第45話 後悔先に立たず
「くっ・・。
つまり。
俺と甘粕の呪いを解くには、
別の方法を探し出す必要がある
ってことか」
「残念ながら。
そういうことになりますね」
「くそがっ!」
浮橋が地面を蹴った。
砂埃が宙に舞った。
同時に。
キィィキィィ
ブランコの揺れる音が微かに響いた。
「・・でもよ。
今の理屈だと
お前さん達も牡丹の呪物を
手に入れることはできねえ
ってことだろ?
困るんじゃねえのか?」
「いえいえ。
どうやら。
我々の探している呪物は
牡丹さんの所持している物とは
別のようですから、
何の問題もありません」
浮橋は「チッ」と舌打ちをした。
「随分と他人事じゃねえか。
誰のために
こんなことになったと思ってるんだよ」
「ははは。
『二兎追う者は一兎も得ず』
何事も欲張っては痛い目をみるという
昔からの教訓があるじゃないですか。
これに懲りたら、
欲を出さないことです」
櫓はもう一度「ははは」と笑うと、
くるりと背を向けた。
「お、おい!
ちょっと待てよ。
今回の謝礼を貰ってねえぞ」
浮橋は思い出したかのように
櫓の背中に向かって呼びかけた。
「もうじきあの世へ行く人間に、
お金は不要でしょう」
櫓は振り返らずにさらりと言い放った。
「おい!
待ちやがれ!」
浮橋は駆け寄って櫓の肩を掴んだ。
次の瞬間。
振り向いた櫓の拳が、
浮橋の右頬に叩き込まれた。
ゴッ
という短く鈍い音と共に
浮橋が地面に倒れた。
「気安く触らないでいただけますか。
このスーツですが。
貴方のあのボロ家の10年分の家賃でも
買えませんよ」
「て、てめえ。
ふざけやがって」
「ふざけているのは貴方の方です。
昼間に10万円を恵んであげたでしょう。
貴方のような人間でも、
金を見せれば
有力な情報を掴んでくるかと
僅かな期待をしていましたが、
何の役にも立たなかったようです」
「何だと!」
浮橋がよろよろと立ち上がった。
「金も仕事もなければ頭も悪い。
いいですか?
なぜ私が。
呪物について貴方のような人間に
話したのか。
それは。
どうせ貴方は1か月後に
死ぬからですよ」
そう言うと櫓は財布から
1万円札を1枚取り出すと空に投げた。
それは風に煽られ
ヒラヒラと中空を彷徨った。
「治療費の足しにして下さい。
それと。
今後は私への連絡はやめて下さい。
こう見えても忙しい身なので」
櫓は改めて背を向けると、
静かに歩き出した。
起き上がった浮橋の口の端から
一筋の血が垂れた。
強く握りしめられた拳が
プルプルと震えていた。
その顔は先ほどよりも赤く染まっていた。
それは。
アルコールのせいだけではなかった。
「待て!
話は終わってねえぞ!」
浮橋の叫び声が
静まり返った公園に響いた。
「おい!
待てって言ってるだろ!
櫓源之介!」
櫓は「はぁ」と小さく溜息を吐くと、
足をとめた。
それから。
ゆっくりと振り返った。
次の瞬間。
櫓の目が大きく見開かれた。
「あ・・ああ・・」
その口からかすれた声が漏れた。
同時に。
ミシ・・ミシ・・ミシ
という小さな音が鳴った。
櫓の足は地面に縫い付けられたように
動かなかった。
ただ首だけがゆっくりと捻じれていった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ふたたび櫓の口から声が漏れた。
顔だけが捻じ曲がり、
背後に立つ浮橋と向き合っていた。
櫓の目は大きく見開かれ、
その目の奥には
驚愕の色が浮かんでいた。
ミシ・・ミシ・・ミシ
ふたたび櫓の首から、
軋むような音が鳴った。
首はなおもゆっくりと回り続けていた。
その時。
ブチ、ブチ、ブチ
と何かが引きちぎれる音と共に、
櫓の体がびくりと痙攣した。
「あっ・・あっ・・あっ・・」
開いた口から一筋の血がこぼれ落ちた。
いまや櫓の顔は浮橋を通り過ぎて、
ブランコの方へと向いていた。
それでもなお、
櫓の首は回り続けていた。
ふいに。
ボキッ
と鈍い音が響いた。
その瞬間。
櫓の顔がふたたび正面に戻った。
首は完全に一周していた。
だらりと開いた口から涎が垂れ、
顎を伝ってスーツを濡らしていた。
そして。
ドサッ
と櫓の体がその場に崩れ落ちた。
キィィキィィ
生温かい風が吹いて、
ブランコが小さく揺れた。
浮橋は
目の前の光景を
震えながら見ていた。




