第十九話 発覚
「ウチの倉竹がなぁ、ちょいとやりやがってな」
魁は頭を抱えながら、深刻そうに呟く。
「やらかしたって一体何を?」
あまりにも沈痛な面持ちで語るから悠江は思わず聞いてしまう。
「三日前のことだ。俺が纏めてる実働部隊と他の幹部や若頭直属の部下が酒を飲んでたんだがな。突然、倉竹が乱入してきてそいつらを殺害しやがったんだ」
悠江は勿論のこと、菓子を頬張っていたはずの叶未までもが息を呑んでしまった。
捜索をしているということは、武闘派の菊咲組にあって複数の組員を相手に殺害して逃げおおせたということになる。
「騒ぎに気付いて、俺も含めた屋敷にいた組員総出で取り押さえに行ったんだがな、逃げられちまった。元々素行の良い奴じゃなかったが、あんなことするような奴じゃなかった。それにあの時も様子がおかしかった」
魁は拳を強く握りしめて手から血が滲み始める。ヤクザが素行良いとは?という考えを抱いた悠江だが、ツッコむのも野暮な気がしてやめた。
「兄貴、血が!」
青い鞘の男がハンカチを慌てて差し出す。
魁は手で制して、受け取りを拒む。
「いい、問題ない」
悠江は様子がおかしかったと聞いて詳しくそれについて聞き出す。
「おかしかったとは?」
「動物みてぇだったってのが表現としては正しいのかもな。獣の方が合ってるか。とにかく、ありゃ間違いなく薬かもしくは何らかの能力の影響は受けてるかもしれねぇ。だが、いずれにしろ捕まえて事情を聞かなきゃならねぇ」
叶未と悠江の二人以外が殺気を放ち始める。先刻、あっさりと気絶させられたはずのサングラスの男でさえ別人のような気迫を見せる。
仲間が殺されたのだからもし相手に何かしらの理由があったとしても怒りを燃やしてしまうのは無理はないのかもしれない。
「それって薬か何かのせいで強くなってたってこと?」
強いかどうかに関心が向けられた叶未は、そのことを疑問として聞く。
「ああ。俺含めた幹部連中ほどじゃないが、ありゃ並の組員じゃ相手にならないだろうな。怪我人も何人も出ちまった。逃げ足の速さも尋常じゃなかったな。倉竹自身、ウチでも平均程度の実力ってとこだったんだが、仮にあそこまで本人の力を上げる薬があるなら、またこの辺も荒れるかもな」
怒りを鎮めて、自分達の町を憂うような顔を浮かべる。
博麓町が荒れたのは、四十代ほどに見える魁の世代にちょうど当てはまるのだろう。かつての荒廃した町の光景を思い浮かべて辛くなったようだ。
だが、すぐに極道としての面に戻して目の前の探偵を名乗る二人に向き直る。
「まぁ、そういうわけでウチからも怪しい人間がいないか、町の各所に見回りを出してるんだわ。協力者が倉竹をどこかに逃がしてる可能性もあるからってのと、他の組がバタついてる菊咲組にちょっかいかけに来るかもしれねぇからよ」
「あーそこに自分らが来ちゃったわけですか」
「そういうことだ」
組の現状とそのせいで見回りに引っかかってしまったことに納得した悠江。
(確か、巫女の二人の事件は一週間前。ただ、こっちは京都だったような。その辺もう少し聞くか)
「先ほど、事件が京都で起こったことを説明したと思いますが、倉竹が京都に行っていたというような話は聞いていませんか?」
「少し前に京都の知り合いが亡くなったから葬儀に出てくるとは言ってたな。心の整理も要りそうだったからついでに休暇も取らせて向こうでゆっくりしてくるようにと言い含めた」
その話を聞いて、間違いなくその休暇を利用して土地を明け渡すように迫って最後には殺したのだと確信した悠江。
ただ、なぜわざわざ京都にまで行って地上げ屋紛いの真似をしていたのかそこだけが不可解であった。
疑問は残るものの、ひとまず京都に行っていたことは確認が取れたため収穫はあった。
あとは居場所に心当たりがないか聞くのみであった。
「あの倉竹の居場所に何か心当たりはありませんか?」
悠江の言葉の後に壁が三回叩かれる。
「今のは?」
「…さあな。そこの向こうの部屋で喧嘩でもしてるのかねぇ。さて、心当たりか。馴染みの店は全て確認した。家にも帰っていないから、正直虱潰しで探してる状況だ。お前さんらも見つけたら知らせてくれ。身柄は後で引き渡すからよ」
「わかったッス。それじゃあ俺らはこれで」
普段の行動範囲内にはいないことと、京都に行っていたという情報を得られた以上、長居は無用と思い帰ろうとソファから立ち上がろうとする悠江ら。
しかし、そんな二人を魁が制止する。
「待ちな。せめて、正体ぐらいは話して行きな」
その言葉に、ほんの一瞬体を強張らせる二人。
「なんのことッスかね?」
「探偵って言ったはずだけど」
僅かな動揺を悟られないように言葉を紡ぐ二人。
「ちょっとした動揺はヤクザの前じゃ命取りだ」
次の瞬間には悠江と叶未の体は部屋を出て廊下まで飛ばされていた。
「ふぅ、危な~」
「流石に武闘派。良いパンチッスね」
襖を突き破って先ほどいた部屋が中まで見えてしまっている。
