第十話 喰らう者
「咲き誇れ、炸裂する霧」
教祖に向かって弾丸が突き進む。鎧南はそれをいち早く察知して崩れた二階部分へと跳躍する。教祖そのものはどうでも良くても与えられた仕事として守り切るために。
「させるか!」
教祖の前に立ち、顔の前で腕を交差させて防御の構えを取る。弾丸が到達するまでのほんの僅かな間で鎧南は迫り来る攻撃に対して、本能が最大級の警鐘を鳴らしていた。
そのため、最大硬度の赤黒い鎧を展開し盾状に生成した。
結果的にその判断は彼の命を救うことになる。
弾丸はこれまでと違い霧ではなく金属製の弾丸だった。鎧南は受けた感覚で霧の弾の方が通常銃に使われる弾丸よりも強力であることを実感していた。
早々に防御に意識を切り替えていたため銃弾を見ていたわけではない。感じ取ったのは今までの比にならぬほどの脅威度のみ。それこそ、叶未の大鎌の一撃を凌ぐほどの。
「ガハッ!」
弾丸が黒紅の盾にぶつかると同時に弾は破裂し中に内包された霧が内側から爆ぜるように炸裂する。
実体のある霧は極限まで弾丸に込められ、圧縮されており一般的な手榴弾を遙かに上回る威力を有していた。有効範囲は2、3メートルほどだがその分一撃の重さは悠江の持つ武器の中で最も重かった。
炸裂する霧の衝撃は鎧を突破し、本体にまで到達し鎧南は少なくないダメージを負っていた。
「蹴りを食らった後、身体の回復には時間がかかったッスけど意識は割とすぐ戻ったんで叶未さんが戦っている間この弾に霧をずっと込めてたんスよね。十分な威力出すには時間がかかるんで狸寝入りさせてもらいましたよ」
上半身のみを起こしていた体勢から立ち上がり、弾を投げながら解説する。叶未が自分のフィールドを作り上げ全力で戦っている間、悠江は少しでも早く霧を込めて弾丸を完成させようと寝たふりをしながら能力を行使していた。
叶未がダウンした後に霧を込め終わったため、確実に銃撃を当てられるように教祖を狙った。
教祖に当てて殺せればそれでよし。叶未を連れて逃げるだけだ。
だが、そうはならないと悠江はわかっていた。
あくまで仕事というスタンスであるものの、相手は自分と同じ側の人間であると彼はわかっていた。
即ち、与えられた仕事は何がなんでも達成するタイプ。
だからこそ、教祖を庇う。だからこそ、守る。
それを理解していたからこそ、教祖に向けて放てば確実に鎧南はこの場でもっとも防御力の高い自分の鎧、自分の身体を盾にして守り切るだろうと。
悠江の思惑は的中した。
叶未が時間を稼いだことで放つことが出来た一撃は鎧南の肉体に傷を負わせた。
悠江は煙草に火をつけて一つ吸い、煙を吐く。
「ふぅ。形勢逆転ッスかね。いや、これで五分か。こっちも割と負傷を負いましたけど、そっちも無視は出来ないダメージッスよね」
怪我を負い、肩で息をしている鎧南は上半身の筋肉質な身体がむき出しで僅かに鎧が肩や腕に残っているのみだった。
「鎧南君、問題ありませんか?」
教祖は洗脳している教団員の中にも戦闘能力の高い者はいるが、それでも教団員らとは比べものにならないほどの戦闘力を有する鎧南の安否が気になっていた。
外にはほとんど出ず、必要物資も地下搬入口から運ばせるほどの徹底的な臆病さを見せる教祖にとって現状逃げ切るための強固な壁である鎧南が無事であることが重要であった。
「はぁはぁ、やってくれたな。クソガキ」
地面に付いていた片膝を持ち上げ、立ち上がり大きく息を吸う。
「いくら鎧で包もうと中身の傷までは回復しないでしょう」
再び全身を黒の鎧で包み始めた鎧南に向けて言葉を放ちながら吸っていた煙草を捨てて足で踏みつける悠江。
悠江は叶未に向けて歩き出して近くに来たところで鎌を杖にして立っている彼女に物を投げつける。
「叶未さん、即効性の回復薬です。そんなに回復しないッスけど」
投げつけたのは紫色の液体が入った小瓶であった。
投げつけられた小瓶を特に問題なく受け取って叶未は飲み干す。
「これ、軍支給のやつじゃないよね?軍のよりも効能がいいよね」
「昔の知人が作ったやつです。闇医者ですけど腕は確かッスよ」
もう一度二人は武器を構え、鎧南と教祖を睨み付ける。叶未は顔の傷が少し治癒され意識がはっきりとした。悠江はすでに飲んでいたため内臓にまでダメージが届いていたがどうにか問題ないレベルまで回復していた。
「さて、と。一応聞きますけど、卑怯とは言いませんよね?」
回復手段を使ったことに関して鎧南に尋ねる。
「無論、言わんさ。持てる物全てを使うのが戦場の礼儀だ。お前達が薬を使おうがそんなこと好きにすればいい」
全身鎧で再び二階から地上に降りた鎧南は構えを取る。
「じゃあ、ついでに答え合わせもさせてもらうッスかね」
「答え合わせ?」
何のことだと叶未は顔をきょとん、とさせる。
「護衛のアンタの能力、その制限。いくつかあるみたいッスね」
「それがどうした?」
鎧南は鎧越しに睨み付ける。
