第二十二話 包囲崩壊
「オヤジが留守にしてる間に揉め事起こしてくれちゃってさ。あっちもこっちもさ」
悠江と魁、叶未と自身の腹心の激闘を見ながら独り言ちる直芳。
現在、菊咲組組長は関西の方にいる幹部のところに行っている。
そちらの方面で薬物を蔓延させている犯罪組織が台頭してきたからだ。
人手が足りないために組長自らが戦力として出向いた次第である。
直芳らは留守を任せられていたのだが、その最中に今回の件が続けて起こってしまったために頭を抱えることになった。
とはいえ、現存戦力の勝利は疑っておらず、目の前の侵入者二人と倉竹を哀れにさえ思っていた。
目の前の侵入者は、倉竹のことを探りに来たため、可能性として倉竹を逃がしていた協力者がこちらを探りに来たのでは、と直芳は考えていた。
実際に、倉竹が一人で組の追跡を逃れられたとは思っていなかったし、なにより、協力者の存在が無ければ組員を複数相手取って殺害することができるような『何か』の恩恵を享受することはできないだろうから。協力者でなくとも、このタイミングで情報を聞き出しに来た時点で怪しい人物には変わりない以上、一度捕らえて話は聞かなければならないというのは魁も直芳も同じ思惑であった。
しかし、目の前に繰り広げられている戦いにすっかり予想を外されて憂鬱な気分の直芳だった。
「やれやれ、こりゃ別の策も用意しなきゃだね」
頭を掻きながら面倒だという雰囲気を隠しもせずに言葉を紡ぐ。
「霧の鍛冶師」
無数の霧の武器を生み出した悠江はそれを操りながら、魁に向かって投擲する。
剣や槍、その他様々な武器種が魁を襲う。
「舐めるな!」
流石は菊咲組幹部といったところか。拳で撃ち落としながら、避けられるものはその巨躯からは想像できない俊敏さで躱す。
それでも、今この場においては包囲を受けているのは魁であり、優位に立っているのは悠江であった。
霧の武装を操りながらも、威力面では段違いの手元の拳銃による銃撃を挟む。
視界が霧で遮られていても、自分の霧は人や物が触れていれば位置を知覚できるためにいつでも弾丸を撃ち込むことが可能である。
だが、敵はそうはいかない。視界の悪い状況下で武器に襲われているために徐々に魁の体に傷が生まれていく。僅かな傷でも蓄積されれば十分なダメージになる。
切り傷から出血し始めた魁は動きが鈍くなりだす。
「どうッスか?この瞬間に限れば自分の有利ッスけど。倒れてもらえます?」
倒れればこれ以上攻撃を加えるつもりはないと暗に伝える悠江。
その意図を魁は汲み取っていたが。
「そうはいくか。侵入者相手に膝をつくような奴が幹部やってられるか!」
もはや、意地で立っている男、魁。
そんな彼を見て、その矜持に敬意を表しつつも気絶させなければ意味は無いかと殺傷力を消した弾丸を撃つ。
「じゃあ、ちょっと寝ててくださいよ」
その場を一歩も動けずにいる魁に対して封武の銃を向ける悠江。
しかし次の瞬間、包囲が突如として崩壊する。
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叶未は手斧の男を圧倒していた。
「なんて奴だ。一度見ただけで慣れたというのか」
身体強化の緩急による奇襲に近い攻撃。
遅い速度から、一気に速さを増して殴るやり方を一度見た程度で攻略されており、驚愕の色が顔に浮かぶ。
最高速の対応に簡単に目が慣れたというのか。忌々し気に目の前で双剣のダンスを踊る叶未を睨む。
反撃は尽く避けられ、いなされ、一向に攻撃が当たらなくなってきていた。
彼には若頭の懐刀としての自負があったからこそ、この状況を許してはおけなかった。
許してはおけないが、防ぐので手一杯でもあった。
速度と威力を更に増しながら剣戟を仕掛けてくる叶未は笑みを浮かべたまま手を緩めない。
激しく、動き回り剣を振るっているのだから、どこかで体力切れがあるはずだと結論付けるが、その時が未だに訪れない。
「調子に乗るな!」
斧で思い切り弾き返し、よろけたところを振りかぶった斧で斬りつけようとする。
しかし、斜めから振り下ろした刃は体を反らせて、地に手を付けながら後ろに跳んで避けられてしまう。
「結構楽しめてるかな。でも、まだまだやれるよね?もっと命のやりとり楽しもうよ」
殺してしまえば自体がややこしくなるということを忘れてしまったのか、そんなことを口走る叶未。
ただ、お互いにどれほどの力の持ち主であるのかということは十分に把握しており、多少攻撃が当たった程度では死ぬことはないであろうことは予測が容易であった。
「お前、さっきから思っていたがこの状況を楽しんでいるのか?」
ずっと笑顔に薄ら寒いものを感じていた男はその正体を探る。
「当たり前でしょ?戦いの中でも殺しの中でも、自分の命を感じるとき、相手の命を感じるとき、その時が一番自分の存在の確かさを感じられる。それが楽しくなくて何だっていうの?」
仲間の命は別だけど、と小さく付け加えた彼女は僅かに口角を上げたまま双剣で構えをし直す。
「なるほどな。お前も大概歪んでいる側の人間か。よく分かった。その性を暴いた詫びだ、全力で潰してやろう」
「うわ~やめてよ。もっと興奮しちゃうよ」
