第十三話 後始末
悠江は始末した教祖の死体を引きずりながら、教団の二階部分が吹き飛んだ建物の前に現れる。
「おかえり、悠江君…。無事に仕留められたようだね…」
東側の教団員を無力化させた拳陽は本部施設の前で瓦礫に腰掛けていた。
葉音も叶未の近くでどこから出したのかティーセットを広げて一人紅茶を楽しんでいる。
「ただいまッス。洗脳は無事に解けました?」
「大半は意識を奪っていたが、残りの人間は糸が切れた人形のようにボーっと止まったよ…。精神操作の副作用だね…。ジャミングも解けて隊長に連絡がついたから、回収班を寄越してもらっているよ…」
半日ほどの仕事であったとはいえ、ようやく一息つけると安堵して息を吐く悠江。普段の依頼より数段厄介で面倒な仕事だったと考えてしまう。
「そういえば、やっぱりこいつ戸籍無かったッスよ。上が俺らの仕事に口を出さなかったのは多分戸籍がないことを悪用してたことを見抜いてたからなんでしょうね」
「悪質だからねぇ…。そこまでやって精神操作で人を害していたのだから、僕達が始末してしまっても構わないと考えたんだろうね…。特に『翁』はそう主張しそうだ…。戸籍がないことと、それを使った犯行の悪質性が上層部に見逃された最大の理由だね…」
彼らの予想通り、国軍本部の上層部にあたる中将達は今回の一件で一度は正式な軍が精神操作の能力に対処すべきとの意見が出たが、彼ら側の調査で教祖の犯行の悪質さと今までに無い精神操作の被害者の多さ、中将の内の一人が生かしておいてもまともに作業を行わないだろうと断言したことで生かしておく意味も無いとして、刑務作業に服させるはずの精神操作系の持ち主を始末することを黙認した。
「とりあえず依頼達成の報告書を帰って書かないとッスね。あーめんどくせ」
「そうね。まぁこれも仕事の内よ。慣れましょう」
葉音が少し笑みを浮かべながら、同意を示しつつ頑張ろうと励ます。
「まぁ必要なことですもんね。それはそうと紡君らはどうしてるんスか?」
煙草を吸おうとして取り出すが、葉音が煙草を苦手としていることを思い出して一本出したのをそのまま箱に戻してポケットに仕舞う。
「二人は教団員の中に正気の人間が混じっていたから他にもいないか確認してからこちらに戻るそうよ」
悠江の気遣いに感謝を述べつつ二人の状況を語る。
「正気って、自分から加担してたやつが他にもいたんスね」
「驚きよねぇ」
呑気に紅茶を口にしながら頬に手を当てて困ったような仕草をする葉音。
「そういや、その話で思い出したんスけど」
「なんだい…?」
「あの護衛も正気だったんスけど、やっぱ背後関係ありそうなんですよね。あいつのほんとの上司も教祖じゃないっぽかったし、教祖もそいつと面識がありそうでした。まぁ逃げようとしたんで、情報をもっと取る前に殺っちまいましたけど」
「それは仕方ないさ…。今回は教祖の始末が仕事だったからね…」
バツが悪そうに頭を掻きながら言う悠江に、今回の任務は達成したのだから十分誇るといい、と悠江の肩に手を置きながら語る拳陽。
今後、何か大きな犯罪が巻き起こるのではないかと不安になるが、心強い仲間がいるためどうにでもなるだろうと急に楽観的になる悠江。
拳陽の笑顔に安心感を与えられたために気持ちを切り替えることが出来たようだ。
「ん~。あれ?葉音さん!あっ!あいつは!?」
目を覚まして身体を伸ばしてから、周りを見渡して状況を把握しようとする叶未。死を確認する前に気絶してしまったため、万が一仕留めきれていなかったらと考えたが教祖の死体を側に置く悠江や全て終わった感を出している拳陽や葉音を見てなんとなく今の状況を理解した。
「…倒せたんだね。よかったぁ」
安心して一息つきながら、葉音から水を受け取る叶未。
「叶未ちゃん、いつもより全力で動いてたから喉渇いてるわよね」
またしてもどこから出したのか2リットルの水が入ったペットボトルが叶未に渡されており、飲み口を下に向けながら勢いよく飲み干す。
疲れているとはいえ一口で全て飲んでしまった叶未を若干引き気味に悠江と拳陽は見ている。
対して葉音は微笑ましくその様子を眺めていた。
飲み終えたペットボトルを潰して手渡されたビニール袋に捨てた叶未は今回の依頼が無事終わったことを報告しなければいけないため、早く戻ろうと催促する。
「そうだね…。紡君達が戻ってきたら、あとは回収班に任せて帰ろうか…。今はみんな意識がはっきりとしていないけど、意識が戻って僕らの存在を知られるのも面倒だしね…」
彼らは依頼を達成しにきたのであって被害者を助けに来たわけではない。あくまでも依頼され、教祖を始末しにきただけだ。一応は軍属であるものの、その場の救助に関しては正規の軍に任せている。
秘密部隊であるが為にあまり顔を知られないようにするためだ。
今回の教祖の被害者達の中には殺人をさせられた者や、教祖に弄ばれ殺された者など精神操作の被害者が多岐に渡っている。
