第1話 夜
緩やかに伸びる土手の上。
夜の帳が落ちたそこは、
世界から切り離されたかのように
静かだった。
男が1人で立っていた。
オフホワイトのカウボーイハットの
下から覗く黒髪は肩まで伸びていて、
切れ長の鋭い目は、
相手に若干の緊張感を与える。
細く通った鼻筋に薄い唇。
ややこけた頬に尖った顎。
どちらかと言えば。
整った顔立ちをしていた。
年の頃は30代くらい。
白いシャツに黒いベスト。
インディゴブルーの
ベルボトムのジーンズと黒革のブーツ。
モデルのように均整の取れた
体つきをしていた。
男は対岸に点々と灯る
住宅の窓明かりへ目を向けたまま、
動かなかった。
足元には花びらが散って、
コンクリートの舗道を白く染めていた。
花びらのいくつかは川面に落ち、
フラフラと流れていた。
僅かに冷たい川風が、
若草の甘い匂いを運んでくるようだった。
男の立っている土手のすぐ下には、
広いグラウンドと
僅かばかりの遊具を備えた公園があった。
『弁天公園』
と名付けられたその公園では、
ポールライトが白い輪を落とし、
ブランコは風に揺れるでもなく、
ただ鎖が微かに軋む音だけが、
闇へと吸い込まれていた。
今、
鼠色のレインウェアに身を包んだ
中肉中背の男が
表通りに面した入り口から
公園に入ってきた。
男がポールライトの下を通りかかった時、
その顔が暗闇に浮かび上がった。
茶色に染められた髪は短く刈られ、
薄い眉の下の細い垂れ気味の目は、
暗く澱んだ光を放っていた。
年の頃は50代。
男は公園を素通りして、
反対側の入り口から出ると、
そのまま土手の階段を上った。
「・・お兄はん?」
レインウェアの男は、
土手に立っていたベルボトムの男の
背中に向かって呼びかけた。
ベルボトムの男がゆっくりと振り向いた。
「随分・・待たせるんだな。
呼び出したのは・・そっちだろ」
「えらいすんまへんな。
こっちのキリが悪うて」
レインウェアの男は、
パチンコのハンドルを
回す真似をしながら、
ベルボトムの男の方へ近付いた。
2人の男は1mほどの距離を空けて
対峙した。
ベルボトムの男の方が
レインウェアの男より頭一つ高かった。
「・・ふんっ。
まあいい。
さっさと終わらせよう」
そう言ってベルボトムの男は
ジーンズの後ろポケットから
厚みのある封筒を出した。
「うひょー」
レインウェアの男が
嬉々として手を伸ばすと、
ベルボトムの男は
サッと封筒を引っ込めた。
「その前に。
確認しておく。
1度きりだ。
いいな?」
「は、はは。
そない言わんと。
長い付き合いをしましょうや。
こう見えて。
案外、力になれるかもしれまへんで」
「欲を出すな。
それが長生きの秘訣だ」
「へいへい。
わかりましたわ。
意地悪せんと、
はよ下さいや」
レインウェアの男が「ひひひ」と笑った。
ベルボトムの男は
「チッ」
と舌打ちすると、
改めて封筒を差し出した。
レインウェアの男が
慌ててそれを奪い取った。




