トランスファー
純魔力とは所詮はただの魔力そのもの。
だから気合いで形を変えれば……なんか良い感じに、入るッ!
「こ、これは……」
ナージャの身体が、彼女の魔力の色である青色に輝き出した。
先ほどまでほとんどなかったはずの魔力量が、ぐんぐんと上昇していく。
「これなら……これなら頑張れますッ!」
「おう、頑張れ! はあっ、はあっ、はあっ……!」
「マスキュラーさん大丈夫ですか!? 死にそうな顔してますよ!?」
「俺のことはいい、さっさとグレンを治せ!」
「は、はいっ!」
グレンに向かって中級回復魔法を連発するナージャを見ながら、俺は久しく感じたことのなかった動悸を押さえるためにゆっくりと深呼吸を続けることにした。
このトランスファーはまだまだ発展途上の技。
魔力を渡すことはできるものの、その効率は恐ろしいほどに悪い。
本来であれば俺の数分の一しか魔力がないはずのナージャの魔力量を完全回復させるのに、俺の持っている魔力の九割以上を使ってしまった。
大量の魔力を使う際の精神集中と、人間にとって命の源でもある魔力をごっそりと持って行かれたことによる虚脱感。
ここまでひどい魔力欠乏になったのは、少なくとも前世の記憶を取り戻してからは初めてのように思う。
身体強化をかなり効率よく使えることもあって、俺は魔力切れをほとんどすることがない。
レベル10の身体強化を使う時も、基本的には魔力が切れるよりも先に身体の方がぶっ壊れるし。
「ふうぅ……いや、しんど」
基本的にこの身体は疲れ知らずなんだが、普通に疲労を感じている。
一日中肉体労働をしていた時もこんなにひどい疲れを感じたことはなかった。
今すぐにでも柔らかい布団に入ってゴロゴロしたい。布団の中で冷房をガンガンかけるという背徳感に浸った行為がしたい。
ダイヤモンドが売れたら、冷房の魔道具をウィスクの家につける決意を固める。
「さて、それじゃあ……回復ターンに入るか」
「う、うぅ……」
俺がゆっくりと歩き出す先にいるのは、先ほどグレンをボコボコにして穴を空けた白ゴリラだ。
俺の身体強化レベル10の一撃を食らったことで既に完全に虫の息だが、まだ死んではいない。
普通にぶちギレている俺がこいつを生かしているのは、当然ながら理由がある。
「俺の新技の試運転に付き合ってもらうぜ」
俺が開発した新技は、トランスファー一つではない。
そもそも純粋な順番で言えば、トランスファーより先にこっちを思いついてたしな。
トランスファーは自分の魔力をぶっこ抜いてから上手いこと形を変えて、相手の魔力としてぶっ込むという技である。
その発想の下になったのは以前、グレンから俺の魔力をぶっこ抜くと、そこについていたグレンの魔力が俺の魔力と混ざって消えていったあれである。
あれを身体で感じた時に、俺は思ったことがある。
『自分の魔力を他人からぶっこ抜くことができるんなら、他人の魔力すらもそのままぶっこ抜けるんじゃね?』
これも試してみたら……なんか普通にできた。
ただより効率よく酔ったり異物感を感じたりしないようにできないかと試行錯誤していく中でその発展系であるトランスファーが開発されたという流れである。
純魔力というのは所詮は純粋な魔力。つまりは……俺の中の魔力とお前の中の魔力の根源は一緒。
お前のものは、俺のもの。
お前の魔力……俺によこせやっ!
「う、うほぅ……」
俺がゆっくりと歩いていると、先ほどまで元気だったはずの白ゴリラがびくびくと痙攣し始めた。
おい待て、まだ死ぬな白ゴリラ!
小走りで駆けていき、背中に手をくっつける。
うおっ、なんかぬめってて気持ち悪ッ!
なんかぬちゃぬちゃしてるが仕方ねぇ、行くぜッ!
「スティール!」
白ゴリラの身体の中を流れている魔力を知覚し、その魔力を俺の魔力を使い、強引にぶっこ抜くッ!!
