第50話 一文字との出会い①
私が
一文字宗尊
と出会ったのは、
今から2か月ほど前、
肌に触れる空気に微かな湿り気が
混じり始めた頃のことだった。
その夜。
私は1人で葛城町の歓楽街へと
繰り出した。
手ごろな居酒屋へ入って、
生ビールを片手にお腹を満たし、
店を出た。
それから。
夜風を肌に感じながら人波の中を
あてもなくフラフラと歩いていた。
「そこの綺麗なお姉さん」
ふいに背後から声がした。
自分のこととは思わず、
私はその声を無視して歩き続けた。
「ちょっと待ってくれよ。
お姉さん」
そんな声と共に、
男が私の前に立ち塞がった。
その顔を見上げたその瞬間、
私はハッと息を呑んだ。
オフホワイトのカウボーイハットの
下から覗く黒髪は肩まで伸びていて、
切れ長の鋭い目は、
冷ややかでありながら、
その奥にどこか柔らかな光を宿していた。
細く通った鼻筋に薄い唇。
ややこけた頬に尖った顎。
源之介・・?
いや似ているけど違う。
男の年の頃は30代半ばだろうか。
白いシャツに黒いベスト。
インディゴブルーの
ベルボトムのジーンズと黒革のブーツ。
モデルのように均整の取れた
体つきをしていたが、
その服のセンスは
とても源之介の趣味ではない。
「私・・ですか?」
私は眉をひそめた。
男はカウボーイハットに手を当てて
にこりと微笑んだ。
笑うとますます源之介に似ていて、
私は思わず目をそらした。
「近くに行きつけの店があるんだが、
一杯奢ってもらえないか?」
「えっ?」
一瞬、
聞き間違えたのかと思った。
「心配しなくてもいい。
ぼったくりバーじゃないから。
店主とアルバイトの女の子だけの
小さな店だ」
男はふたたびにこりと微笑んだ。
改めて聞くと、
男はその声までも
源之介に似ていた。
私は頭を振った。
それから大きく息を吸い込んで、
男を正面から見た。
「・・あの。
どうして私が見ず知らずのあなたに
奢らなくてはいけないんですか?」
「世の中。
金を持ってる人間が奢るのが、
理に適ってると思わないか?」
私の意見にも
男はまったく動じなかった。
これが新たなナンパの手口だろうか。
だとすれば。
成功率は極めて低いと思われた。
「詳しい話は店でしようじゃないか。
な?
京花ちゃん」
一瞬、
息が止まった。
「・・どうして私の名前を」
私は恐る恐る口を開いた。
「ククク。
知ってるさ。
椋鳥京花、24歳。
いや、25歳になったのか。
『Luna Plena』の業務執行社員。
だが。
その会社は社員3人だけの箱会社だ。
そして。
代表社員を務める御堂関白は、
名前こそ知られていないが、
世界でも指折りの大富豪。
君はその恋人。
そうだろ?」
頭の中で警鐘が鳴った。
私はコクッと生唾を飲み込んだ。
「・・そうですね。
お金を持っている者が奢る。
たしかに理に適っていますね」
私は無理に微笑んだ。




