第2話 名前
土手の上を一筋の風が通り過ぎた。
レインウェアの男は
手にした封筒を開けて中を覗き込むと、
舌先で唇を湿らせ下卑た笑みを浮かべた。
その様子を見ていたベルボトムの男が、
静かに口を開いた。
「二度と連絡してくるな。
欲を出せば、
長生きできないぞ」
言い終えると、
ベルボトムの男は間を置かず歩き出した。
レインウェアの男とすれ違う瞬間、
肩先が微かに触れた。
布地が触れたかどうかも分からない程の、
僅かな接触だった。
ふたたび風が吹いた。
「へへへ。
後悔するんは、
兄はんのほうやで」
封筒の中身を確認していた
レインウェアの男は
顔を上げてぼそりと呟くと、
ベルボトムの男の姿を目で追った。
丁度。
ベルボトムの男は
土手の階段に差し掛かろうとしていた。
その姿は
闇の中へ沈んでいこうとしていた。
「一文字宗尊はん!」
その背中に向かって、
レインウェアの男が呼びかけた。
ベルボトムの男の足が止まった。
そしてゆっくりと振り返った。
同時に。
一陣の風が
男のカウボーイハットを飛ばした。
男の長髪が風にたなびいた。
「あ・・れ・・」
レインウェアの男の表情に
困惑の色が広がった。
「な・・ぜ・・。
まさか・・兄はん・・あんた・・」
一文字と呼ばれた男が首を捻った。
「どうした?
何をそんなに焦ってるんだ?
お前。
今俺に何かしようとしたな?」
「い、いや・・。
べ、別に・・」
レインウェアが慌てて首を振った。
「嘘が下手だな。
もう一度同じ質問をするぞ」
そう言って一文字は乱れた髪を撫でた。
「その前に1つ忠告しておく。
俺の質問には正直に答えろ。
沈黙も嘘とみなされる。
わかったか?」
「へ、へへ。
そない怖い顔して、
どないしたんです?」
その惚けた声色とは違って、
レインウェアの男の表情には
焦りが見えた。
一文字の目が光った。
「今、
俺に何をしようとした?」
「へ、へへ。
別に。
ただ兄はんの名前を呼んだだけですわ」
そう言ってレインウェアの男は、
ごくりと唾を飲み込んだ。
一文字は小さく溜息を吐いた。
「忠告したはずだ。
俺の質問には正直に答えろ。
さもなくば。
本当に後悔することになるぞ」
「へへへ。
その忠告・・。
破ったらどないなるんです?
それより兄はんの名前・・。
本名やあらへんな。
教えてくれまへんか。
兄はんの本名を。
交換条件にしましょや」
レインウェアの男が「へへへ」と笑った。
風が止んでいた。




