第38話 毒
リビングに西日が射し込んでいた。
牡丹は床に転がっているワイングラスを
拾い上げると、
それを流しに運んだ。
それから。
タオルを手に取って、
リビングの床を濡らしている
赤ワインを拭き上げた。
ソファーに飛んだ飛沫も拭き取ってから、
その上で倒れている
浮橋の体を軽く揺すった。
しばらくして、
浮橋が目を開けた。
「あ・・れ・・」
「大丈夫ですか?
急に倒れたから驚きました」
牡丹は「ふふっ」と微笑んでから、
ダイニングキッチンの方へ向かった。
浮橋はゆっくりと起き上がり、
白髪交じりの髪を乱暴に掻いた。
それから自分の体に触れ、
異常がないことを確かめると、
大きく息を吐き出した。
すぐに牡丹が
水の入ったグラスを持って戻ってきた。
浮橋はそれを受け取ると、
口をつけずに
目の前のテーブルに置いた。
「お酒の方がよろしかったですか?
ペトリュスならまだありますけど」
「い、いや・・大丈夫だ」
浮橋は頭を振って、
目の前の水の入ったグラスを見つめた。
そして。
恐る恐る手に取ると一口だけ飲んだ。
「このグラス・・ガラス製なんだな」
浮橋はそう呟いて牡丹の方を見た。
「どうしたんですか、急に?」
牡丹は首を傾げて、
浮橋を見返した。
「・・さっきのワイングラスは
樹脂製だったろ・・。
毒を・・盛ったな?」
「毒・・ですか?」
牡丹が目を丸くした。
「ジェラにも・・盛ったのか?」
浮橋が目を細めた。
牡丹が「ふふっ」と微笑んだ。
トゥルルルトゥルルル
その時。
ダイニングキッチンの方から
木琴のような音が鳴った。
牡丹がソファーから立ち上がって、
ふたたび席を離れた。
そして。
テーブルの上のスマホを手に取った。
「・・うん。
今、お客さんが来てて。
・・うん。
大丈夫、もう帰るから。
・・うん。
何もいらないよ。
・・うん。
気を付けて帰ってきてね」
通話を終えた牡丹がスマホを切った。
「ごめんなさい。
彼が帰ってくるんです。
お引き取り下さい。
それに。
これ以上、
私が協力できることはないと思います。
先ほど貴男は
私が毒を盛ったと言いました。
でも。
貴男はこうして生きています。
変な言い掛かりはやめて下さい。
私はジェラの死とは無関係です。
『血を噴き出して死んだ』
と言ったのは言葉のあやです。
深い意味はありません」
牡丹が微笑んだ。




