第57話 敵の敵は味方
一文字の調査報告を聞いた翌日。
私は痛む体に鞭打って、
『エデン』の店前に立った。
手鏡を覗き込んで、
ゆっくりと顔を傾ける。
頬に残った鈍い紫色の痣。
コンシーラーとファンデーションで
何度も塗り重ねたそれは、
意識して見なければ
気付かない程度には隠されている。
私は手鏡をバッグに仕舞い込んでから、
扉へ手を伸ばした。
テーブルに案内された私の両隣りに、
2人の若い男が座った。
「ご来店。
ありがとぅございまぁす」
「飲み物は何にしましょ?」
「あの・・。
できれば。
『リュウ』とお話をしたいのですが」
私が言うと男達は顔を見合わせた。
「残念だけどぉ。
リュウはうちの人気ナンバーワンで、
常に指名で埋まってるんだよぉ」
「そーゆーこと。
俺らだって楽しませるからさ。
今日のところは
リュウは諦めてよ、ね?」
私はそっと溜息を吐くと、
バッグから札束を5つ取り出して、
テーブルに置いた。
「こういうお店はお金がすべて
とお聞きしました。
これで『リュウ』を
呼んでもらえますか?」
男達が目を丸くした。
片方の男が慌てて席を立つと、
すぐに1人の黒服を連れて戻ってきた。
「お客様。
リュウを御指名と伺いました。
只今リュウは接客中ですので、
それが終わり次第、
連れて参ります。
よろしければ。
あちらの部屋でお待ち下さい」
部屋に入ると、
テーブルの上には
シャンパンのボトルが置かれていた。
「リュウが来るまで、
こちらを飲んでお待ち下さい。
アルマンドのブラックです。
店からのサービスです」
黒服は器用に蓋を開けると、
グラスの1つにシャンパンを注いでから、
部屋を出ていった。
1人になると、
私はフッと肩の力が抜けるのがわかった。
一文字の調査報告を踏まえ、
私の中には1つの考えがあった。
「浮橋は甘粕を強請っている」
そう考えると、
浮橋が甘粕から受け取っていた
現金の入った封筒についても説明がつく。
問題は強請の内容だが、
それに関しても答えは出ていた。
一文字曰く、
甘粕は
舞鶴町5番地にある50階建ての
タワーマンション『Royal Hills』で
女と一緒に暮らしているらしい。
女の名前は八重椿牡丹。
以前は水商売をしていたようだが、
今は仕事を辞めている。
そして。
先月の半ば。
甘粕と八重椿の共通の友人である
横笛美佳という女性が、
不可解な死を遂げていた。
遺体には外傷がないにもかかわらず、
全身から血を噴き出していたそうだ。
それを聞いて、
すぐに呪いの仕業だとわかった。
甘粕と八重椿のどちらかが、
友人の横笛を呪い殺したのだ。
浮橋はそれをネタに
甘粕を強請っているに違いない。
そこで気になるのが、
どちらが横笛を殺したのかということ。
つまり、
呪物の所持者に関してだが、
私は八重椿こそが所持者だと睨んでいた。
その根拠として。
同じく呪物を所持している浮橋は、
呪いの恐ろしさを十分に知っている。
迂闊に呪物所持者には近寄らないだろう。
だから。
八重椿の彼氏である甘粕に接触して、
強請っているのではないか。
それが私の出した結論だった。
『敵の敵は味方』
私が今日、
こうして甘粕に会いに来たのは
それが理由だ。
しばらくして。
派手なスーツを着こなした男が現れた。
ダークブラウンの髪。
二重の猫目。
鼻筋は高く通り、
その唇はやや厚く、
僅かに上がった口角が印象的な、
整った顔立ちの男だった。
「俺を指名したっていうのはあんたか?
困るんだよな。
順番は守ってもらわねーと」
男はぶっきらぼうにそう言うと、
私の隣に座って、
空いているグラスにシャンパンを注いだ。
仄かにムスクの香りが漂ってきた。
「その順番を買ったのです。
何も問題はないはずですが?」
「金にものを言わせるってところが
気に入らねーな」
男はそう言うとグイッとグラスを呷った。
「仮にも客である私に
その態度はよくないと思いますけど?
甘粕竜次さん」
男の目が鋭くなった。
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
「出勤前の同伴は無し。
閉店後のアフターも無し。
仕事が終われば真っ直ぐに
恋人の待つ舞鶴町の
タワーマンションに帰宅するだけ。
随分と模範的なホストですね」
「お、お前・・誰だ!」
甘粕の目が今度は大きく見開かれた。
「でも。
大変ですね。
いくらナンバーワンでも、
恋人を養う生活費に、
タワーマンションの家賃となると、
馬鹿にならないでしょう。
おまけに。
浮橋のようなチンピラに
強請られていては、
いくらお金があっても足りません」
「質問の答えになってねーぞ。
場合によっちゃ、
今すぐ店から出ていってもらう」
「私はそれでも構いませんが。
困るのはあなたの方ではないですか?
私は。
あなたの力になれると思うのですが」
甘粕はふたたびグラスを呷った。
やがて大きく息を吐き出し、
にやりと口元を歪めた。
「はっは。
色々と調べたようだが。
間違った情報を掴まされたようだな。
強請られてるだと?
残念ながら。
俺とあのおっさんの関係は
そんなんじゃねーよ。
一蓮托生。
呉越同舟。
死なば諸共。
つまり。
俺達はチームなんだよ」
甘粕はそう言うと、
空になったグラスにシャンパンを注いだ。




