第十八話 極道の住処
住宅街を進んだ先の一角に明らかに別格の空気を放つ、巨大な広さの敷地とそれに見合った大きさを持つ和風建築の屋敷が存在していた。
叶未と悠江を先導していたサングラスの男はそこの正門に堂々と正面から足を向けて進んでいく。
叶未は広い屋敷を見て、旅館みたいだなと感想を抱きながら前を行く男の後を歩く。
一方の悠江は想像よりも遥かに大きな屋敷とこの住宅街にあって尚も圧倒的な広さの敷地を有している事実が、菊咲組の持つ力が表されているように思えて、脅威を覚えた。
正門でサングラスの男が門番をしている体躯の良い二人の男たちの内一人に事情を説明しているようであった。
しばらくしてから、話は付いたらしく門が開かれる。
「さぁ、入るぞ」
門が開かれて先に入っていったサングラスの男に手招きされて、二人は彼の後ろに付いて歩いていく。
中に入ると庭に池や橋までもが備えられており、桜の木と思われる木や綺麗に剪定された花もあり手掛けた人間の腕の良さが素人相手でも伝わってくるようだった。
本当に人気の高級旅館にありそうな風情ある庭を眺めながら悠江は、建物だけならヤクザだなんて思えないという風な考えを持っていた。
叶未も、ここを宿泊施設だと言われれば信じてしまいそうだと暢気にしかし周辺への警戒は怠らず眺めていた。
砂利の道を音を立てて進みながら玄関から靴を脱いで屋敷に踏み入れる。
二人は先ほど門番から持ち物検査を受けていたが、縮小化していた封武についてはあらかじめ霧で上に浮かべてから中に入った後に後ろ手で落下するキーホルダー状になった封武をキャッチしていた。
そのため、万が一攻撃を受けても迎撃に問題はないができれば争いになりたくはないというのは悠江の本音であった。
叶未については、せっかくだから少しぐらい武闘派で名を馳せる菊咲組の人間と戦ってみたいと明らかに戦闘狂な思考を巡らせていた。
中に入って廊下を渡っていると、外の心が凪ぐかのような庭の様子とは打って変わって慌ただしく人が行き交っている。
先導しているサングラスの男は特にその光景に疑問を持つことはなく、先を行く。
二人はぶつかりそうになりながらも上手く避けてどうにか付いて行く。
「慌ただしいッスね。馬鹿やらかしたって人と関係が?」
「おうよ。行方も知れねぇから、若頭の命令で探すのに各所に手を回してるんだわ」
若頭、と聞いて悠江は真っ先に思ったよりも大物が動いていることに頭を悩ませた。
叶未と悠江の抱える一件と菊咲組の一件がもし繋がっていたなら、その一件に関わる人間の身柄について揉めることになる上、先に始末してしまえば訪問してきた二人の存在を怪しまれるかもしれない。
この問題をどうするかを悠江は案内される中で考え込んでいた。
(基本、殺したら遺体は回収班が痕跡を残さずに回収するッスけど裏の人間はその辺の調査能力半端ないッスからね。まず、俺らが疑われることになりそうッス)
ここまで必死に探しているのなら、多少の失敗や騒動を起こしたどころではない。まず間違いなく、落とし前をつけさせるために捜索している。
菊咲組の大物相手に慎重に立ち回る必要がある、そう考えた悠江であった。
「着いたぜ。ちょっとそこで待ってな」
そう言って襖を開けて部屋に入って行ったサングラスの男。
二人は屋敷の奥まったところに部屋の前で置き去りにされて待つこと5分。
「二人とも、入んな」
先導していた男に呼ばれて、部屋の中に踏み込む二人。
部屋の中は畳ではなくフローリングで、比較的大きな部屋となっており一般的な学校にある教室の三分の二ほどの大きさはあるかもしれない。掛け軸や壺などの調度品も備えられており、見る者が見れば一流の品だと分かるほどの物であった。
二人が入って少し歩いたところにソファが横長のものが向かい合って二つ存在していた。
部屋に入ってすぐのところにいた二人から見て、手前側にソファは存在しており奥の方には一際目を引くデスクが置かれていた。
ソファには既にスーツ姿の大柄なスキンヘッドの男が一人で座っており、その背後には刀を差した顔立ちの似ている二人組の男が控えている。
サングラスの男は叶未と悠江を入り口から近い側のソファへと誘導する。
スキンヘッドの男は二人が座ったのを確認すると話を始める。
「まずは、不快な気分にさせてしもうてすまんかった。ウチのモンが迷惑かけたみたいやのう」
会話が開幕してすぐに謝罪から入られて若干居た堪れない気分になった叶未と悠江だが、すぐに切り替える。
「あーいや、実害は特にないんで大丈夫ッス。むしろお忙しいのにわざわざ時間を取っていただいてありがとうございますッス」
ヤクザ相手に立場を上にするのも下にするのも得策ではないだろうと考えていた悠江は、自分からも感謝を伝えて対等に立つ。
スキンヘッドの男の背後に加わったサングラスの男も、悠江から直属の上司でもあるスキンヘッドの男に問題はなかったと伝えられ安堵する。
