第十一話 互いの本気
全身の鎧から太い棘が生え、頭部に角まで備えた鎧南と瓦礫を広く囲むように浮かび上がらせて鎌を携えた叶未とその外縁をさらに霧で囲む悠江。
教祖は鎧南の勝ちを確信して疑っていないのか、鎧南が飛ばして守るように配置された鎧の中で優雅に佇んでいる。
彼が勝ちを信じて疑わないのも無理はなく、鎧南の戦力は間違いなく一級品で、大戦時に前線を大きく荒らしたほどの力を持っていた。
教祖が彼を紹介された際にもその力を十分見せられていたため十分信頼していた。
「唯一の不満は鎧に囲まれて蹂躙される様を見れないことですかねぇ」
鎧南は向かい合っている叶未に対して走り出す。側頭部に拳を叩き込もうと右フックを彼女に入れる。
叶未はそれに対して鎌の柄で防ぐ。
「くっ!」
鎧南の方も膂力を上げてきたのか防いだはずの叶未を押し込み吹き飛ばす。
飛ばされた距離はそれほどでもなく体勢も僅かに崩れたのみであるが、明らかに攻撃力が上がった一撃に叶未は驚きの表情を浮かべる。
「どうした!そんなもんか!」
続けて追撃を加えようと、飛ばされた叶未に追いつくほどの速度で接近し体当たりを行う。
全身鎧に棘が生えているため、喰らえば単純に体当たりされるよりもダメージは大きくなってしまう。
「危ねぇ!」
悠江は当たれば叶未が大きな傷を負ってしまうことを理解していたため、霧の鎖を彼女の足に巻き付けて上に向かって投げる。
上空に投げ出された叶未は体勢を整えて、空中に浮かべた足場用の瓦礫を操って自分の下へ持ってきて、着地する。
宙に浮かべて鎧南を囲むようにしている瓦礫を蹴りながら再び円を描くように鎧南の周りを空中で駆ける。
(霧の向こう側にはあいつが潜んでんのか。厄介だな)
悠江が濃い霧の中で姿を隠して虎視眈々と鎧南を狙っているだろうことがずっと彼の思考の中でノイズとして存在していたが、現在は簡単に霧が晴れさせないように遠くで陣取って霧を展開していることが余計に厄介な存在だと思わせていた。
視界を遮る目的としての霧ではなく自分を隠すことに特化させた濃霧はどこから飛んでくるかが予測できなさすぎて、全方位への警戒度を上げていた。
とはいえ、いつまでも相手の手札の中に強烈な鬼札を残しておく訳にはいかず、鎧南は一つの策を講じることにした。
(弾丸に秘密があるなら、そう数も多くないだろう。その上準備に時間がかかるなら、一撃凌げば十分だろう)
大きく息を吸う動作を見せて、左腕を上に挙げる。
叶未は先ほど悠江が言っていたことを思い出して、大技の直前の隙ができたと感じて高速で背後に回り、後ろから首を狙って鎌を振るう。
しかし、鎧南は読んでいたとばかりに鎌の刃を鎧を重ねた右手で掴み半回転しながら左手で裏拳を放つ。
彼女はそれをしゃがんで避け、そして彼女の更に背後から銃声が発生する。
(キタ!ここだ)
確実に仕留めるために頭を狙ってくると踏んで僅かに身を低くし、弾丸を躱す。見事に予想が的中した鎧南はそのまま掴んでいた鎌の刃を叶未ごと自らの前方に投げ飛ばし、銃声の出処に向かって瞬時に距離を詰め、巨大化させた腕を悠江ごと薙ぎ倒すつもりで振るう。
「一人脱落だな」
手応えは間違いなくあった。この一撃が命を刈り取ったと確信していた。
鎧南は厄介な射手を潰したと考え、残りの叶未を仕留めようと意識を切り替える。
だが、霧が晴れて見渡してみても周りには悠江の死体は転がっておらず拳銃が一丁転がっているのみだった。
「実体があるんだから、手応えもあるッスよね」
鎧南の斜め後ろから頭に向かって銃弾が迫り、その弾丸は彼の命を刈り取る彼岸花と化す。
「弔い咲け、霧彼岸」
弾が触れると同時に破裂し内側から花が咲き乱れる。先ほどよりもより集中的に霧を込め、弾丸ももう一段上の特別製の弾丸に込め更には拳銃ではなくライフルで放たれた。
炸裂する霧とは比べものにならないその一弾はより圧縮されたために桁違いの威力を発揮していた。
これで確実に命を喰らえるはずだった。
「はぁはぁ、流石によく効いた」
「おいおい、嘘だろ」
時間と集中力を要する分、悠江の持つ攻撃手段の中で貫通力は折り紙付きのものであった。
炸裂する霧を喰らってダメージを負っていた相手が防ぎきれるとは思ってもみなかったのだ。
実際には花となって炸裂した霧は頭部から背中の真ん中辺りまでの鎧を砕いて生身にダメージを与えていた。
しかし、悠江の計算と違うのは頭をそのまま破壊してしまえるはずだった。それほどに殺傷能力は高かった。
けれども、現実は身体に大きなダメージを与えながらも殺せてはいなかった。
「この弾は触れた瞬間に中の霧が炸裂するって代物だろ?だから、直前に鎧を複数生やして重ねて着弾点を遠ざけたんだよ」
実戦における戦歴の違い。それを見せつけられた瞬間だった。
だが、叶未も悠江もそこで終わりではない。
「今です!叶未さん!」
鎧南が鎧を修復するために大きく呼吸をするほんの刹那の時間、その僅かな無防備を掴むため叶未は全力で疾走する。