「まず、鎧の生成には呼吸が必要でしょう?その上、皮膚に面した一番内側の鎧は破壊されれば大きく呼吸を挟まなければ、再生できない。大技を使う前も普段の鎧より硬い鎧を使うときも大きく息を吸う必要があるッスね。極めつけは、その鎧は作ってるんじゃなくて生やしてるんスよね?」
「生やしてる?それって…」
「あの鎧は髪の毛とか皮膚と同じ身体の一部ッスよ。だから、叶未さんの能力じゃ分解できなかったわけです」
叶未は全てが合点がいった。なぜなら、彼女の指環型封武は生物の分析については一切の反応を見せない。そもそも生物を分解出来ないのだから解析に割くリソースが無駄だということで除外されている。
そのため、どれだけ生物に触れようが、解析結果も不可能かどうかも伝えられない。
「うわぁ。そういう理由か。まぁ確かにそれなら納得できるけど」
鎧南は愉快そうに笑いながら悠江に賞賛の言葉を贈る。
「ハハハハハハ。素晴らしいな。そこまで見抜いたやつは初めてだ。…で?だからどうするんだ?わかったからどうにかできるのか?」
「そりゃあ大体の強度もわかったんでね。どうにでもなるッスよ」
「そうか。なら、やってみろ!」
鎧南がまた、悠江に向かって猛スピードで距離を詰めてくる。
「叶未さん!」
「りょう、かい!」
鎧南が接近してくる途中で鎌で攻撃して吹き飛ばしながら悠江への攻撃を防ぐ叶未。
回復したもののダメージはまだ残っている。にも関わらず十分に対応できたのは何度も動きを見て鎧南の速度に慣れていたからである。それは鎧南も同様で叶未の強烈な一撃を問題なく腕で防いでいた。
叶未はもう一度、地面に手を置いて足場を無数に浮かび上がらせる。単独で戦っていた際の柱は今回はなく、これは能力使用時に体力を消耗していたが一人で長い時間猛攻をかけていたことで大きく消耗していたために作り出すのが難しくなっていたのだ。
しかし、悠江が復帰したことで戦力的にはむしろ柱よりも役に立つため叶未に不安はなかった。
悠江と叶未は先ほどの短いやりとりで作戦が伝わっていた。叶未はその中で時間稼ぎとトドメを請け負うことになった。
悠江は拳銃を仕舞い、ライフルを顕現させて弾丸を装填する。
(あとは霧を込めて撃つだけだが、そううまくいくッスかね)
こちらは不安を抱きながらも自分のフィールドを展開させて全力で翻弄し続ける叶未のために少しでも早く霧を込めようと集中する。
(鬱陶しい。本当に)
鎧南は叶未と先ほど戦った際に発生された宙に浮かぶ足場をさっさと潰してしまいたいと思いながらも、その隙をついて悠江が放った弾丸が飛んでくることを警戒していた。
全身全霊で防いだが、大きなダメージを生身に負ってしまった彼は叶未の鎌の威力まで一対一で戦っていたときよりも段々と上がってきていることに驚きを隠せないでいた。
どちらも放ってはおけないが、どちらかに対処しようとすれば明確な隙が出来てしまう。そんな面倒な状況に歯噛みしながらもどこか、戦場にいたときのような命を脅かす空気に口角を上げていた。
何度も飛び跳ねて懐に来ては斬って去って行くことを繰り返す叶未に何度もタイミングを合わせて拳を振るうが、鎌で受け流されそのまま跳び去る。これが何度も続いていた。
(パワーも技量もこの極限の状況で磨かれている…?馬鹿げたやつだ)
叶未の攻撃の隙間に悠江の軽い攻撃が飛んでくる。霧で出来た武器が飛来するが全くの傷を負わせられていない。
だが、悠江の攻撃も十分脅威になり得ると理解出来たしまった以上、無視できるはずもなくそちらにどうしても意識を割いてしまう。
周囲に形作られていない普通の霧も立ちこめ、視界も多少悪くなってきており叶未の攻撃に部分的に鎧を重ねて防ぐなどの対応も難しくなってきていた。
教祖が暗殺される可能性も考慮せねばならなくなり、そちらに向けて鎧を飛ばして教祖を守るように囲む。とはいえ飛ばせる数にも上限がありその全てを教祖の守りに使ってしまっている。
(考えることが多いな。あの頃のようだ)
自身を戦士として定義している鎧南は口では面倒だ、楽な仕事がいいと言いながらも心の底では戦いへ全力を注ぎ、戦場で死にたいとすら本心では思っている。
本人は穏やかに死にたいと口にするだろうが。
「さて、ガキども。全霊だ」
足を大きく踏み、周囲に風圧を与える。霧は晴れ、叶未もその風圧に迂闊に近づけなくなった。鎧南は今までに無く大きく息を吸い、教祖の守りは問題ないと判断して鎧を変形させて攻撃形態へと変形させる。
全身の赤黒い鎧は棘を生やし、頭部には角と思われる部位が左右の側頭部から一本ずつ生えていた。
まるで棘の悪魔のような風貌のそれは今まで以上の闘気を放っていた。
「こっからが本番ってわけッスか」
「関係ないよ。やることは一緒でしょ」
悠江も叶未も好戦的な笑みを浮かべながらそれぞれの戦闘領域をもう一度広げて、悪魔退治に臨む。
死神が悪魔を狩る。そんな夜になりそうだ。




