第十二話 悔恨せよ
「悠江くん、無事?」
叶未を背に担ぎながら教団の方に歩いている悠江の後ろから神秘的な扇子を片手に歩いてくる麗人、葉音がいた。
「よくもまぁ着物でこんなとこを移動できますよね」
「ふふ、慣れよ」
優しげな笑みを浮かべつつ、微妙に答えになっていないようなことを彼女は口にする。
「一階から教団員が一切出てこなかったですけど葉音さんの仕業ッスか?」
「少しばかり入り口を塞いだだけよ。私のまぁ無理矢理突破しようとした人には眠ってもらったけれどね」
打って変わって迫力のある笑みを浮かべた葉音に相変わらず恐ろしい人だなと感じた悠江であった。
窓から見える教団本部の中には洗脳されていたはずの人々が気絶させられていた。葉音は悠江のように遠隔での攻撃が可能であるため、突入直後に存在がバレた以上隠れる意味はないとして南側の制圧を即座に終えて、一階部分の警戒と即時制圧のための警戒を行っていた。
「あら、叶未ちゃんは気を失っているのね。相当な強敵だったかしら?」
「そうッスね。手間取りすぎました」
「教祖は?」
「逃げました。とはいえそれは葉音さんも把握してるでしょう?」
「そうねぇ。悠江くんならすぐに追いつけるかと思って」
「はぁ。叶未さんをお願いします。さっさと片付けてきます」
「ええ、いってらっしゃい」
教団南側の制圧を終えてそのまま教祖が逃げてこないか警戒するはずだったが、思いのほか相手が強敵のようだったのでいざとなれば加勢するつもりだった葉音は、二人が生きて敵を倒せたことと悠江に余力が残っていそうなこと、そして悠江が教祖に聞きたいことがありそうに見えたためにあえて追跡を彼に任せた。
そもそも、洗脳した者たちは全員制圧されている頃合いだろうしなにより、鍛錬を積んでいなさそうな教祖の足では悠江が追いかければ簡単に追いつけることは予想の範疇であった。
「一応、葉音さんがここまで連行してくるってのもありなんスけど?」
「一番の下っ端は先輩の言うことを聞くものよ」
「…ウッス」
別に聞かれて困ることを聞くという訳でもないので怪我人の自分を少しばかり慮って欲しいな感じないこともない悠江であった。
「んじゃ、今度こそ行ってきます。あざした」
「はぁい。頑張って捕まえてきてね。お土産期待してるわ」
「土産は依頼達成っていう贅沢なものッスよ」
悠江は叶未を側に寝かせて自分のコートを脱いで身体にかけて教祖が逃げた先まで追いかけるべく動き出す。
闇夜で霧に乗りながら。
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教団本部北側の敷地。
結糸紡と田返美穂のコンビは西にいた教団員も含めて相手をしていた。
西側にいた教団員は美穂があらかじめ壁で北に来るように誘導を行っていた。
二人は広域殲滅や罠の設置が他よりも長けているため、こうして他よりも多くの敵の相手を任されている。とはいえ、包囲網の東を担当していた拳陽や葉音は南の援護も視野に入れて、柔軟な対応が出来るよう配置されたため、適材適所である。
そんな彼らはそれぞれ岩の上に座っていたり、この辺の土の耕し心地を確かめるなど自分の時間を過ごしていた。
「田返、埋めすぎじゃない?」
呼吸だけはできるように土で拘束されている教団員を見ながら紡は微妙な顔で見渡す。毎度のことながら畑を耕す感覚で異線で扱い、農民のような仕草をしながら制圧していく様はギャップが凄いな、と感じる紡であった。
「そう?いつも通りだよ。それより、斗霧さん達は大丈夫かな?爆発音してたけど」
「問題ないでしょ、あの二人はなんだかんだ強いし」
