第二十一話 侠客包囲網
「落とし前はつけてもらうよん」
菊咲組若頭、魅堂直芳は軽い口調でしかし、目の奥に一切ふざけた様子は見受けられず本気で叶未と悠江と捕らえてこの騒動を起こした落とし前と事情説明をさせるつもりなのだろう。
実際に塀の外から続々と援軍が来ており、包囲は厚くなりつつある。
魅堂直芳。若頭として飛躍的に組を発展させ、金銭面や他組織との抗争においてその辣腕を振るってきた頭脳派ヤクザ。
彼自身が腕自慢であるというような逸話は聞かないが、直属制圧部隊『宵菊』についてはいくつもの犯罪組織を壊滅させてきた噂が残る。
裏の世界にそれほどの浮名を残しているのもあながち誇張ではないのだろう、そう悠江は考えていた。
だが、問題なのは最強の侠客集団においてなお、最強の噂が付きまとう部隊とそれを動かす最強の頭脳。
的確に兵を動かし、策を講じる軍師ほど厄介なものはいない。直芳ならば逃走すらさせずじわじわと体力を削りながらすり潰すことが出来るだろう。
「ちょっと、いいですかね?」
ここで悠江が直芳に対して言葉を投げる。
「ん~?なんだい?言っとくけど君らが嘘を吐いてたことは言い逃れようがないよ」
「そうじゃなくて、こんなに兵を集めてますけど良いんですか?色んなとこが手薄になってるでしょう?このままじゃ倉竹に逃げられるんじゃないッスか?」
直芳はその言葉に一定の理解を示す。
「確かにね。地方に散ってる幹部達も探してくれてる中でこんな風に遊んでる場合じゃないのかもね」
「なら、さっさとそっちを…」
「う~ん、でもねぇどの辺にいるかは目星がついてるからさ。これ以上人手を割く必要もないわけよ。それよりも関係者っぽい人間がわざわざ来てるんだから捕らえない手はないよね」
(マジかよ!てか、誤解解きたくても解けねぇ)
そもそも、軍属ではあるが職務がグレーであるために軍属と言うことも出来ず、この場での誤解を解くこともできずに歯痒くなっている悠江。組で事件が起きて、そう時間が経っていない中で嘘を吐いて入り込んだ輩がいれば確かに、様子を探りに来た協力者か何かと思われても仕方のない部分もあるだろう。
というか真っ当な軍人とは言えないからこそ、こんな手を使わざるを得なかったし、軍や警察に情報を要請しても大したものは送られてこなかったので乗り込んできたわけであるが。
どうにかこの場を収められる手を考えるが、一向にいい案が浮かばずそのまま戦闘の流れになってしまう。
緊張感が走り、頭を下げていたはずの組員達は全員が武器を取り、拳を構え、各々の戦い方を体現した状態に移行する。
「やれ」
若頭の一言が、火蓋を切った。
「ハハ!」
「ふん!」
手斧を持った大男と対峙する叶未がぶつかり合う。
双剣で斧に対して連撃を仕掛ける叶未は目の前の強敵に高揚している。
少し離れた位置では、悠江と魁が睨み合っている。
先ほど、自らの勢いを利用されて砂利に投げつけられてしまったために、そう簡単には踏み込めずにいる。
悠江も塀の向こう側から狙撃を受けて、銃で易々と撃ち落とすことが出来ないと試してみてわかっていたことと、魁の能力を正確には把握しきれていなかったことから膠着せざるを得なかった。
しかし、痺れを切らしたのは数で勝っているはずの菊咲組であった。
「おっと!」
先刻とは別の方向から光の矢が飛んできて、すぐさま避ける悠江。
一本の矢が途中で三本に分裂して、一本を避けた後まるで彼の回避先を予測していたかの如く二本の矢は的確に避けた位置に向かう。
だが、撃墜させることが出来なくても軌道は変えられるであろうことを悠江は更に予想して、霧のナイフを飛ばして矢の横からぶつける。多対一の状況で正体が露見しないように能力を制限できるほどの余裕があったわけでもなかった。
悠江の僅かに横に矢は逸れて、かろうじて当たることはなかった。
しかし、遠距離攻撃にばかり意識を向けていたら、必然隙は生まれる。
そこを見逃すほどのお人好しはここにはいない。
「食らっとけ!」
「鎖霧」
咄嗟に目の前の魁の動きに反応して、ナイフ生成時に発生させた霧で鎖を模りながら魁の腕を拘束する。
両側から鎖で引っ張られる形になっている魁だが、徐々に鎖の方がヒビが入りだして、壊されてしまう。
「そう簡単に壊すなよ。並の鎖よか頑丈なんスよ」
「こんなもんで菊咲組幹部が止まるか!」
拘束を強引に引き千切り、腕を振り上げ悠江に拳を撃つ。その動きが見えていた悠江は先に動き出して、先刻と同じく投げ飛ばす準備を行う。
もう一度、スキンヘッドの大男を地面に投擲してやろうと構えていたのだが、結果は少々異なった。
「同じ手を何度も喰らうほど、耄碌した覚えはない!」
「チッ!」
右拳の攻撃は確かに全力を思わせるものだった。
しかし、自身を投げ飛ばした悠江を、背から地に投げられる直前で踏ん張って更に掴んで砂利の庭に叩きつける。
未だ、意識を失っていなかった悠江に追撃を忘れず、即座に顔面に巨拳を撃ち下ろす。
けれど、受け身を十分に取っていた悠江は体を勢いよく起こしながらそのまま避ける。
後ろに跳びつつ距離を取る悠江は離れざまに、銃を連射して弾丸を撃ち込む。
