第十七話 菊背負う者
東京、博麓町。一度は戦後に荒れ果ててしまい、裏社会の人間やチンピラが多く蔓延って一般の町人は家から出るのも憚られたほどであった。
犯罪の温床となっていた町であり、戦争直後の政府では対応に手が回らなかった。薬物は当たり前のように出回り、組織同士の抗争で町が壊れることも珍しくはなかった。本来、民間での所持には軍務省の許可証を必要とするはずの封武を政府を通さず、違法に封武を流通させるなどの闇商売が余計に抗争を激化させた。
しかし、その町に昔から居を構えていた菊咲組組長はその事態を黙って見てはいられなかった。愛する町が変わり果てた姿になってしまい、それを改善するために組を率いて数多の組織と戦った。
菊咲組が動くまでは互いにいがみ合っていた組織同士も、以前から町に根付いていた規模の大きなヤクザである菊咲組が本格的に動き始めたことに危機感を抱いて全員が徒党を組んだ。
抗争は苛烈を極め、互いに多くの犠牲者を出しながらも最終的には博麓町を食い物にしていた全ての組織を菊咲組が叩き潰した。
そこから、復興に手を貸して利益度外視で金や物資を出し続けた組は以前からそのあたり一帯を拠点にしていたが、腫れ物のように扱われていたところを英雄視されるようになった。
この一件を機にその名が轟くようになり、功名心から彼らに挑むようになった者も増えたが今のところ菊咲組が揺らぐような事態にはなっていない。
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「なんだかんだ、この辺って来た事ないんスよね」
駅の近くに存在している商店街。今では商店街自体が数を減らし、あったとしてもシャッター街となっていることがほとんどで、また大型商業施設に足を向ける人々も多く店の継続を難しくしていた。
「私もあんまりないかなぁ。でも下町って感じだけど意外と賑わってるよね」
叶未は店先で盆に載せられている試食用に切り分けられた団子を一口食べる。
彼女が言った通りこの博麓町の商店街は店にも人で賑わっている。
現在は夏で一般的には夏休みの時期でもあるため、各所のテーマパークやショッピングモールなどが若い世代や家族連れなどで埋め尽くされていることが多い。
それらに並ぶほどとは言わずとも、それでも人が多数行き交っている。
「なんか、レトロな店とか流行ってるらしいですよ。あとはここの和菓子が映えるとか、全体的に物が安いとか色々と要因はあるみたいッスね」
「ふぅ~ん。色んなことが絡み合ってこの賑わいようなわけね」
「ッスね」
コスプレ用品店の前を二人が通ると本格的な衣装やウィッグが立ち並んでいる。
悠江がふとその店に歩きながら視線を向けると年齢層が幅広く客が来ており、そのことに意外そうな表情を浮かべつつも他の店舗にも視線を移しながら楽しんでいる。
叶未は店先で販売されているクレープをいつの間にか購入しており、出来上がった芋のクレープを受け取って頬張っていた。
「目ぇ離した隙に何やってんスか」
「美味しそうに売ってる方が悪いよ」
「太っても人のせいにしそうッスね」
「そりゃあ人のせいでしょ」
「あっはい」
はっきりとそう言われてそれ以上何か言う気もなくなった悠江は大人しく叶未の言うことに同意しておく。
秋でもないのにサツマイモを使ったクレープを売っていることに疑問に感じた悠江だが、そういうこともあるか、と思考から手放す。秋でなくとも焼き芋を売っているところもなくはないから。
「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだねぇ。これ持っておいき」
肉屋で恰幅の良い店主と思われる中年の女性が、叶未の一口一口をしっかり味わって満面の笑みを浮かべながら食べている姿を見て店のコロッケを半分ほどに切ったものを手渡す。
「良いんですか!?」
聞きながらもすでにクレープを食べ終えており、受け取っていた。
「その代わりちょいとここで食べておくれよ。いい宣伝になりそうだ」
笑みを向けながら、ちゃっかりと叶未を宣伝要員として利用することを決定した女店主を見て悠江は強かだなと感じていた。
「?わかりました。この辺で食べればいいんですね」
よく意味をわかっていなさそうな叶未は肉屋のおばさんの言うとおりに店の前で食べ始める。
「美味しい~!肉とジャガイモの比率が絶妙だ~!」
なんとなく食レポ風に感想を述べながら、そこだけ光って見えるような笑顔を作って食べ進める。
その様子を見ていた周りの通行人はある者は唾を飲み込みまたある者は腹の虫を鳴らしていた。
次第に客が集まり、段々と肉屋に列が生じ始めて主にコロッケやメンチカツが売れていく。
「マジか。招き猫かよ」
ただ食べているだけで集客効果を発生させた叶未と店を驚愕の表情で視線を向けながら、悠江は思わずといった様子で呟く。
「いやぁありがとね、お嬢ちゃん。おかげでこの通りだよ。お礼にもう一個持っていきな。そこのお兄さんにも」
「わぁ、ありがとうございます!」
「あざッス」
二人と店主は互いに礼を言い合いながら、別れる。
店から離れた二人はというより主に悠江は、昼ご飯を済ませているというのに、勢いよく食べ進められる美味しさに自分でも衝撃を受けていた。