それより、と言葉を区切りながら紡は周囲で糸で絡み取られて縛られている、教団員の中から一人の男を指で糸を操り引っ張り自分のところへ持ってくる。
「一人だけ明らかに動きが違うやつがいた。多分こいつは操られてないよ」
少しばかり痩せぎすの小汚い男は意識を失っている。いや、正確には失ったフリをしていた。
「ほら、目ぇ開けろよ」
糸で上に持ち上げ自分の前に男の顔を持ってきたところで軽くビンタを行う。
「はぁ、バレちった。で?なんか聞きたいことあんのかい?」
「いや、お前、操られてないならなんで加担してるんだと思って」
縛られた状態で薄ら笑いを浮かべる男は少しばかり考える素振りを見せながら答える。
「ん~まぁ、俺ここの戦闘要員として雇われてた傭兵なんだけどよ。洗脳されてる相手にゃ何してもいいわけだから色々と楽しませてくれたのよ、あのおっさん。殺しも、アッチの方もな。給金も悪くないから甘い汁吸わさせてもらってた訳よな」
へらへらと、笑みを浮かべながら悪気無く答える男に近くで鍬を振るっていた美穂はわかりやすく嫌悪の表情を浮かべる。
紡も表情には出ないものの少し苛立った雰囲気を出しながら、腕を組む。
「それより、嬢ちゃん。ちょっと相手してくんねぇか。ああ、何の相手かは言わせんなよ?それなりに金もあるからいくらか払ってもいい」
美穂は農家の格好をしており、オシャレには興味も無く飾り気もないが身長も高く、スタイルも良い上によく見れば顔も整っているため地元でも隠れファンがいた。
しかし、この状況でそのようなことを言う男の神経を二人は疑い、紡は無表情のまま怒りを滾らせていた。
「おいおい、聞いてんのかい?なんならそっちの坊やでもいいぜ。そっちも割といい顔してるじゃねぇ…ガハッ!」
「黙れ、次喋ったら指を一本ずつ一時間おきに切って傷口に硫酸を掛けるぞ」
糸で縛り、吊してある男の顔面を左から思い切り殴り飛ばし、脅迫の言葉を投げかける。
そこに込められた殺気は男の背後に死神を感じさせ一瞬で軽口を閉じさせた。
脅しの内容も忠告を無視すれば本当に実行しかねないほどの迫力があり、男の顔は青いを通り越して真っ白になる。
そもそも、男は薬物を常用していた。先ほどの状況の見えていない軽口もある意味沸いているからである。
しかし、その薬物の効果が引いてしまうほどの殺気をぶつけられ目の前の背丈の低い青年には逆らえないことを思い知らされた。相手の殺気はそれほどに強大で恐ろしいものとして刻まれた。
「とりあえず、お前の処遇は後で決める。それまでせいぜい震えてろ」
糸での拘束はそのままに足下に下ろし、蹴り転がす。
「…紡くん、ありがとね」
「何が?」
ぶっきらぼうに答える紡。
「なんでもないよ」
鼻歌を歌いながら上機嫌に再び田を耕し始める美穂であった。
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息を切らせながら開けた敷地を走り続ける、小太りの男は護衛たる鎧を生やす能力を持った男が負けたと分かった瞬間周りを囲んでいた鎧が消えたことで脇目も振らずに走り出した。
自分はまだ死ねないと。死んでたまるかと、心の内で叫びながら。
まだ、この世の娯楽を謳歌していない。
悦楽をもっと貪りたい。
せっかく、今まで生き延びてきたのにこんなところで終われるかと彼は考えていた。
しかし、突如として視界が地面に向かって落ちていく。
「ッ!?」
何が起きたのか理解が出来ていなかったが自分の足を見て出血していることに気付く。
足を撃たれたのだ。
「あぁ、足を狙うの癖になってますわ。聞きたいこともあるんで動きを止めたくて撃っただけなんスけどね」
足を撃たれて太ももを抑える教祖。
