第4話 書き取りと罰
何回か補習の授業を受けるうちに、塾の流れはだいたい決まっていることが分かってきた。教師がまずその日のテーマを説明し、そのあとに演習や模擬問題を解かせる。テンポは速く、無駄がない。授業中の空気も普段と変わらず、南條さんも相変わらずだった。毎回のように先生に叱られ、周りからは笑われている。
今日の課題は国語だった。扱うのは、ある文筆家が書いた文章——『春が来た。万物が息を吹き返し、新学期が始まる』
以前、教師はこの文章を丸々一コマ使って教えていた。内容の主題や感情の流れ、それから文法や表現技法まで、一つ一つ丁寧に説明しながら進めていたのを覚えている。説明が終わったあと、この文章はよく出る範囲と深く関わっているから、必ず覚えておくようにと念を押していた。
「この文章は、もうみんなとっくに暗記しているはずだ。今から原稿用紙を出せ。教科書は見ないで、全員、暗写しろ」
暗写が終わると、紙を回収して一枚ずつ目を通し始めた。
私はその間、俯いたまま手元の練習問題を解き進めていく。こういう基礎的なことは、私にとってはもう特に難しいものではなかった。
しばらくして添削が終わり、答案を返し始めた。ほとんどの人に対しては特に何かを言うこともなく、ただもう少し慣れておくようにと軽く注意する程度だった。けれど、「南條さん」と名前が呼ばれた瞬間、教室の空気がぴんと張りつめた。みんなが一斉に彼女の方を見る。何が起こるのかなんて、わざわざ言葉にしなくても誰もが分かっているみたいだった。
南條さんはおずおずと立ち上がり、講台の前へ歩いていった。まだ何も言わないうちに、教師は突然、机を強く叩いた。
「お前、何を書いてるんだ? 自分で見てみろ、自分が何を書いたのか!」
怒気を含んだその声に、教室全体がびくりと震えた気がした。クラス全員の前で、彼女の紙を指差しながら怒鳴りつける。
その勢いに、私は手に持っていたペンを落としそうになる。教室の中は一瞬で静まり返り、みんな視線を落として、自分は関係ないというふりをしていた。
「たったこれだけの段落で、どうしてここまで間違えられるんだ? 忘れたところならまだしも、覚えてるはずのところまで文法がめちゃくちゃだし、字まで間違ってる! この文章は塾でもとっくに教えただろう。ここは補習だぞ? お前の足りないところを補うために来てる場所であって、小学校じゃないんだ! こんなんで、どうやって教えろっていうんだ!」
声はさらに高くなり、教室の静けさを容赦なく切り裂く。
その言葉が落ちた途端、教室のあちこちから「くすっ」と笑いが漏れ、それがすぐに広がっていった。その笑い声は重なり合いながら、まるで見世物でも眺めている観客みたいに、惨めさを面白がっているように聞こえた。みんながまた顔を上げ、彼女へと居心地の悪い視線を向けた。
「これ、もう初めてじゃないよな、南條。みんな覚えてるのに、お前だけ覚えてないってどういうことだ? やる気がないなら最初から書くなよ」
南條さんは俯いたまま、両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。唇が何度か開きかけるのに、結局一言も出てこない。
「黙ってるのか? いいだろう。そんなに余裕があるなら、この課文を百回書いてこい。次の授業で提出しろ。こんなの、小学生でも覚えられる文章だ。覚えられないなら、覚えるまで書け」
ただ小さく頷くだけだった。肩を落としたまま、何も言わずに席へ戻っていく。その足音はほとんど聞こえないのに、なぜか耳の奥に重く残った。
先生は最後に冷たく言い捨てた。
「本当に使えないな。時間の無駄だ」
彼女の背中を見つめながら、胸の奥に言葉にしようのない複雑なものが沈んでいくのを感じていた。どうしようもない無力感と、それから……うまく名前をつけられない、鈍い重さ。
***
(南條千雪)
塾の教室には、チョークが黒板を擦る音が響いていた。教師は苛立ったような口調で言う。
「この文章は、もうみんなとっくに暗記しているはずだ。今から原稿用紙を出せ。教科書は見ないで、全員、暗写しろ」
ざわめきが広がる中、私は席に座ったまま固まっていた。指先はこわばりながら、ぎこちなく紙を取り出す。目の前の真っ白な紙を見つめても、頭の中はぐちゃぐちゃで、何もまとまらない。
言葉は泡のように浮かんでは、すぐに消えていく。さっき先生が読んでいたはずの文章を必死に思い出そうとしても、どうしてもつながらない。ペンを握りしめ、唇を噛みながら、ゆっくりと最初の一文を書き始める。
「春が来た、万……ぶつ……ふき……か……?」
自分で書いた文字を見て、胸がぎゅっと締めつけられた。「ぶつ」で合っているのか分からない。後の「ふき」も、その先をどう書けばいいのか分からない。慌ててそこを飛ばし、次の行へと視線を落とした。
「これは……新……がく……がっき……?」
手が止まる。文全体が急に見知らぬもののように感じられた。手のひらに冷たい汗がにじみ、心臓の音が教室のざわめきをかき消していく。周りのクラスメイトたちはすらすらと書き進めているのに、私のペン先だけが震えながら、途切れ途切れに歪んだ文字を並べていく。
書き進めるうちに、紙はもうめちゃくちゃになっていた。これが先生に怒られることも分かっている。それでも、決してやっていないわけじゃない。覚えようとしていないわけでも、書きたくないわけでもない。ただ、どうしても頭の中に残らない。まるで手の中の砂みたいに、握ろうとすればするほど、全部こぼれ落ちてしまう。
暗写の時間が終わると、教師は紙を回収し、一枚ずつ目を通していく。そして私のものを見た瞬間、顔色が一気に変わった。
「これは……何を書いてるんだ?」
声が一気に鋭くなり、教室の空気を切り裂いた。みんなが一斉にこちらを見て、居心地の悪い視線が突き刺さる。
「これ、もう初めてじゃないよな、南條。みんな覚えてるのに、お前だけ覚えてないってどういうことだ? やる気がないなら、最初から書くな」
私は俯いたまま、スカートの裾を強く握りしめる。何か言おうとしても、喉が詰まって、一言も出てこない。
「黙ってるのか? いいだろう。そんなに余裕があるなら、この課文を百回書いてこい。次の授業で提出しろ。こんなの、小学生でも覚えられる文章だ。覚えられないなら、覚えるまで書け」
耳の奥がじんじんと鳴り、世界が遠くなった。まるで深い水の中に沈められたみたいに、聞こえるのは自分の心臓の音だけ。
言いたかった。書きたくないわけじゃないって。ちゃんと覚えようとしているって。でも、その言葉を口にする機会は、どこにもなかった。
家に帰ると、小さな部屋の中で、私はただ机に向かい、頭を下げたまま、一筆一筆、その文章を書き写していく。どうしても書けないはずのその文章を、何度も何度も、繰り返しながら。




