第31話 謝罪
「・・丈夫・・大丈夫?」
どこからか聞こえてくる声と、
体に感じる振動で、
アタシは目を開けた。
目の前には今にも泣き出しそうな
牡丹の顔があった。
アタシは慌てて体を起こした。
そこは先ほどアタシが倒れた
ダイニングキッチンだった。
「良かった。
目を覚まして・・。
どうしたの、ジェラ?
急に倒れるからびっくりしたんだよ」
「えっ・・ああ」
「はい、お水」
牡丹が差し出したコップを、
アタシは受け取った。
口をつけようとして、
ふと手が止まった。
「牡丹・・アンタ。
まさか・・」
「うん?」
牡丹はパチパチと瞬きをして、
小さく首を傾げた
「いや・・何でもないよ」
私は立ち上がって、
コップをテーブルに置いた。
それから改めて椅子に座った。
「本当にどうしたの?
大丈夫?」
「えっ。
あ、ああ。
何でもないよ。
ちょっと疲れてるんだよ」
そう言いながら
アタシは自分の体を触った。
どこにも異常はなかった。
喉と腹の痛みも治まっていた。
アタシはそっと左ポケットに手を入れた。
つるりと滑らかな感触と、
ひんやりとした冷たさが
指先に伝わってきた。
呪物にも異常はなかった。
窓を叩く雨音が僅かに大きくなっていた。
「・・それより、ジェラ。
貴女だったんでしょ?
竜次さんの浮気相手」
アタシはハッとして牡丹の顔を見た。
牡丹の目が真っ直ぐに
アタシを見ていた。
「な、何を言ってんだい。
アタシが竜次と?
あはは。
ないない!」
「・・竜次さんが話してくれたの」
牡丹が抑揚のない声で呟いた。
「チッ」
アタシは知らず知らずのうちに
舌打ちをしていた。
「今日。
アタシをここへ呼んだのは、
その話をするためだったのかい?」
牡丹はアタシのその問いには答えずに、
フォークでザッハトルテを口に運んだ。
「・・それで。
アタシが竜次の浮気相手だったとして、
アンタはどうしたいんだい?
アタシに謝って欲しいのかい?」
アタシはコーヒーカップに
手を伸ばそうとして、
慌てて引っ込めた。
「ううん。
謝るのは私の方。
ジェラも竜次さんのことが
好きだったんだよね?
それなのに。
私が竜次さんを奪ったから。
本当にごめんなさい」
牡丹は深々と頭を下げた。
そんな牡丹の姿が
余計にアタシを苛立たせた。
自分には非がないのに頭を下げるのは
どういう時か。
1つ。
それは形だけの謝罪。
心の中では舌を出して笑っている。
2つ。
心からの謝罪。
それができるのは、
相手を自分よりも下の人間として
見下しているからだ。
子供と本気で喧嘩する大人はいない。
大人は子供の機嫌を損なわないように
いつも平謝りをする。
牡丹の謝罪は2つ目のパターン。
竜次の彼女という地位にいる牡丹は、
浮気相手のアタシを見下している。
こうして頭を下げているのは同情。
アタシを憐れんでいる証拠。
アタシはコップの水を飲んだ。
そして。
口を開こうとしたまさにその時。
「・・ただいま」
という声が玄関の方から聞こえてきた。




