第二十話 賽の拳
上半身のジャケットとシャツを無造作に脱ぎ捨てて現れたのは明らかに戦闘用とわかるような作りをしている筋肉質な体であった。
分厚い胸筋と丸太を彷彿とさせる太さの腕は並の人間では戦う前から敗北を予感させるほどの代物であった。
肉体の持ち主である福富魁は庭で取り囲まれている叶未と悠江の前まで歩む。
取り囲んでいるとはいえ、赤猫と青猫の二人があっさりと地面に寝かされているところを見て、他の組員たちは怯んで動けずにいた。
悠江はまだ意識のあった青猫を銃で殴り気絶させる。叶未はすでに赤猫の意識を奪っていたためそのまま放置する。
「おい、二人を運んどけ」
「へ、へい!」
魁に突如として呼ばれた下っ端構成員たちは返事をして、赤猫と青猫をその場から運び出す。
「さて、と。次は俺が相手してやろう。少しばかり気に入ってはいたんだが、こうなっちゃ多少の怪我は覚悟してもらおうか」
「へぇ、こっちはもっと楽しそうだね」
メリケンサックを装着して戦いの準備を整える魁に対して、笑顔を作り今回持参した双剣を構える叶未。叶未の瞳の奥からは戦闘を楽しむ狂気が垣間見え、魁は背筋を震わせる。
しかし、菊咲組幹部としての矜持が感じ取った恐怖を振り払った。
「いやいや、逃げるとこでしょうよ」
二人の間に走る戦の空気を一切考慮せず、潔く逃げることを口にする悠江。
「えー。戦る流れだったじゃん。邪魔しないでよ」
「流れとか関係ないですって。戦うのが目的じゃなくて情報収集が目的ッスよ。バレたら逃げる、これも事前に決めてたでしょ」
「うーん、じゃあこれが終わってからとか?」
悠江は頭を抱えながら息を吐く。
「ダメですって。援軍が来るかもしんないんですから早く行きますよ」
さっさと逃げてしまいたくて叶未が戦いに出向こうとするのを引き留めるが、叶未は不満顔で抗議の意を示している。
言葉に出さないのは悠江の理屈が正しいと頭では分かってしまっているからだ。
それでも、自分の戦闘欲求に逆らうのが難しく、せめて目の前の魁とだけは戦っておきたいと考えていた。
そんなやりとりを二人がしているのを当然相手は待ってはくれない。
「敵を前に悠長にし過ぎだろうが!」
腰の入った右ストレートが叶未に対して繰り出される。
喋っていても警戒は怠ってはいなかったために双剣の腹で防ぐ。
叶未が問題ないことは分かっていたため、一気に距離を詰めてきた魁に対して距離を取り、銃の間合いを確保する悠江。
(?)
突如、サイコロが出現し上に飛び、地面に転がって目を出した。どうやら4が出たようだ。
「当たりだな」
再び拳に力を入れて、今度は左拳でアッパーを行う魁。
「ッ!?」
なんとか腕で防ぐが、先ほどの右拳の攻撃よりも威力が上がった一撃に目を見開く叶未。
同じような現象が先刻もあったことから、何かしらの異線が関わっているだろうことは分かっていた。
(出目が良いほど威力が上がるのか?)
賽の目が出た後に攻撃の威力が増したことからそう考察をする悠江。
「もう一発食らっとけ!」
続け様に右肘でエルボーを繰り出す魁。だが、叶未を背を反らして躱しながら後ろに跳んで距離を取る。
二人の距離が開いたのを見て、悠江は魁に銃撃を数発撃ち込む。
しかし、撃った霧の弾丸は全て殴り壊される。
「そんな豆鉄砲で俺の命ぁ取れると思ってんのか!」
「思ってないッスよ。ただの牽制凌いだくらいで喜べるとかおめでたいッスね」
相手の冷静さを削る狙いで魁を煽る悠江。怒りで周囲が見えなくなれば逃走もしやすくなるため、この場でおそらくは一番の実力者であるだろう魁の思考する能力を削いでおけば死角も作りやすいと考えていた。
けれど、歴戦の極道相手にそんな安い手は通じない。もっとも、悠江も多少怒ってくれれば御の字程度で煽ってみたのだが。
「牽制か。単純な実力ならそっちの嬢ちゃんが上なんだろうが、油断しちゃいけねぇ危険度って意味じゃお前の方が上だろうな」
「お褒めに預かり光栄ッスね。でも、目離すと首がお別れしますよ」
魁が悠江と会話している間にも叶未は瞬時に距離を詰めて相手の首に刃を迫らせる。
どうにか足を一歩、後ろに下げて深く斬られることを避けたが、皮膚を双剣の刃が切り裂く。
「皮だけしか斬れてないか。まぁ殺しちゃったらまずいんだけどさ」
「わかってるなら、もう少し殺意抑えめで戦ってくださいよ。幹部殺っちゃうと大事になるでしょ」
まるで、本気ならいつでも自分を殺せるかのような発言に流石に苛立ちを持ち始めた魁。
菊咲組幹部であり、実働部隊『鬼菊』を取り纏める超武闘派の自負があるからこそ、舐められた態度を取られる訳にはいかず、何より幹部たる自分が侮られることは延いては組長の格を落としてしまうため、ここで逃がすわけには益々いかなくなった。
「丁じゃ」
静かに、けれど確かに口にした賭博を思わせる一言。
その瞬間サイコロが宙に現れ、地面に再び転がる。
出た目は6であった。
「今日は運が巡っとる」
魁は本気の殺意を見せ始め、直後悠江に向かって突進し拳を振りかざす。
「まずは、一人目ぇ!」