そのため、軍も後のケアまでを仕事として行うことになる。
「それにしても今回は本当に厄介な仕事でしたね。帰ったら隊長に文句言わないと」
少しでも洗脳されている人間に見つかれば、即座に逃げられてしまう上に自分たちと同格の叶未や悠江が苦戦を強いられたほどの手練れが護衛としてついており、更には教団員の数が予想以上に多く下手をすれば壁として使われて教祖を逃がしてしまう可能性すらあったため、強さ云々以上に厄介さが目立つ仕事であると感じた葉音だった。
そのことを拳陽に向けて話すと拳陽もまた苦笑を浮かべていた。
「依頼があったから引き受けてここまできたけど、今回は正規軍に任せる方がよかったかもね…」
「いや、あちらに任せても大きな動きにならざるを得ないので結局逃げられてたでしょう」
悠江はどの道少数精鋭で潰すしかなかったということとその理由を述べる。
そう言われて納得を示す拳陽。彼もその事は理解していた。精神操作の被害者には軍関係者がいないとも限らないので大きな動きを見せるのは逃げられる危険性があることを。
精神操作なら異線を使った犯罪で裁くのが難しいものと違いその隠蔽そのものが重罪になるため正規軍を動かすことは一応は出来た。
けれど、中将達も四災人の対応に追われながらその対処までするには手が足りなくなるためむしろ始末してしまえというスタンスへと切り替わった。四災人の動向によって彼らは方針を完全に固めたというところである。
自分たちのような秘密部隊ではなく正規軍を動かせたのではという話から、今回の依頼の反省会へと話題が変わり始めた頃、彼らに声がかけられる。
「こっちは終わったよ。そっちも問題無さそうだね」
崩壊した教団施設の二階に立って南側の中庭で会話していた悠江らに話しかけたのは紡であった。
同じく隣には農家姿で鍬を持っている美穂がいた。
「オッス、紡くん!元気してた?」
身体中にところどころ傷を受けた叶未がそんなものないかのように振る舞いながら、元気よく挨拶を行う。
「来宮さん、見た目より元気そうだね」
「まぁね!しっかりと防いでいたからさ!」
(結構、重いの喰らってたような)
顔に入れられたパンチは薬を飲んだとはいえノーカウントなんだな、と感じ入る悠江であった。
「悠江君も、元気そうだ」
「俺は中距離、遠距離主体だからな。最初以外はチマチマやらせてもらってたよ」
自分に話題を振られ、年下に少しの間とは言え意識を失ってたことを知られたくなくて意地を張って誤魔化す悠江。
そんな彼を叶未はジトーっとした目で見ていた。
「美穂ちゃん、怪我はないかしら?」
二階があった場所から降りてきた美穂に優しく声をかける葉音。
彼女が十分頑丈なことは知っていてもどうしても心配にはなってしまうのが葉音である。
「あっ、はい。特に問題はなかったです。いつも通り耕してたら終わったので」
「ふふ、そっか」
どうぞ、と言ってお茶を手渡す。今回は高いカップに入った高級紅茶ではなく、普通のペットボトルのお茶である。美穂も安心しながらお礼を言ってお茶を飲む。緑茶は彼女が祖母によく淹れてもらっていたために馴染み深く、今回は中身が緑茶だったため美味しく頂けたようだ。
全員が集まり軽く雑談を交わしたところで、拳陽が帰還を促し始める。
「さて、全員揃ったしそろそろ帰ろうか…。今日はもう遅い時間で店も開いてないだろうから、打ち上げは明日行おう…」
「ウッス」
「焼き肉が良いです!」
叶未が勢いよく挙手してリクエストを述べる。
「寿司」
「えっと、お鍋で」
その流れに乗って紡、美穂が続いて食べたいものを言う。
「なら、私は渓谷ホテルのビュッフェにしようかしら」
「「「「「・・・・・・」」」」」
一人だけ値段帯が違いそうなことを言い出したので葉音以外が押し黙ってしまった。
具体名を出されて、特に冗談でも無さそうな言い方で言われてしまいツッコむこともできていなかった。
「じゃ、じゃあ俺はハンバーグで」
なんとなく自分がリクエストを言っていないことに気付きとりあえず今食べたいものを言ってみる悠江。
「うん…。とりあえず隊長が車を手配してくれてるみたいだからそれに乗ろうか…」
口々にリクエストを言っているが、今この場で決まるものでも無さそうなのでさっさと切り上げて明日決めればいいだろうと考えた拳陽は、帰ろうか、と皆に告げる。
拳陽はもう若くないからできれば脂っこくないものを食べたいなぁと呑気に考えながら車が止められている位置に向かう。
なお、簡易拠点は縮小できるため、後ほど回収班が回収していく。
全員が運転手に一礼して席に座ると拳陽と葉音以外の全員は座席で寝息をたてながら寝入る。
こうして、何百人もの洗脳被害者を出した翠八天教の教祖は始末された。復讐とその心を肩代わりした死神達は安眠の中で自分たちの本拠地へと帰還する。
なお、その後の被害者達は紆余曲折有りながらも皆社会復帰を果たしたという。




