第8話 砧明日美①
夕食を終えて、
僕は2階の部屋に戻った。
東の窓のカーテンをそっと開けた。
外はすっかりと日が沈んでいた。
薄暗い星明りの中、
隣の家の小さなベランダが
すぐ目の前に見えた。
ベランダの先にある部屋の窓は
カーテンが引かれていて、
その灯りも消えていた。
小さい頃。
僕と明日美はここから
お互いの部屋を行き来していた。
最後に明日美の部屋に入ったのは
いつだっただろう。
今そんなことをしたら。
通報されないとしても、
今度こそ、
明日美は二度と
僕と口を利いてくれないだろう。
僕は窓を開けて1階を覗き込んだ。
ここから見える隣の家の1階の窓は、
丁度風呂場に当たる。
今、そこから灯りが漏れていた。
窓はぴたりと閉まっていた。
現在、明日美は父親と2人で暮らしている。
母親は
彼女が中学1年生の時に他界している。
それは丁度、
父親の経営する会社が
倒産の危機に瀕していた時期と被る。
恐らく。
心労が祟ったのだろうと、
近所の大人達はそう言っていた。
不幸中の幸いと言うべきか、
母親の死から間もなく、
父親の会社は持ち直し、
今では順調に成長を続けていた。
仕事で忙しい父親が
家に帰ってくるのは週に数日程度。
それ以外の日は、
明日美が3つ年下の妹の
今日子の面倒を見ていた。
中学2年生までの明日美は、
ごく普通のどこにでもいる多少気の強い
少女だった。
明日美が大きな変化を遂げたのは
その年の夏休みのことだ。
明日美は夏休みを利用して
海外へホームステイに行くことになった。
「妹のことをよろしくね」
そう言い残して旅立った彼女が、
帰ってきたとき・・。
僕は言葉を失った。
少女はたったひと夏で、
見違えるほど美しく成長をしていた。
それはまるで別人のようだった。
蛹が蝶になるように。
いや。
狐が化けたのか。
2学期が始まると、
明日美の噂で
学校中が持ち切りだった。
男子は目を丸くし明日美に見惚れていた。
それは女子も同じだった。
ただし。
一部の女子の中には
「整形」
と陰口を叩く者もいた。
女の敵は女というのは、
昔からよく言ったものだ。
明日美は美しさと同時に、
嫉妬という厄介なおまけまで
背負うことになった。
冬休みに入る前。
もう1つの不幸が明日美を襲った。
妹の今日子が、
交通事故で帰らぬ人となったのだ。
葬儀の時。
悲しみに暮れる明日美を見て、
僕は不謹慎ながらも美しいとさえ思った。
中学校を卒業した明日美は、
学年の大半の生徒が進学する
公立高校には進まず、
家から近い私立高校を選んだ。
煩わしい過去の柵を
断ち切るためだったのかもしれない。
そして。
そんな彼女を追うように、
僕も『明星学園』へ進学した。