その拳で悠江は沈むと組員の誰もが予感した。
魁の異線の名は『俺の拳は天任せ』。
あらかじめ、丁か半かを心の内でも言葉でも宣言しておくことで当たった際に攻撃の威力が上昇する賭博要素の入った能力である。サイコロは彼が宣言した後に出現し、転がっていく。
当たった後、出た目の数がそのまま高威力の拳で殴れる回数となる。
更には連続で当たれば、まるで掛け金が上がるように当たりの際の威力が上がる。
二連続なら二回目の当たりの時には威力が二乗になり、三連続なら二回目から三回目にかけての上り幅がさらに二乗される。
そうしたことから、ここまで当たり続きの魁のパンチを悠江が食らって生きていられるはずがないというのが組員達の見解であった。
「当たるとやばそうッスね。まぁ当たればッスけど」
銃を空高く投げた悠江はそのまま、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。全身を使った拳撃であったためか、勢いよく地面に叩きつけられてしまう魁。
「俺、そこまでパワーファイターじゃないんで。こういう力の要らない技術ばっか磨いてるんスよね」
腕で受けられる攻撃ではないと直感した悠江は投げ飛ばすという選択肢を取った。魁が砂利の上で大の字になったのを見て、この隙に逃げようと考え口に出す。
「そろそろ、いいでしょ。逃げますよ」
「まぁ、もう少し戦いたかったけど、流石に時間切れかな?」
外から声が増えてきたのを聞いて、屋敷外にいた組員などが援軍に来たのだろう。
そう考えて流石の叶未もこれ以上の戦闘継続は望まない。
ちなみに二人は偽名の名刺を渡したため、互いを本名で呼ばないように気を付けて相手に自分たちの正体に繋がる情報を与えないように徹底している。
「それじゃあ皆さま、さいならッス」
閃光手榴弾を取り出して下に放る悠江。叶未と悠江は目を閉じる。
組員達が眩い光で目を覆っている隙に屋敷の敷地から離れようと、跳び上がり塀に乗って逃げようとする。ここからは霧で足場を作りながら空中を逃げていくつもりであった。
けれども、そう簡単にはいかないのが日本一の侠客たる所以であった。
「おらぁ!」
塀の上から跳躍しようとした矢先、どこからか攻撃が飛んでくる。
咄嗟に叶未が双剣を交差させて受け止めるが、塀の上では踏ん張りが効かずその勢いに押されて地面に叩きつけられる。
一時は倒れ伏したものの、すぐに叶未は体勢を立て直す。
そんな彼女の前に立ち塞がっていたのは、これまた魁よりもさらに背丈が広く肩幅の広い手斧を持った大男であった。
悠江もまた、死角から矢を放たれていた。迫ってくる光の矢に合わせて銃で撃つが、撃ち落としきれずに背後に跳んで避けざるを得なかった。
飛んできた方角が屋敷とは反対側、塀の向こう側から撃たれていたため、必然的に屋敷の敷地内に戻る形となってしまった。
「あらら~。ちょっと魁ちゃん。幹部がこんな無様晒しちゃダメでしょ」
正門が開かれ、その場にいる全ての極道が頭を下げて道を空ける。
その姿は宛ら、レッドカーペットを歩く大物俳優を思わせた。
手斧を手にしていた男も声の方角に向けて頭を下げており、叶未を視界に入れてすらいなかった。
視覚が光で奪われていたはずの組員も投げ飛ばされ、地面に横になっていた魁でさえも立ち上がり頭を下げて出迎えていた。
「君らか、ウチに身分を偽って入り込んだ侵入者ってのは。まったくよくやるよ。極道相手にさ」
茶髪の髪に右目から頬にかけての刀傷と思われる傷跡を負った男。その男は手斧の男や魁ほど大柄ではなく男性の平均身長より若干低く、肩幅や腕の太さなどその辺りの一般人と大差ない体躯をしていた。
けれど、纏う気配や迫力は正しく極道であり、その存在感は強者のものと言って差し支えなかった。
「すいやせん、若頭。俺がいながら不甲斐ねぇ。落とし前はつけさせてもらいます」
「あぁ、いいってそういうの。この子ら、違和感を持たせずに嘘を吐いてたらしいじゃないの。それも真実と嘘を混ぜた詐欺師みたいなやり方でね」
笑みは浮かんでいるものの目は一切笑っておらずそのことは彼を警戒していた叶未と悠江が良く理解していた。
強いどうこうよりも底の見えない、物理的な強者とは別の方向性の強者であることは体躯も相まって容易に想像ができた。
見た目で強さが測れないことは二人も承知だったが、それでも動きは素人同然で戦いを生業にしているような人間特有の気配は一切見えなかった。
だからこそ余計に、迫力を感じさせる目の前の男を侮ることはできなかった。
この場でこちらに向かって歩いてくることになんの躊躇いもなく来ている事実と、百戦錬磨の魁を凌駕するような風格。一見すれば優男にしか見えないのに、この武闘派集団に頭を下げさせていることに一切違和感がないことが、悠江と叶未の警戒度を上昇させていた。
「さーてお二人さん。俺は菊咲組若頭、魅堂直芳だ。落とし前、つけてもらおうか?」
二人に向けて、笑顔のまま言葉を放った直芳。それはまるでこの場の支配人のような雰囲気であった。