(こりゃ、あんな顔して食うわな)
同時に列ができたことと叶未の表情にも納得していた。
一頻り商店街を練り歩き、その間食べ歩きや雑貨を軽く見ながら立ち並ぶ店を抜けていく。
「いい場所ッスね」
「ほんとだねぇ」
商店街を抜けて住宅街に差し掛かり始めた辺りで二人は賑わいもありながら、時折垣間見えた店員や店主の温かな人柄に思いを馳せていた。
だが、すぐに剣呑な気配を纏わせて声を細めて会話する。
「叶未さん」
「うん、尾行られてるね。10分ぐらい前からかな?」
「捕らえましょう」
「じゃあ走ろっか」
唐突に二人は真っ直ぐ走り始める。
二人を尾行し続けていた何者かは焦ったように追いかける。
走り続けた先に角を曲がり脇道に入った二人を追いかけていた尾行者は同じく角を曲がると直後、唐突に頭部に衝撃を感じて意識を失う。
三十分ほど経ったころに尾行者が目を覚ますと、腕と足は縛られ、目の前には二人の男女が射殺すような視線を向けて立っていた。
「さっきからずっと尾行してましたよね?」
「なんか用事なの?」
尾行していた、サングラスを着けた男は分かりやすく凶器を首に突き付けられているかに思える二人の気配に身震いを起こす。
「い、いつから気づいてやがった。というかどうやって俺を…」
「俺の能力で上に上がって、落下しながら殴って気絶させたんスよ」
一度、霧で自分たちを上に運びタイミングよく落下して首に素手で一撃を加えて気絶させたことを説明する。
「いつからっていうのは最初からかも?10分前ぐらいから尾行してたでしょ?」
感覚の鋭い叶未は悠江よりも早いうちに気づいていたが、明確な敵意を感じなかったために敢えて放置していた。けれど、流石にしばらく後ろを追われているのは気分も良くなかったので、ストレスが溜まりつつあった。なので少しばかり声に苛立ちが乗っており、当たりが強めになっている。
サングラスの男は10分前からという正確なところまでを言い当てられ、動揺の色を見せる。
「バレてやがったのか」
「でも、害意はなかったスよね?」
害意がないからこそ、どういうつもりで尾行していたのかよくわからなかった悠江はそこを突く。
「まぁな。そんなつもりはなかったからな」
「じゃあなんで尾行けてきたの?」
「…俺ぁ、菊咲組の下っ端やってるモンだ。今日は見回りをやってたんだよ」
それが尾行にどう繋がるのかと思った二人だったが、次の言葉を聞いて彼なりの理由があったのだと納得する。
「長いことこの世界にいると分かるんだよ。あんた等から漏れ出てくる血の匂いがな」
「「…」」
ある意味で同じ裏の住人であるからこそ、その気配に気づけたのかと思案する二人だが、コンマ数秒の沈黙を破って悠江が取り繕う。
「自分らは探偵やってるモンなんスよ。事件現場を見ることも多々あるんでそういう匂いもあるかもッスね」
縛られているのはあくまでもサングラスの男であるはずなのに、言い訳をしているのは見下ろしている側の人間であるというあべこべな状況に悠江は眉を顰めながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
相手は特に妨害をしに来ているわけでもなく、敵対をしに来ているわけでもないので口封じをすることもできず、どこかに縛っておくにも菊咲組が見回りをしているサングラスの男と連絡を取り合っておりそれが途切れたことと自分たちの訪問に違和感を持てば情報を引き出すことが難しくなる。
そのため、すぐにこの場で誤魔化す必要があった。
悠江の言葉に多少の引っ掛かりを男は覚えたが、なんとか理解を示した。
「まぁ、俺の勘が絶対とは限らんしな。そういうことだったら、すまなかった。この先はウチの組の屋敷があるから少しばかり過敏になっていた」
素直に頭を下げた男を見て拍子抜けだという風に顔を見合わせる二人。
縄を解いてくれと言われて、これ以上拘束しておくのも色々と都合が悪いと思った悠江は縄を解く。
「あー、一応そちらの屋敷にも用があるんスよね」
「何?そうなのか?」
再び訝しむような目を向け始める男に対して、再度事情説明を行う。
「とある事件について調査してる最中に菊咲組組員が関わっている可能性があるとわかりましてね。その人を探してるんスよ」
「屋敷とか事務所にいるかを確かめさせて欲しくてね。いなければ話だけでもと思って」
組員が関わっていると聞いて怒りの表情に一時は変わるが、すぐに元に戻る。
「そんなわけねぇだろ、と言いたいところだがウチも今ピリついててな。それこそ、その件と関係あるかもしれねぇが馬鹿やらかした奴がいてな」
武闘派ヤクザが緊張感を増しているという話を聞いて、悠江は今からでも逃げれないかなと少々嫌になりつつあった。
とはいえ、仕事だからちゃんとするのだが。
叶未は特に様子は変わっておらず、内心でも脅威は感じていないようだ。
「今行って話とか聞けそうッスかね?」
「さっきも言ったが、上が恐ろしい様子で動いててな。だが、まぁ一応俺の直属の上司にあたる幹部になら聞けるかもしれねぇ。迷惑掛けた詫びに話付けてやるよ」
「ありがとう!」
「ありがとうございますッス」
「おう。付いてきな」
二人は口々に感謝を述べてサングラスの男が先導するのに付いて行く。
背に菊を背負う者たちの巣窟に。




