ここにはいないからねぇ」
跡形もなく消し飛ばしたという可能性もあったが、そこまでのことができる異線敷く者はこの場にはいないはずであると結論付けた直芳と悠江はならば一体どこに行ったのかという疑問に帰ってくる。
「町の方には今のところいなさそうッスね」
「民間人への被害は今のところ大丈夫かな?」
心配する箇所が極道らしくないが、町に放たれていなさそうなことを聞いてほっとしている直芳。
けれど、行方知れずであることには変わりなく、あの巨大な肉塊が動き出すだけでも建物への被害や人的被害が発生することが想定出来た。
どこに消えたのかを明らかにする必要はあった。
「とりあえず、倉竹については引き続きウチで探すか。あんな体で町に現れたら、迷惑極まりないしウチの不始末はちゃんと片付けないといけないからね」
「叶未さん、俺らも探すッスよ。まだ、あいつの口から事情を聞いてないッスから」
「君らはウチで素性を吐いてもらうよ。どの道嘘吐いてウチに入ったことには変わりないんだから」
「マジかー」
一触即発の空気にはもはやならなくなったが、それでも悠江らが嘘を吐いていたことに変わりないためなんの目的で訪ねてきたのか、直芳は徹底的に聞き出すつもりらしい。
「そもそも、どうして嘘だってわかったんスか?」
「ウチには嘘を見破れる子がいるのよ。交渉事に結構役に立ってくれてるんだよ」
「詰みゲーじゃねぇか」
思わず口調が崩れてしまった悠江。
その様子を面白がりながらも、逃すつもりはないといった狩人の目で二人を見据えている直芳。
「若頭、そいつらを見逃してやってくれねぇか?」
魁は遠慮がちになりながらも、直芳に訴える。
「魁ちゃんが一番舐めた真似されたのに、どういう心境?」
「怪しい奴らではあるし、人柄まで見極めたわけじゃねぇが、もしウチに仇なす奴らならさっき倉竹に便乗しとけば俺らを仕留められたはずだろう?」
「それはそうだね」
「なら、少なくとも今のところは敵じゃねぇはずだ。下手に争って消耗するより、さっさと捜索に人員回した方がいいと俺は思う」
「珍しく頭が回ってるじゃない、魁ちゃん。でも、ウチを謀って組に入り込んだ落とし前はどうするの?」
「それは…」
言い淀む魁だが、自分たちを庇ってくれているのに何もしないわけにはいかないとばかりに叶未が口を出す。
「うーん、これで足りない?」
差し出したのは一つの鍵だった。
「鍵?ってこれ、『星露の鍵』じゃないの!?」
「『星露の鍵』ってなんてもん持ってんスか!」
「なんか、昔拾われた時持ってたらしい」
「こんな、超抜級の代物持ってたなら教えてくださいッスよ!」
「使い方知らないもん」
『星露の鍵』とは星の涙から生まれたという説がある天然の神器である。
その効果は鍵ごとにまちまちで、ただ共通するのは一度使えば砕け散ってしまう特徴を持つことだ。真ん中に世界の色を内包した宝石が埋め込まれていると言われており、見ればわかると噂されていた。
これを見て反射的にその名が出たというのも鍵が自らの存在を知らしめているのだろう。
それでも、どの鍵も絶大な力を秘めており過去に一回のみイギリスのオークションに出品が為されたが、その額は最終的には小国の国家予算に匹敵するほど跳ね上がった。
しかし、研究者の中にはそれでも少ないぐらいだという声も少なくない。
そんな物が手に置かれてしまうと流石に直芳も引いてしまった。
「いらないよ、こんな物。落とし前とかそういう話じゃ収まらなくなる」
同時に価値の想像がつかないほどの物を軽々しく渡されかけたことで、叶未らのことを信用し始めた直芳。
「はぁわかったよ。じゃあそこの二人もう行っていいよ」
「いいんスか?」
直芳は叶未に鍵を投げつけながら手で追い払うような仕草をする。
「いいよ。どの道、今君らと戦り合ってもこっちが負けるだけだし。ほらこっちは後始末もあるんだから、さっさと行った行った」
負傷している組員達を見回して、戦力差を分析しながら答える。
「また、戦おうね」
薄く笑みを浮かべて悠江と一緒に小走りで正門から出ていく叶未。
「その時は叩きのめしてやるよ」
直芳と残っていた組員全てが迫力のある笑顔で二人を見送る。
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「ほうほう、なるほど。このように副作用が表れるのですね。興味深い。ああ、でも小生の仕事は記録ともう一つの薬の実験でございますから勝手に他の研究を行うことは許されないのですな。もどかしい」
どこかの倉庫で肉塊を前にしながら、パーカーを羽織り大きなリュックを背負ったバックパッカー風の男が独り言を呟く。
「しかし、あの少女たちには少し同情しますな。この方…何と言ったか、倉竹殿でしたな。薬の第一段階で洗脳されて、命令のままに地上げと人殺しを行って少女たちから両親を永遠に奪った。力が欲しいなどと願ったばかりに!まぁこの方も憐れですな。小生が唆したとはいえ、あのように思い悩んでいるところに付け込まれるなど実に憐れ。滑稽でもありますがね」