イメージは俺の身体と他人の身体を繋ぐヒモのような魔力のパスを作り、そのままこちらにたぐり寄せるイメージだ。
無論他人の魔力をこちらにそのまま流し込むと基本的に異物感を感じるため、そのパスを通している間に純魔力を形質をトランスファーの時のように変質させる。
俺の魔力を他人用に変えるより、他人の魔力を俺のものに変える方がはるかにやりやすい。
なのでこっちの方がロスは圧倒的に少ない。
直接触れていけなくちゃいけないって縛りはあるが、相手から魔力を盗むことができるってわけだ。
「よし、元気満タン!」
「……(ぶくぶくぶくっ)」
俺が魔力を大体六割ほどまで充填できたところで、どうやら白ゴリラの魔力が尽きたらしい。
魔力が完全に切れたことで白ゴリラはその体毛の下の身体まで真っ白になり、そしてそのまま泡を吹いたまま完全に意識を失った。
ただ、まだ死んではないみたいだ。
念のため、きっちりトドメをさしておかなくては。
「良くもグレンのこと痛めつけやがったな……この野郎!」
再び身体強化レベル10で放つ一撃。
どうやら俺の気持ちが乗っていた分先ほどまで威力が出ていたらしく、直撃した面から二重三重と同心円状にクレーターが広がっていく。
俺の一撃を食らった白ゴリラは、今度こそぴくりとも動かなくなった。
俺の攻撃を一発は耐えるとは……こいつのフィジカルはなかなかだったな。
(つぅかこんな白いゴリラ、『ルモア・ファンタジア』で見たことない……よな?)
自分の記憶に自信はないが、少なくとも俺はこんな魔物はゲーム内で見たことがない。
だがよくよく考えてみれば、『ルモア・ファンタジア』の魔物の中で強力な個体は、見た目が他と違うワンオフみたいなやつらが多い。
実際ジャビエルもそうだったしな。
となるとこいつも、少なくとも終盤で出てくる雑魚敵なんかと比べれば強力な力を持っていた個体ということになる……やっぱりおかしいよな。
この時点でグレンの村の近くにこんな化け物がいれば、そういうイベントになっていなければおかしい。
今回も俺がいなければ間違いなくグレンとナージャは殺されていた。
となるとやはり……あちらの魔王サイドに、グレンの情報は漏れていると考えた方がいいだろう。
あちらにも俺みたいな転生者がいるのか、あるいは……。
「なんにせよ、今はグレンがこの難局を乗り越えてくれたことを喜んどくか……」
グレンが死んだら、この世界そのものが終わっていた可能性は高い。
俺が監督不行き届きでめちゃくちゃミスをしてしまった分をグレンがしっかりとカバーしてくれて助かったぜ。
救援が間に合わなかったかと思うと、マジでぞっとする。
「あれ、ここは……?」
「グレン……グレンッ!! 良かった、無事で良かったよぅ!!」
幸いにもグレンは一命をとりとめたようで、パチリと目を覚ました彼にナージャがわんわんと泣きながら抱きついている。
上体を起こしたグレンは、訳がわからないといった感じでぽかんとした顔をしている。
俺は呆けた表情のグレンの頭をガシガシと撫でながら、
「良く保たせたな……グレン、やるじゃねぇか」
「師匠……ありがとうございます。すいません、高価な魔道具だって言ったのに、普通に使っちゃって……迷惑かけて」
「問題ねぇさ。人間、生きてることが一番重要だからよ」
「師匠……」
どうやら生き死にの戦いを乗り越えたことで、一皮も二皮も剥けたらしい。
一体どんだけ強くなったのかを楽しみにしつつ……、
「さて、そしたら……シズカママの飯を食いに行くかぁっ!」
「……もう、あなたは本当にこんな時まで、ふざけたままで……」
俺に呆れの表情を浮かべたままのグレンと「ママ……?」と首を傾げているナージャを引き連れ、俺はグレン宅へと戻るのであった……。