明確に空気の変わった男だが、それを見てもなお出てくる言の葉と表情はあまりにも見事で美しい笑顔と紅潮した頬、なによりも弾んだ声色だった。
「菊咲組若頭直属制圧部隊『宵菊』筆頭、柏禅吉参る」
先刻とは打って変わって筋肉の隆起が増し、手斧自体もそれに呼応するように鋭くなっているかに思えた。
手斧の男、禅吉は叶未を見据えながら本気で打倒する意思を瞳に宿らせていた。
「名前は言えないけど、ヤクザに合わせて尋常にお相手しようかな」
双剣を向けながら堂々と再びの開戦の狼煙を上げる叶未。
両者、圧倒的武闘派として他を威圧するほどの闘気をぶつけ合っていた。
けれど、そこに水を差す人間が現れる。
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ポケットの中でスマートフォンが振動する。
「はーい、もしもし~?」
電話の持ち主は軽薄な口調で返事をする。
ずっと二つの戦いの動向を見守っていた直芳は要件は予想していながらも相手からの返事を待つ。
「若頭、倉竹の野郎が姿を現しました」
直芳は倉竹のいるであろう場所をあらかじめ絞っており、そのいくつかの場所に部下を放っていた。その一人からの連絡であるようだ。
「ほうほう、それは重畳。それで?ちゃんと捕まえた?」
「いえ、はぁはぁ、それが、逃げられちまいました」
「…何?どういうことだ?」
普段の口調から一転してヤクザとしての迫力を兼ね備えた真剣な声色で問いかける。
「そっちには『宵菊』もいたはずだ。あいつが気が狂った様子で屋敷から逃げ延びたことも、組員を複数殺害したことも考慮した上での戦力を配置しておいたはずだぞ」
「途中までは追い詰めることはできたんですが、はぁはぁ、あの野郎首に注射打ち込んだ途端化け物みてぇに強くなって、どう、にか『宵菊』の皆さんのおかげで他の奴らは殺されなかったんですが、『宵菊』は半数が殺られました」
「…分かった、もういい休め」
息の荒さと時折言葉が途切れている様子から電話の向こうの相手もあまり状態が良くないのだろうと察して会話を終わらせようとする直芳。しかし、次の言葉で事態は混沌に陥る。
「すいません。はぁはぁ、でも伝えなきゃいけないことが」
「なんだ?」
「倉竹の野郎、『宵菊』が相当ダメージを与えたはずなんですが、まるで意に介してない感じで、俺らと交戦した後、そのまま組の方に走っていきました!」
その言葉を聞いて、すぐさま直芳は耳から電話を離して怒声を放つ。
「てめぇら!全員臨戦態勢!倉竹の馬鹿が突っ込んでくるぞ!」
同一人物とは思えないほどの口調の荒さが目立つが、その鬼気迫る様子に他の組員は疑問を挟む余地すらなく反射的に指示に従って自分たちの警戒度を高める。
それを聞いて、禅吉と魁、叶未と悠江も一時交戦の手を止めて直芳の方を見る。
一方の側は組の家族を殺した相手を捕らえて事情を吐かせる為に、もう一方は標的を始末する為にそれぞれの目的で倉竹が来るという言葉に意識が向いた。
「若頭!来ます!」
遠くを見る能力でもあるのか下っ端の一人が叫ぶ。
「絶対に捕らえて事情を吐かせろ!裏にどっかの組織が絡んでいるかもしれねぇからな!」
塀の外で身構えている組員達の怒号が飛び交う。
「やっちまえ!」
「馬鹿正直に突っ込んできやがって」
「この数にお前が勝てんのか!」
各々が一斉に飛び掛かり、能力や武器などを駆使して襲い掛かる。
事件当日の組の包囲を抜けたことから日本一の侠客集団の間に油断は無かった。
家族殺しを禁ずる掟を破った馬鹿にそれがどれほど愚かなことだったかを思い知らせるという意思が強く、皆の士気は高い。
塀の外で迎え撃っている組員達の動きは見えないものの、すぐさま静寂が訪れたことから制圧したのだと感じた直芳。
だが、現実は彼の想像を悪い意味で超えていた。
「おいおい、嘘だろ」
組員の援軍を入れるために開けていた正門から入ってきたのは組員を片手で引きずりながら、獰猛な獣を思わせる表情で瞳孔が定まらぬまま、安定しない足取りで歩くひどく瘦せ細った男であった。
「倉竹ぇ」
どうやら、外の人間たちは皆やられたのだろうと察した直芳は不快そうに男の名を呼びながら睨みつける。
「若頭」
「ああ、やれ」
「へい」
禅吉と直芳は短いやりとりを終えてそれだけで意思疎通ができていたのか禅吉は倒すべき標的を切り替えて手斧を担ぎながら倉竹に向き直る。
「てめぇ、よくものこのこと顔出せたな」
「グルルルルゥ」
眉間を厳しく顰めながら、倉竹に対して歩みを進める禅吉。
だが、倉竹は口の端からよだれを垂らしながら、どこを向いているかもわからない目のまま喉を唸らせる。
「今のお前に聞いても無駄だとは思うが、どこで薬手に入れた?そこまで強化する薬をお前如きが一人で入手できるとは思えねぇ。どこだ?」
「ガルルルル!」
「そうか、なら死ね」
大きく振りかぶって脳天に向けて手斧が振り下ろされる。
そこには確かに殺意が込められており、おそらくは倉竹の強さが肌で感じられたからこそ生かしておくのは危険だと感じ取ったのだろう。
その判断自体は間違いではなかった。
「カハッ!」
間違いではなかったが、それでも倉竹の強さが上をいった。
斧は破壊され、禅吉の胸に爪痕が生まれ、多量の鮮血が漏れ出た。