「オ、マエ、ユル、サ、ナイ」
どこに顔や口があるかも分からない肉塊から憎悪を含んだ声が聞こえる。
「おや?意識が微かに残っていたのですか。しかし、小生を恨むのはお門違い。あなたの意思が弱いことを恨むべきでは?それに洗脳時の命令は小生は一切下してませんが?」
肉塊である倉竹は自分が簡単に誘惑に乗ってしまったことを悔やんでいるのか、それ以上言葉を返さない。
「張り合いがないですな。そのような姿では仕方もないでしょうが。では、もう一つの薬を打ってしまいましょう」
リュックを降ろしてそこから針のない最新性の注射器を取り出す。
「ヤ、メロ」
「安心するといいですよ。これを打てば更なる力が与えられる。あなたが望んだように」
「その辺でやめておいた方がいい」
突如として、地面から影が伸びて注射器を破壊する。その直後影に包まれた人間が姿を現せる。
「おっとっと。これはこれは」
「久しぶりだね」
「ええ、ええ。懐かしきお顔でございますな」
「相変わらずの不気味な笑みだね」
「そちらも歳月が経ってもお変わりない様子で、影守様」
倉庫に出現したのは墓人であった。
注射器が壊されても、特に残念がった様子のないパーカーの男は皮肉交じりの墓人の言葉に、僅かな感情の揺らぎすらなく応じる。
「早速だけど今回の件は君が裏で糸を引いていたのかい?」
怒りや殺意などの感情は見せず、昔の知人に話しかけるかに見える口調で問う。
「糸を引いていた?とんでもない。小生はいつも通り商売をさせていただいたのみにございます。少々、特殊な依頼だとは思いましたがね」
「そうか。では、依頼人について話してもらおうか。言っておくが、あんな薬が今後も出回る可能性がある以上、話さないなら力尽くも辞さないよ」
「怖いですな。小生は善良な商人ですぞ。影雄様なぞに脅されてしまえば、涙で溺れてしまいます。とはいえ、小生も今回の真の依頼人は存じ上げないので答えられる情報はありませんな」
「真の、ということは君達のやり方と同じかな?」
「小生どもよりも巧妙かと。あとは、あの薬は世に出回らせる目的はないようなことをおっしゃっていましたな」
「聞いといてなんだけど、そこまで喋っていいのかい?」
「依頼された際に問題はないとお約束いただいておりますからな。しかし、流石に菊咲組と関わるのは恐ろしかったですぞ。幹部が全員いればここまでの騒ぎにはならなかったでしょうな」
リュックを背負いなおして肉塊を放って歩き出すパーカー男。
「帰るのかい?」
「ええ。あなたが出てきた以上、もはや手を引くしかありませんからな。もう一つの薬の実験は失敗だったと伝えることにします」
「そうか。一応聞くが、彼を元に戻す方法は?これでは話も聞けない」
「小生が調べた限り、無いですな。その姿も全身に苦痛が走り続ける筈です。介錯をおすすめしますぞ」
墓人はほんの少し、憐みの顔を倉竹に向ける。
「もう少し仕事は選んだ方がいいと思うよ、白の商人」
「小生はこの生き方が気に入っておるのです」
「私個人としては君より、黒の商人の方がまだマシに思えるよ」
出口の扉を開ける手を止めて、顔だけ僅かに墓人の方へ振り向き先ほどまでの薄気味悪い笑みは鳴りを潜め、修羅のような形相が浮かんでいた。
「いくら影守様と言えど、小生の前でその名を出すなら相応の覚悟はしていただきますよ」
いつのまにか這い迫っていた影の刃が複数、白の商人と呼ばれた男の首元に突き付けられている。
「それはこちらの台詞だ。これ以上国を食い散らかすなら、地獄の果てまで追い詰める」
男に負けぬほどの殺気を備えた目で墓人は睨みつける。
数時間にも思える激しい睨み合いだったが実際には数秒程度で終わっていた。
「はぁ、小生も今はあなた様と対立するつもりはありませんよ。あくまで商人として、取引をお受けするのみです」
顔を前に戻して再び扉を開けて、倉庫を出ていく男。
「せいぜい、面白おかしく踊ってくださいね」
最後に不穏な一言を残して去った。
「やれやれ、彼らはどこにでも現れて困るな。…さて、君が倉竹君か」
「コロ、シテ、クレ」
肉塊は力を振り絞って声を出す。
「どうやら、それしか道はないようだね。君の罪は許されないし、安易に怪しい薬を手に取った浅慮さもよくはなかっただろう。だが、力が欲しかった気持ちも理解できなくはない。最期に言い残すことがあれば聞こう」
「組のみんなにごめんって。あとオヤジと兄貴に育ててくれてありがとうって」
言葉を紡いでいる間、倉竹の姿が薬を打つ前の本来の彼の姿に見えた墓人は、最期に一度だけ垣間見えた本心からの笑顔を見て、肉塊の彼を影の刃で切り刻む。
死の間際、倉竹は自分の前に出現した組長や魁、その他の組員達の幻を見て、頭を下げたあと反対側に歩みだす。
墓人は倉竹の死を確認するとその場を後にする。
倉庫を出ると、空はすでに黄昏を迎えていた。