魁の動きは数瞬遅れたものの、遠距離からの光の矢が弾丸を撃ち防ぎきる。
体勢を整えた悠江は霧を大量に発生させて周囲を漂わせる。
「まぁ、どうせこういう目眩まし対策もしてるんでしょう?」
「さあ?どうかな?」
感情の読み取れない声色と張り付けた愛想笑いのまま向けられた疑問について曖昧な回答で返す直芳。
「どっちでもいいッスけどね。とりあえず、自分の武器増やさせてもらいますね」
発生させた霧を様々な武器に変換させながら、射手に対する視界不良という対策まで講じる悠江。
「天下の菊咲組幹部が二対一で戦ったんスからこれぐらい許されるッスよね?」
刀やナイフ、モーニングスターやチャクラム。その他槍などを霧で形作った悠江は立場が逆転したことを暗に知らせる。
「上等だ。そんな脆いモンブチ破ってやるよ!」
いくら霧と言えど、強度と硬度を実際に併せ持つ代物であることは先ほどから見ていて流石に理解していた。
無数の武器に囲まれ、矢の援軍が望めぬこともこの状況では致し方ないだろうことも。
だが、菊咲組幹部として自分を騙した相手に逃げられるわけにはいかない。
ましてや、負けるわけにも。
故に、この不利な局面でも後退するつもりは魁にはなかった。
そして、悠江もまた依頼を達成するために、この場で捕まってしまうつもりもなかった。
自分から軍属の秘密部隊であることを話すつもりはなくとも、仮になんらかの能力で吐かされてしまえば仲間に迷惑がかかる。
それだけは悠江はなんとしても避けたかった。
自分が隊長から受けた恩を仇で返す真似をすることは拷問を受けるよりも辛いから。
互いが互いの信念の下、退けずにいた。
(若頭がいなけりゃ逃げられたんスけどね)
組員達の配置がよく見れば変わっていっているため、なんらかの包囲策を展開されている模様。
とはいえ、直芳の傍を固める組員も一筋縄ではいかなそうな雰囲気を纏っているが。
(ただ、この場での主力が目の前の幹部様と叶未さんが相手にしてる奴であるなら、こいつらさえどうにかできればなんとかなりそうッスね)
他の組員が足を引っ張らないように包囲だけで戦闘には加わらないところを見るに、彼の推測は間違っていないのだろう。
実際、直芳が連れてきた戦力も二人を圧倒できるほどの数や質を揃えてきてはいなかった。
直芳は倉竹の居場所の目星はついていると言ったものの、予想外の強化を果たしている倉竹が町に被害を出さないように最低限の戦力しか連れてきていなかったのだ。
それでも、正しい兵の配置と策でどうにでも出来ると踏んで捜索に出ていた直芳は屋敷まで戻ってきたのだ。
「でも、予想外に強いじゃないの」
そこにはほんの僅かにこの状況を面白がっている直芳がいた。
一方で叶未は手斧の男との戦いを楽しんでいた。
普段は屋内でも構わずに、能力で壁や天井を壊したりしながら鎌を振るっていたが、今回は最低限の護身用の装備である双剣を持参してきたため、いつもと違う武器での戦闘が余計に気持ちを高ぶらせていた。
ただ、武器同士がぶつかり合っているのに一向に相手の武器が分解できなかった。
双剣も鎌と同じく『伝える』性質を持っているのにだ。
しかし、これは昨今珍しい話ではなく封武の素材によってそうなることもよくあった。
むしろ、生半可な銃や刀で容易に壊れてしまうのも面白くないと考えていた叶未にとっては嬉しい誤算でもある。
素早い双剣の攻撃の応酬を、男は動きはそれほど早くはないが、的確にまるで不動の大岩のように斧で防いでいた。
足を狙われれば身を低くして手斧を振るい、迎撃し時折空いた左手で反撃を挟みながら叶未との攻防を繰り広げる。
右手で手斧を振るえば、砂利を押し退けて地面に直接斬った跡を作る。
囲んでいる組員達はそれを正面から受けきれている叶未に驚愕の視線を向けている。
「こっちはこっちで驚きの光景だねぇ。オヤジを除けばウチでも一、二を争う実力なんだけどなぁ」
彼の上司である直芳でさえ、笑顔は崩さぬものの驚きの声を上げていた。
実際に、手斧の男は直芳が最も信を置く実力者であった。
直芳に唯一足りない、直接的な武力というものを補う存在であり精神面でも信頼の置ける存在であった。
「ねぇ!さっきから、異線を使ってないけど出し惜しみのつもり!?」
縦横無尽に動きながら、双剣を振るって一方的に攻撃をしている叶未。速度を上げたために手斧の男に反撃の隙を与えずにいる。
「む?使っているぞ。ずっとな」
突然、叶未の動きが止まる。
意識を失ったかのように立ち竦んでしまう。
否、実際に1秒にも満たない時間だが失っていたのだ。
「戻ってくるのが早いな。刈り取ったつもりだったんだが」
「なにをしたの?」
ほんの一瞬意識を失いながらもすぐに目覚めた叶未は、表情から笑みを消し相手に問う。
「俺は身体強化の異線持ちでな。さっきまでは弱めの出力で使っていたところを一瞬だけ最大値まで強化してお前を殴った。お前はその緩急に付いていけなかっただけだ。本能的に避けて直撃は避けたみたいだがな」
左手で拳を作って見せながら、素直に種明かしをしてくる男。
「いいね。もっと面白くなりそう!」
口から滲む血を手の甲で拭き取りながら、笑みを戻す叶未。
そこに恐怖は一切無かった。