「自己紹介が遅れたな。俺は菊咲組幹部、福富魁だ。よろしく」
スキンヘッドの男、魁は自己紹介の後に右手を差し出す。握手を求めてるようだ。
二人はそれぞれ、右手で応じて続けて挨拶を行う。
「自分らはこういう者ッス」
悠江と叶未はあらかじめ用意しておいた偽名の書かれた名刺を手渡す。
そこには探偵事務所名と名前がそれぞれ書かれており、受け取り一瞥した後に魁は後ろにいる三人にも手渡して見せる。
「探偵さんか。最近じゃ西洋に『探偵紳士』名乗っとる奴もおったな。ニュースでもよう取り上げられとる」
「あれと一緒にはされたくないですね~」
突然口を挟んで苛立ちを無理に隠しているような笑顔で語る叶未を冷や汗を搔きながら見つめる悠江。しかし、魁には受けがよかったのか声を上げて笑っている。
「ハッハッハッ、なかなか正直なお嬢さんだな。余程、嫌いなんだな。嫌いなものを嫌いと言えるのは悪いことじゃねぇ。まぁ、言っちゃいけねぇ場所でだけ弁えときゃ十分だわな」
面と向かって言えるならなお良しと付け加えて笑い声を抑える。
陰口で嫌いというぐらいなら本人にぶつけてしまえというのが魁の考え方らしい。
時と場合は考える必要があると言いつつ、彼からすれば正直過ぎるくらいが好感を持てるらしい。
「それで?なんか聞きたいことがあるんだってな。組は慌ただしいが、俺に関しては暇なんでな。話ぐらいはいくらでも聞こう」
「そうなんスか?」
暇と言われて思わず聞き返す。
「俺が纏めるのはいわゆる実働部隊でな。調査はからっきしだからよ、居所が分かった後が俺たちの仕事になるわけだ。まぁ組でも選りすぐりの武闘派連中が集まってるからよ。捕縛には手間は掛からないだろうさ」
そう言われて一瞬笑みを深めた叶未。どうやら選りすぐりと聞いて闘争心に火が付いたようだ。
「とりあえず、お前さんらが本当に事件の調査で来たかは俺らじゃ判別つかんから事件について話せる範囲で教えてくれるか?裏を取らせる」
魁の言葉の直後に後ろの刀を差している男のうち、魁の左後ろ側の男がスマホを取り出して操作する。
そして、悠江がここで真実である巫女服の少女たちの両親が殺された事件について詳細を話す。実際、事件として捜査は行われており探偵が関わっているという偽情報も悠江が事前に流していたため、真実と虚実を織り交ぜた話を相手に行う。
その間、叶未は出された茶と菓子を食べたり飲んだりしてそれなりにリラックスしていた。
悠江は毒や睡眠薬のような薬が混入されているか心配で飲めなかったというのにあっさりと飲んでしまったために拍子抜けという気分にさせられていた。
一通り話し終えて、魁の反応を待つ悠江。
刀の男の持つスマホから、一度何かを軽く叩いたような音がして魁は息を吐く。
「なるほどな、どうやら事実らしい。その事件の関係者にウチの組員が関わっているかもしれねぇんだな?」
「はい。倉竹という男なんッスけど…」
刹那、叶未と悠江の首に冷たい刃が突き付けられる。
(早いな。この感じどっかの抜刀術か?)
(ふぅん、楽しめそうじゃん)
瞬時に距離を詰めてきた魁の後ろにいたはずの刀の男たちが自分たちの首に刃を当てていても、二人は至って冷静であった。
そこには理由があった。
一つは二人の行動があくまで脅し目的であることが分かりきっていたから。
もう一つは、相手の速度は充分対応可能の範疇であったから。
更に言えば、この状況からでも相手を逆に制圧することが可能であったから。
刀の男たちは、否、同じくこの部屋にいる魁とサングラスの男も完全に一般人に溶け込んだ叶未と悠江の真の実力に気付くことが出来ていなかった。
「やめとけ、そこの二人は容疑者として名前を出しただけだ。あいつの関係者ってわけじゃねぇだろ」
「しかし魁の兄貴、何かしらの情報は握ってるんじゃないですか?」
「あの馬鹿、捕らえるなら少しでも情報が欲しいはず」
刀を突き付けている二人は鞘が赤い男が先に喋り、青の鞘を持つ男が続けて話す。
「相手はカタギだ。カタギに手ぇ出すなってのはここの掟だ」
「だが…」
「ガタガタ、ガタガタ抜かしてんじゃねぇ!さっさと鞘に仕舞えや!」
言い返そうとした赤い鞘の男に対して言葉を遮りながら、机を拳で叩き怒声をぶつける。
その迫力に臆したようで、二人は刀を仕舞う。
「すまんのう。若いモンは血の気が多くていけねぇや。再三迷惑掛けちまったな」
「いえ、お気になさらず」
何事もなかったかのように笑顔で対応する悠江に対し、どこか不貞腐れた顔をしている叶未。
(殺り合えると思ったのにな~)
なぜか、その顔を見て考えが伝わってくるような気がして悠江は叶未が依頼を忘れてしまっていないか不安になっていた。
「もう聞いたかもしれねぇが、ウチで馬鹿やらかした奴がいてな。それで大分神経質になっちまってる」
「もしかして、それが…」
「ああ、倉竹剛。俺の部下やってた男だ」
少し悲しげに目を伏せて魁はそう答えた。




