第47話 大富豪
源之介が出ていくと、
事務所には私と関白だけが残った。
私はブラインドを上げて
窓を少しだけ開けた。
ムッとした熱気が部屋に流れ込んできた。
「何してる。
暑いだろ。
窓を閉めろ」
「ここは禁煙よ。
前にそう決めたはずよね」
そう言って私は関白を睨み付けた。
「怒った顔もいいもんだな」
関白が「フフフ」と喉を鳴らして笑った。
私は視線をそらして小さく溜息を吐いた。
御堂関白は、
世界でもっとも無名な大富豪。
私の知る限り、
その資産は数百兆円は下らない。
『Luna Plena』は、
そんな関白が代表社員を務める
小さな合名会社である。
会社と言ってもそれは名ばかりで、
業務の実態はなきに等しい。
そして。
この『波多第一ビル』は
関白が所有している
数ある物件の1つだった。
当然。
他のテナントは入居していない。
「呪物が見つからなくて
苛立ってるのはわかるけど。
源之介に強く当たりすぎよ」
「あいつの肩を持つのか?
まさか・・。
まだ未練があるのか?」
そう言って関白は煙草に火を点けた。
「あのね・・」
と言いかけて私は口を閉じた。
代わりに窓を全開にした。
「・・京花。
こっちに来い」
私はそれを無視して、
窓から外を覗いた。
路地を歩く人影は疎らで、
向かいのアパートの屋上を黒猫が1匹、
気怠そうに歩いていた。
丁度その時。
源之介がビルから出てくるのが見えた。
「京花!」
関白の怒鳴り声が外に抜けた。
ふいに。
立ち止まった源之介がこちらを見上げた。
源之介が手をあげて大きく振った。
私は胸の前で小さく手を振り返した。
「京花!」
関白がふたたび声を荒げた。
私は窓を閉めてゆっくりと振り向いた。
いつの間にか。
関白の前の机の上には
札束が積まれていた。
「今日はお前の25歳の誕生日だろ」
関白は猫撫で声でそう言った。
その視線が私に纏わりついた。
私はゆっくりと関白の方へ近付いた。
机を回り込んで、
椅子に座ったままの関白の前に立った。
関白は黒緑の羽織を開いていた。
太腿の間に小さく委縮した芋虫が見えた。
「早くしてくれ」
私は膝を付いて、
関白の股の間に顔を埋めると、
その芋虫を口に含んだ。
エアコンの効いた室内にもかかわらず、
ムッとした熱気と共に
生臭い臭気が鼻をくすぐった。
私は鼻呼吸を止めて、
その臭気を払った。
関白の手が私の頭を掴んで押さえつけた。
老人とは思えない力に逆らえず、
私は咽返りそうになった。
「しっかり咥えろ」
「んぐ・・ん・・」
関白が私の頭を押さえたまま
小刻みに腰を振った。
「い、逝くぞ・・」
次の瞬間。
私の口内に生温かい液体が広がった。
「あぁ・・全部だ。
一滴も残さず・・全部飲み込め」
私は吐きそうになるのを必死に耐えて、
それを嚥下した。
関白の笑い声が頭上で響いていた。




