第二十三話 落とし前
「禅吉!」
直芳は声を張り上げて叫ぶ。それだけ衝撃的なことだったのだろう。
禅吉の胸には三本の太い線の爪痕が残り、深々と切り裂かれてしまっているようだ。
「倉竹!」
深手を負って倒れていく禅吉の横から現れて、拳に力を込めながら距離を詰める魁。
サイコロはすでに振っており丁半は当たりであったようだ。
「この大馬鹿野郎が!」
「待て!魁!」
懐に迫り、腹に一撃を加えようとする魁だが、そこを直芳は止めようとする。
だが、自分の部下のせいで組に迷惑をかけたという意識が強く、兄貴分だった者としてのせめてもの贖罪として倉竹との決着は自分でつけるべきだろうと考えていた。
そのため、その拳骨に一切の躊躇いも手加減もなく、なによし心の内の警鐘が手心を加えることはできないと最大限鳴っていた。
拳はそのまま、倉竹の腹に向かって進んでいく。
しかし。
「ぐあ!」
構えも何もない獣のような体勢になり、突進のみで魁を吹き飛ばす倉竹。
予想とは大きく異なる攻撃に虚を突かれ僅かに対応が遅れてそのまま喰らってしまう魁。
後方に飛ばされ、屋敷の中に頭から突っ込んでしまう。
この少しの間の出来事から、微かに残っていた倉竹への侮りを捨て、組員の配置を定める直芳。
こうなれば捕らえられなくともその命を以て落とし前をつけさせるぐらいはしなければならない。
直芳は周囲に指示を飛ばして、陣形を組ませる。
「前衛は一人で攻撃を仕掛けるな!障壁や結界を扱う者は数人で防御しろ!絶対に一人では受けるな。後衛どもは足を狙え。あのスピードは厄介だ」
「おう!」
その場の組員全員が怒気を孕んだ声で返事をし、指示に従ってそれぞれの役割に従って動き出す。
指示を受けて素早く動き出す組員達を見て、まるで軍隊のようだと感じながら見ていた叶未と悠江だが、今が依頼を達成する最大の好機であることを思い出しすぐに二人は戦闘態勢に入る。
「叶未さん、向こうからのこのこやってきたッスよ」
「うん、でも事実確認はいいの?」
「こりゃ、どう見たってクロでしょう。状況証拠は割とあるッスから。っとなんか連絡来てますね」
「隊の?」
「そうッス。えっとどれどれ。…ウチのエンジニア様が倉竹のスマホをハッキングしたみたいッス。どうやらクロ確っぽいですよ」
「なら問題ないね」
「殺っちゃいましょう」
倉竹に向かって駆ける叶未。
悠江もまた武器を構え、弾丸を撃ち込む。
しかし、倉竹はゆらり、とした動きで拳銃を避けて手を地面に付きながら獣の構えを取り走って来る叶未に対して突っ込む。
「よいしょっ!」
だが、そう簡単には喰らわない叶未は両足を上げて倉竹に突進の勢いを利用しながら顔に蹴りを与える。
両足で蹴った後その反動を利用して後ろに跳んで着地する。
自分の速さで自滅してしまった倉竹は唸りながら顔を押さえる。
その光景を眺めていた直芳は両者が関係者ではなく敵対関係なのかと疑問を持ち始める。
公にはなっていないが、だからこそ倉竹が騒動を起こしてそれほど日が経っていないうちに叶未らが訪ねてきた以上、タイミング的に何か関係があるのではと考えても無理はなかったのだろうが。
組全体が緊張感に包まれているところに嘘を吐いて入り込んだ二人にも非はあるだろう。
「君ら、あいつの協力者か何かじゃないのか?」
悠江に対して問いかける直芳。
「違いますよ。自分らが怪しいのは認めるッスけど、どちらかと言えば敵対関係ッスね」
怪しいのは認めた辺り、身分を偽っていたことは隠しておく気もないのだろう。
悠江は推測で嘘自体が発覚したからこそ、怪しまれてしまったのだと半ば確信に近い形で考えていた。
「探偵じゃないのはもうバレちまってるわけですけど、どうです?ここは共闘しません?」
「共闘?」
「敵の敵は味方とはいきませんけど、俺らが諍いをもう一回始めても互いに得は無いッスよね?」
「…わかった。それでいこうか」
「話が早くて助かるッスね」
「あとで君らの身元も明らかにさせてもらうよ。怪しい人間を入れてしまった以上、そこはきっちりしておかなきゃいけないからね」
「ソウデスネ」
羽のように軽薄な態度と口調に戻りつつも、しっかりと釘を刺しておく直芳。
悠江は威圧感のある笑みで言葉を放って、組員を再び動かし始める彼に悪寒を走らせながらも抑揚のない声で答える。
「てめぇら、あの嬢ちゃんの援護だ!接近戦は引き受けてくれてる。隙を見てお前らも攻撃を加えろ!」
「えっ!」
「あいつらも敵でしょう?」
「まとめてやっちまいましょう!」
「黙れ馬鹿ども!さっきまで戦ってた二人とは一時だが共闘関係を結んだ。菊を背負った漢がそんなせこい真似するんじゃねぇ!」
「ギャップやば」
菊を背負った漢。これは菊咲組においては大きな意味を持つ。現組長は町の救済と復興に第一線で尽力し、仁義を重んじながらその菊が描かれた背で住民や組員を鼓舞して戦った漢である。
あらゆる組員達はその姿に憧れ、あるいは英雄的な逸話や人柄に惚れ込み組に入った。
組長を真似て背中に菊を彫ったものも多い。