教祖は先ほどまで全力で生き延びる気でいたが、もはや逃がしてはもらえないことは理解していたのでダメ元で一つ尋ねる。
「…誰の差し金ですか?金は依頼主以上に払いますよ?」
「言うわけないでしょ。恨まれる覚えくらいいくらでもあるでしょうに。何より、簡単に金で靡いてたら信用を失うッスよ」
「あぁ、そうですね。恨まれる覚えはありますよ。けれど、私も捨てられた側の人間ですので同情していただきたいものですね」
逃げられないと理解するや諦めて会話を行う教祖。
「捨てられた、ねぇ。やっぱあんた、戸籍がないな?」
少々驚きを浮かべた教祖。
「…ええ、そうですよ。私はどうやら路地裏で生まれそのまま捨てられたようでね。誰も見向きもしなかったので生き延びるのに苦労しましたよ」
「手続きすりゃあ、戸籍は獲得できるだろ?」
「周りにそれを教えてくれる人間はいなかったもので。それにどの道幼少期に自分の能力に気付いてからは、それを徹底的に隠そうと躍起になりましたよ」
小太りで中年の男はかつてを思い出しながら胡座をかく。
「禁忌指定報告は前回の戦争の後に国際的に取り決めが決まったもの。それを受けて各国が細かな違いはあれど精神干渉を行う能力は確実な報告を要するようになった。でもあんたは戸籍がない。申告もクソもない。けれど、ないからこそ今まで捜査されても逃れることが出来ていた。人権の関係上、個人の異線を全部が全部市役所やらに申請して公表することはないッスけど、能力は発現すれば大抵医者に連れて行かれる。幼少期は暴走しやすいから、それを抑えてコントロールできるように薬やら何をすべきかをレクチャーされますからね」
「そういった病院などでは能力の記録が残りますからね。しかし、私はそもそも戸籍もなく正規の医者にもかかっていないためどこにも記録が残っていない」
「その上、精神操作は現行犯がムズいですからね。方法は一応あるにはあるッスけど」
「家を借りるときは苦労しましたよ。操った人間に借りさせて住んでいましたよ。勿論、その人に払わせましたがね」
「医者にかかるときもどうせ闇医者でしょう。いくら身元照会してもそりゃ出てこないわけだ。下手に戸籍に細工するよりよっぽどいい手ッスよ」
「お褒めにあずかり光栄ですね。光栄ついでに逃がしてくれませんかね?」
銃を構え直して教祖に向ける悠江。
「それは無理ッスね。とりあえず背後関係とかあれば吐いてもらいますよ」
やれやれといった顔を浮かべている教祖。
「あってもなくても殺されるなら一番あなたが頭を悩ませる選択肢を取りますよ」
教祖の胸元につけられていたネックレスが光り、周囲をまばゆく照らす。
「チッ!」
目くらましを行った教祖は、続いてポケットから封武を取り出す。
(貴重な貰い物ですが、致し方ないですね!)
逃走用の封武なのだろう。貴重な品をここで使ってしまうことに苛立たしげに思いながらも、命あっての物種と思い使おうとする。
しかし、霧の処刑人はそれを許さない。
「グハッ!」
教祖の胸を弾丸が貫く。
「あらかじめ、二発撃っといて一発は足にもう一発は待機させといたんスよ。万が一逃げられそうになったらいつでも殺せるように」
「こう、かつですね」
「お褒めにあずかり光栄ッス」
そのまま、小太り法衣の男は倒れ伏す。手からは封武が離れ、血が流れ続け彼の周囲の地面を赤く染める。
何百人も洗脳し、利用し弄び続け、恨みを買った男は最期まで罪を悔いることなく快楽を求めて死んだ。
「最期まで反省はなしッスか。まぁいつもそんな感じッスけどね」
いつも通り、悔恨を見せることなく死んだ対象になんの思いも馳せることなく愛用する煙草を吸う。
それでも月は、星は罪人も処刑人も全て等しく照らしていた。




