第59話 蝉の声
薄暗い事務所の窓を開けると、
焼けつくような太陽の光と
ムッとするほどの熱気と共に、
セミの鳴き声が侵入してきた。
8月も残すところあと数日。
私は大きく外の熱気を吸い込んだ。
「五月蠅いぞ、
窓を閉めろ!
それにエアコン代が勿体ないだろ!」
部屋の奥から怒鳴り声が飛んできた。
「部屋の中で煙草は吸わないで、
って言ったはずよ。
それに。
エアコン代くらいで
ガタガタ言わないで。
お金なら掃いて捨てるほどあるでしょ」
「掃いて捨てるほど・・だと?
この金は俺が人生を犠牲にして
手に入れたものだ。
お前のものじゃない。
そこを勘違いするな!」
関白がふたたび声を荒げた。
「わかったらさっさと呪物を探せ。
源之介が死んだ今、
お前が探すしかないんだからな」
私は溜息を吐いた。
「今は源之介の敵討ちの方が先でしょ?」
「ふんっ!
そんなことをしてどうなる?
死んだ奴は何があっても
生き返らないんだ」
「冷たいのね。
源之介は小さい頃からの親友でしょ」
「お前にとっては初恋の男だな。
だがな。
忘れるな。
お前の借金を返してやったのは
あいつじゃなくて俺だ。
わかってるなら、
まずはこっちへ来て奉仕しろ」
私は小さく肩を竦めてから、
窓を閉めた。
「煙草の匂いの方がまだマシ・・」
私は小さく毒づいた。
それから。
ゆっくりと振り向いて
関白の方へと歩み寄った。
机を回り込むと、
椅子に座った関白が
黒緑の羽織を開いていた。
太腿の間に小さく委縮した芋虫が見えた。
私は大きく息を吸い込んでから、
関白の前に跪いた。
そして。
目を閉じてそれを咥えた。
「お・・お・・」
関白の擦れた声が聞こえた。
静まり返った部屋に、
関白の荒い息遣いだけが木霊していた。
息苦しさに
喉が詰まりかけたその時、
私の口内に生温かい液体が広がった。
「あぁ・・全部だ。
一滴も残さず・・全部飲み込め」
私は吐きそうになるのを耐えて、
それを嚥下した。
黒緑の羽織を整えている関白を尻目に、
私はテレビのリモコンを操作した。
若さと見た目だけが
取り柄の女性アナウンサーが、
どこか頼りない口調で
原稿を読み上げていた。
『・・異臭に気付いた近隣住民からの
通報により、
この部屋の住人である浮橋一夫さんが、
全身血まみれの状態で発見されました。
遺体は死後およそ2日が経過しており、
目立った外傷は確認されていません。
これは1か月ほど前に、
宿禰市本所町のマンションの一室で
見つかった遺体と状況が酷似しており、
警察は両者の関連を視野に、
捜査を進めています』
私はテレビを消して洗面所に向かった。
蛇口を捻ると生温い水が出てきた。
冷たくなるのを待ってから、
私は何度も口を濯いだ。
それから洗面所の窓を開けて
外の熱気を胸いっぱいに吸い込んだ。
その時。
ポケットの中のスマホが鳴った。
一文字からメッセージが届いていた。
それはたった一行だけ。
『金の用意をしておけ』
ジリジリジリ。
蝉の声が不快だった。