だからこそ、菊を背負った漢はこの組において絶対的な意味を持つ。
直芳の叱咤も組員達には深く突き刺さった。
叶未に任せておいて問題ないと判断した悠江は戦闘を少し離れて観戦していたが、直芳が先ほどから見せていた二面性に思わず声を漏らした。
組員達が叶未と倉竹の戦いの隙が生まれれば彼女を避けて遠距離から攻撃を仕掛けるなど、しっかりと直芳の命令に従って行動していた頃、直芳は二人を起こす。
「魁ちゃん、禅吉。そろそろ起きて~」
声を張り上げてはいないものの良く通るように呼び掛けながら、煙草に高級感のあるライターで火を着ける。
「ゴホッゴホッ、すいやせん。火着けるのは俺の仕事だったのに」
胸にざっくりと血が滲む爪痕を抱えたまま、直芳の下まで歩いてくる禅吉。
「部下がしてやられて吸う煙草は、あんまり美味しくないね」
「なら、今から美味くなりやすよ」
「それはいい。ついでに今夜挙げる祝杯も美味くしてくれ」
「今日もウィスキーで?」
「面倒事が片付くんだ。年代物のワインを開けようかな」
「そりゃいい。ご相伴にあずかっても?」
「図々しいな。飲みたいならしっかり働くことだね」
「分かってやす」
他人から見れば旧友にすら見えるほど軽口でやりとりをしていた二人は、立場が上の男が戦地に赴く部下である手斧の男を見送る。
そこにもう一人、スキンヘッドの大柄の男も加わる。
「若頭。さっきも言いましたが、俺、落とし前つけさせてもらいます」
「だから、あの二人のことはいいって」
「いえ、そうじゃなくて。俺の部下が家族殺しなんてやっちまって、外もおそらく死傷者が多数出てますよね。部下の躾もできねぇで幹部も、ましてや菊咲組の一員であり続けるのも出来ません。あいつをシメたら、俺も責任は取るつもりです」
「わかった。考えておくよ。今はあいつを倒すのが先だろ」
「はい!」
魁は覚悟を決めた顔をして、倉竹のところへと足を出す。
「俺も万が一の時の準備くらいはしとこうかな」
叶未は倉竹の能力が掴めずに、何度も身体を斬りつけては裂傷を与えていた。
禅吉が爪痕をつけられていたことから、なんらかの斬撃を飛ばすなどの能力ではないかとの考察はあったが確証はなかった。
「わっ!」
嫌な予感を察知して、右に跳ぶ叶未。
予感は的中し、叶未がいた場所の地面が斬られた跡を作りながら抉れる。
「なるほど、今の感じ空気の刃を飛ばしてるのかな?」
「正解だ」
僅かな時間睨み合っていた二人の間に参戦する禅吉。
手斧で倉竹に斬りかかるが、飛び退いて避けられる。
「あれ~?私たち敵じゃなかった?」
「お前らとは一時共闘する。若頭が決めたことだ、俺に異論はない」
「正直複雑だがな」
騙されたことを根に持っているようで憎々し気に叶未を見ながら、魁も乱入する。
「そっか。私は乱戦でもよかったんだけどね」
純粋に自分の戦闘欲求を前面に出した空気の読めない発言をする叶未だが、この二人には特に問題はなかったようだ。
「素直なのはいいことだとは言ったが、空気は読めよ…」
「無駄話はここまでだ。注意しろ、あいつの異線は空気の刃。だが、どうやら威力まで桁違いに跳ね上がっているようだ。当たれば致命傷は避けられないぞ」
なら、なぜお前は動けているんだと二人から視線を向けられる禅吉。
本人曰く、身体強化で強化した筋肉だから浅い傷で済んだとのこと。
「来るぞ!」
禅吉が叫ぶと倉竹が三人に向かって飛び掛かる。
「チッ、外れか。おらぁ!」
サイコロを振った魁だが、どうやら外れだったようで威力は通常の拳撃に戻ってしまった。
けれど、素の腕力が並外れている魁の一撃が真っ直ぐ向かってきた倉竹に直撃する。
先ほどは易々と避けられてしまったのに、なぜ当たったのかというと悠江が後ろから霧を操って倉竹の動きを制限していたからだ。
叶未一人でも十分倒せるだろうと、サボっていたが流石にこの場の主力が三人も参加しておいて自分んが何もしないのはバツが悪かったようだ。
魁の正拳突きを腹部に喰らってしまった倉竹は、苦しむ様子で声をあげながらも動きを止めることはなく、腕を魁に対して振るう。
「舐めるなよ、カスが」
魁の左からすでに接近していた禅吉は手斧を振るって斬りつける。
横一閃で胸を斬られた倉竹は痛みで叫びながら暴れまわる。
周囲に空気の斬撃がいくつも放たれて、雅ささえあった庭は見る影もなく無残に傷だらけになっていた。
三人は見事に避けながら隙を窺う。
「うん、ここだね」
視えないはずの斬撃を視えているかのように冷静に捌きながら接近し、双剣でクロスに切り裂く。
倉竹は傷が深かったためかついに獣を思わせる動きを止めて膝を着いた。
「ふむ、やったか」
手斧を肩に担ぎながら攻撃が止んだのを見て、動きを止める禅吉。
「本当は俺が仕留めたかったんだがな」
ケジメとしてせめて自分の手でと考えていた魁は一人ぼやく。
「俺の出番なさすぎでしょ」
倉竹との戦いでこれと言って目立った活躍が無かったと少し不満そうな悠江。
サボっていた癖にいざやるとなれば活躍ぐらいは欲しいなど我儘な男である。
これで、一件落着であろう。




