第66話 対峙
夜の空気はどこか乾き始めていて、
肌に触れると僅かにひんやりとしていた。
昼間の熱気はすでに引いていた。
等間隔に並ぶ街灯の灯りの下を、
僕は足音を殺して慎重に歩いていた。
数メートル先を歩いている
カウボーイハットを被った男。
その靴底がアスファルトを打つ音だけが、
規則正しく響いていた。
僕は男の背中を視界の端に捉えたまま、
歩調を合わせた。
近づきすぎれば気付かれる。
離れすぎれば見失う。
風が細い路地から流れ出てきて、
甘い洗濯物の香りを運んできた。
遠くで、
車の走り去る音が一度だけ響き、
すぐに途切れた。
虫の声が
微かに耳の奥で鳴り続けていた。
男は一度も振り返らない。
その時。
男が脇道へ入るのが見えた。
僕は小走りで後を追った。
角を曲がると、
目の前に男が立っていた。
「誰だ?」
男の声が静まり返った路地に響いた。
切れ長の鋭い目が
僕を真っ直ぐ見据えていた。
その顔を間近に見て、
僕はハッと息を呑んだ。
「櫓・・さん?」
いや違う。
確かに顔の造りは似ているが・・別人。
当然か。
ふいに男の口許が綻んだ。
「ククク。
死人と間違われるのは
愉快じゃないな。
それよりも。
お前は確か、
砧明日美の隣に住んでる、
盛りのついた犬か」
「ふ、ふざけるな。
く、口の利き方に気を付けろ!」
僕は拳を握って男を睨み付けた。
「その言葉。
そっくりお返しするよ。
口の利き方次第では、
地獄を見ることになるぞ」
そう言って男は「ククク」と笑った。
僕はそっと息を吐き出して拳を緩めた。
それから小さく頭を振った。
冷静にならなくては。
小さく息を吸った。
椋鳥の情報によると・・。
この男の前では
決して嘘を吐いてはいけない。
そして。
同時に。
この男も
嘘を吐くことができない。
ならば。
「・・明日美を殺したのはあんたか?」
自分でも驚くほど、
声は落ち着いていた。
「ククク。
まあな」
男が抑揚のない声で答えた。
どくん。
心臓が跳ねた。
僕はもう一度頭を振った。
わかりきっていた答えのはずなのに、
胸の奥が騒ついた。
「次はこっちの質問に答えてもらおうか。
俺に何の用だ?」
僕は大きく深呼吸をした。
「お前を・・。
・・明日美の敵討ちだ」
嘘は言ってない。
「ククク。
正直だな。
それは若さゆえか。
それとも・・」
男はカウボーイハットに軽く触れた。
「もう1つ答えてもらおう。
どうして。
俺が犯人だとわかった?」
僕はすぅっと息を吐き出した。
「わかるさ。
明日美の周りをうろついてた怪し・・」
そこまで口にした時、
何か見えない力が
口にかかったのを感じた。
僕の口が自然と開いていく。
これが・・呪いの力・・。
「き、きひたんだよ!」
僕は叫んだ。
ふと口が軽くなった。
「誰に聞いた?」
男がにやりと笑った。
「・・椋鳥京花」
「なるほど。
それでお前は俺の呪いの対処方法を
知ってるんだな。
京花の奴。
何を考えてるのやら。
後でたっぷりとお仕置きをしないとな」
男が「ククク」と笑った。
僕は肩で大きく息をした。