悠江もまた援護するために拳銃に持ち替えて弾丸を放つ。霧の操作範囲内なら問題なく射程は補えるからだ。
叶未が敷地を走り抜け、鎌を振り上げて鎧南の背後から全力で斬り込む。
鎧南は二人の攻撃にすでに気付いており鎧が前面に少しばかり残っているのみだが振り返り鎧の残っていた腕でどうにか鎌を受けきり、弾丸は腹部に向けて放たれたが二発放たれた中で一発は防ぎもう一発は横腹を掠めてしまった。
しかし、叶未は鎌を受けられながらも構わず押し込む。
鎧南の左肩から袈裟斬りにするように放たれた一撃を彼はなんとか受け止めるが、徐々に叶未が力を増してきて押され始めてきていた。
「おおおおおお!」
「はぁあああ!」
互いが本気を出して鎌を弾くか鎧を切り裂くかの攻防を行う。
どちらも力を出し尽くすつもりで永遠にも思える時間、競り合った。
けれど、決着は唐突に起こった。
「ッ!?」
「はああああ!」
全幅の信頼を寄せていたはずの己の最高硬度たる黒紅の鎧は無残にも砕け、身体の前面に少し残るのみの鎧では叶未の放った大鎌の一閃を受け止めきれず、そのまま正面から袈裟斬りを喰らい血を流す。
深く斬られた鎧南はそのまま後ろへと倒れる。ほとんどの攻撃を防いできた黒い鎧の戦士はついに背に土をつけた。
同じく、限界を超えながら動き続けた叶未も横に倒れてしまう。
叶未が倒れると同時に宙に浮かんでいた瓦礫は全て落ちる。
その外縁に立ちこめていた霧も晴れ悠江が姿を見せる。
「やっと倒せたッスね。あー酒飲みてぇ」
明らかに疲れたということを示すように身体を伸ばしながら、叶未と鎧南が倒れている場所へと向かう。教団本部からは少し離れた位置におり、ちょっと遠いなぁと感じる悠江だった。
もう阻むものもなく、霧で居場所を特定できている教祖はいつでも始末できると思い、鎧南の死の確認と叶未の回収を先に行うことにした。
「にしても、こいつ何モンだ?異様に強かったぞ」
足下に倒れている鎧南を見下ろしながら、一人呟く悠江。
「ただの、死に損ない、だ」
微かに目を開けて悠江に対して言葉を投げかける鎧南。少し驚きながらもその意味が気になった悠江。
「どういうことッスか?」
「つまらん、話だ。はぁ、はぁ、俺は戦場から帰ってきても、居場所がなか、った。兵を募っていたから、志願した。国ではなく、家族を守りたかった、からだ」
「……」
まもなく死ぬであろう男は息も絶え絶えになりながら、己の過去をポツリ、ポツリと語る。最期に誰かに聞いてもらいたかったのか。
「だが、帰ってきて、みれば、妻は、俺が死んだものと思い、別の男と一緒になっていた。子供も、新しい父親に笑顔を、向けていた。俺は透明人間に、なって、いた」
「それで、こんな傭兵みたいな仕事を?」
「傭兵、か。俺は居場所を、与えられた、から、喜んで、縋った、だけだ。俺が、透明に、ならなくて、済んだから」
「あんたの上にいるのは誰ッスか?教祖が上司ってわけでもないッスよね?」
「それ、は答えられない、な。俺にも、意地はある」
「そうッスか、もう十分ッス。トドメはいりますか?」
長く苦しめるのも忍びないと思ったのか悠江は目の前の男に提案する。同情したわけではない。しかし、どうせ殺さなければならないなら無駄に苦しみを続けさせる意味もないだろうと思っていた。
彼が対象でもなかったから。
「ハハ、お前は優しいな。だが、俺も、教祖が、洗脳した者たちに、無体を働くのを見過ごして、洗脳が、解けてしまい、殺すのも、止めなかった。せめて、この短い時間でも、贖罪がしたい」
「自分の居場所を確保するために他の人を犠牲にしてるのが人間ッスよ」
「それでも、だ。それでも俺は、限度を、超えた。瞬きのような時間でも最期くらいは、苦しむべきだ」
「わかったッス。それじゃあお元気で」
叶未を担いでその場を離れる悠江。
「死にゆく者に、お元気で、か。随分と、洒落が効いてるじゃないか」
居場所がないとわかった時、戦場で死ねばよかったと後悔した鎧南。戻ってきていないものとされるぐらいなら戦士として死にたかったとさえ男は思った。
しかし、最後に戦った年若い戦士達は実に手強く、生きていることを実感できた。居場所が与えられ、縋ってきたが、それでもどこか空虚さは抜けなかった。
最後に生きた意味を見いだせたようで彼は満足していた。
空を見上げながら、月に照らされた歴戦の男は満足そうな笑みを浮かべながら息をしなくなった。
最後に涙を流しながら。
その涙には一体どのような感情が込められていたのか。
居場所を失った時、もっとうまくやれたんじゃないか。
守るために戦った自分が最期は無辜の民を傷つけてしまったことによる後悔か。
もしくはあまりにもただ純粋に自らを照らしてくれている月や、星が眩しかったのか。
その真実は誰にもわからないが、一つ確かなのは教祖に加担したのも事実であり、国民を守るために戦場に戦ったことも事実であるということだ。