その向こうに右の拳に向けて息を吹きかけている魁。
「お嬢ちゃん、俺のパンチに合わせて拳で迎撃したな?ったくなんちゅう硬さしてんだ。拳が痛んで仕方ねぇ」
悠江らからすると何故かはわからないが、流していた偽情報や偽りの探偵事務所のホームページが無駄や位置情報が無駄になって、正体が露見したわけではないにしろ探偵ではないということはバレたらしい。
(うまく行き過ぎて油断が生じたみたいッスね。反省、反省)
魁が両の拳でそれぞれ二人を殴り飛ばしたものの、叶未も悠江も特にダメージは負っていなかった。
相手の攻撃に的確な対応をしていたからこそ、二人に負傷は生じなかった。
「最初からバレてました?だとしたら、さっきのは見るに堪えない茶番ってことになるッスね」
刃を当ててきた二人を止めた時のことを指して揶揄する悠江。
「残念ながら、気づいたのはついさっきだ。もっとも俺じゃねぇがな」
自分が気づいたわけじゃないと言われて、真っ先に壁がノックされた時のことを思い出す悠江。
(あの時か。…誰かしらの異線か?いずれにしろ、ここは逃げに徹するか)
廊下に出た二人は各々の武器を構える。
今回は叶未は教祖の部屋や敷地のような広い空間でないため、大鎌は振りづらくなる。そこでコンパクトな双剣二本を構えて戦いに臨む。
叶未の頭の中に逃げなければいけないという意識がないわけではない。けれど、少しぐらいなら交戦できるだろうから、楽しみたいぐらいの気持ちはある。
悠江は普段と変わらず拳銃を右手に装備している。腰にはナイフを差しており接近戦になることもしっかりと想定しているようだ。
「お前らが何者かは捕まえてから吐かせるとしよう。てめぇら、出番だぞ!」
周辺にあった襖や扉が次々と開け放たれて、スーツやシャツなどを着た組員がぞろぞろと現れ始める。
「ちょっと手狭だな。庭で戦ろうか」
突如、屋敷が変動し始める。まるで絡繰り屋敷のように部屋そのものが動き、部屋の位置が組み変わり続ける。
そして、終わった頃には部屋や廊下に囲まれていたはずの二人の前には庭への道が現れた。
「幹部以上になるとな、オヤジらの居住区以外の屋敷の絡繰りを動かす権限を与えられるんだわ。すでに庭も取り囲んでる。大人しく捕まってくれると有り難いってのは本音だな」
「大人しくすると思うッスか?」
「こんなに楽しそうなのにつまんないこと言わないでよ」
簡単に捕まるつもりはないと意思表明をした二人に魁は呆れたという顔をしつつもそこに油断はない。
「そうか。おい、お前ぇら!こいつらは倉竹の関係者かもしれねぇ。家族殺しのあの馬鹿に繋がる何かを持ってるかもしれねぇ。多少痛めつけても構わねぇ、捕まえろ!」
その言葉を皮切りにまず魁が再び二人に拳をぶつけて、廊下から庭へと吹き飛ばす。
だが、攻撃を腕で防いだ二人は違和感を抱く。
(さっきより重い!?)
(威力増してるッスかね)
最初の拳撃を受けた時よりも威力が上がっているのだ。
それでも、まだ問題なく受け止められる範囲であるし能力も未だ使っていないからどうとでもできるという自信はあった。
(まぁ過信はよくないッスね)
すぐに自信を捨てて、油断なく相手を見る。
「赤猫、青猫、本気で相手してやれ」
「「はい」」
魁の後ろで控えていたはずの二人組の男たち、赤猫と青猫が刀の柄に手を掛けて庭に出てくる。
明らかに先ほどのような脅しではなく、闘志に満ち溢れていた。
「本気か~面白そう!」
「相手せずに逃げましょうよ」
やる気を見せる叶未と対照的に悠江はすぐにでも逃げてしまいたいというような空気を放っている。
「悪いが、腕の一本や二本は…」
「覚悟してもらうぞ」
叶未たちと5メートルほどの間隔を開けた状態で抜刀の体勢に移った二人の刀持つ男。
緊迫した静寂がほんの僅かな時間を支配する。その間他の組員は誰も手を出して来なかった。その空気に簡単に踏み入れられなかったからだ。
そして、目にも留まらぬ速さで抜刀が為される…かに思われた。
「なっ!?」
「はっ!?」
菊咲組組員たちが想像した光景と現実の光景は大きく異なっていた。
赤猫と青猫は二人揃えば幹部にも近しい実力を持つ、菊咲組きっての武闘派コンビであった。
そんな二人がいつの間にか地面に寝転んでいた。
悠江は青猫の背に足を置きながら頭部に銃を向けている。叶未は手加減が出来なかったようで赤猫を気絶させてしまっていた。刀は抜かれてすらいない。
二人は相手方が接近している間に刀を抜かせる間もなく距離を詰めて、悠江は合気で投げ飛ばし、叶未は単純に腹に拳を叩きこんだ。
「あんたら、いい線いってるッスよ。けど、自分らを捕まえるには役不足過ぎますね」
「あーあ、もうちょい楽しめると思ったのに。まぁいいや、次はあなたが相手してよ」
そう言って叶未は魁に指を指す。
他の組員は実力者がやられて臆している様子だ。
「調子に乗んなよ。餓鬼が」
吐き捨てるように言いながら、魁は上の服を脱ぎ捨てた。




