vsランド 前編
シータ村の周辺で異変が起きたのは、マスキュラー達が去ってから数日後のことだった。
「……ん、ナージャ、感じる?」
「うん、何か……来る」
これはミリアが教えてくれたことなんだけど、身体強化と魔力凝集を使い続けていると、五感が強化されることに身体が慣れることで、己の中にある感覚が研ぎ澄まされていくようになる(ちなみにマスキュラーは気合いと勘でそれをやっているらしい)。
鍛錬の日々の中で手に入れた第六感とでも呼ぶべき感覚は、今まで感じ取ることができなかったささいな違和感を僕達に教えてくれていた。
「とりあえず村を出ようか」
「うん、被害が大きくなるのは避けたいもんね」
その何かがやってくる方角は、北に進んだ先にある森からだった。
もしもの際の可能性を考え、連絡水晶を即座に使うことを決める。
『死んだらそれまでだ、だからなんとしてでも死なない方法を考えろ』
これもまた、マスキュラーの教えの一つ。
この違和感の正体を把握してからでは遅いかもしれないと思えば、僕は即座に彼へ連絡を取ることにためらいはない。
魔力を込めた連絡水晶が輝き始める。
これでこちらの異常はあちらに伝わってくれたはずだ。
「これで、後三時間。どんなものが出てくるにせよ……それまでは私達だけで、なんとかしないとね」
「師匠が来るより前に、倒しておきたいところだね」
「マスキュラーさんの前でもそう呼んであげればいいのに」
「いやだよ、恥ずかしい」
いけない、つい彼のことを師匠呼びしてしまった。
たしかに教えは役に立つけれど、素直に尊敬を表に出すのは恥ずかしいのでマスキュラー呼びに戻さなくては。
僕とナージャは軽く言葉を交わしながらも緊張感を失うことなく、森の中へと入っていく。
マスキュラーがいなくなってからはこの森に出てくる魔物相手に戦うことも増えていたので、森の中の地図はおおよそ頭に入っている。
「魔物が……いないね」
「うん、ビッグボアもブラッドグリズリーもいない」
この森にはそれほど多くはないが、魔物が出現する。
にもかかわらず森の半ばほどまで来ても、僕らは未だ一度も魔物に遭遇していなかった。
それどころか野性動物の気配すらなく、まるで森そのものが死んでしまっているかのようだった。
ただならぬ異変に緊張しながらゆっくり進んでいくと……最奥に、それはいた。
「ふむ……来てくれましたか。勘が鋭くて助かりましたね」
そこにいたのは、一匹の魔物だった。
見上げるほどの巨体は、僕らよりはるかに大きな森の木々を飛び越えるほどに高い。
そして筋肉が発達した肉体はその全身が黒々とした毛に覆われており、なぜか身体にピッチピチのボディスーツを着込んでいる。
身体からは真っ黒な魔力が漏れ出しており、見ているだけで冷や汗が出てくるほどだった。
巨大なゴリラ……そうとしか形容できない魔物が、目の前で丁寧な口調で喋っている。
「本当なら村ごと潰しても良かったのですが……それはあまりにも美しくない。無駄な犠牲を出さずに済んで助かりました、ウホホッ」
丁寧な口調だが、ゴリラから発される言葉はその全てが咆哮のようで、声を聞いているだけで鼓膜が破れてしまいそうだった。
そんな冗談みたいな魔物にもかかわらずその身体から放たれるプレッシャーは強大で、今の僕達よりもはるかに格上であることが、戦わずともわかってしまう。
「未来の芽を潰すのは惜しいですが、これもミュドー様のご命令とあれば従わざるを得ませんね……おっと失礼、私の名前はゴリラ・ゴリラ・ランド。死に行く手向けに覚えておいてくださいね、ホホゥ」
巨大ゴリラ改めランドが、ぐっと上半身に力を込める。
その様子を見て僕らは即座に戦闘態勢に入った。
ランドはそのまま力み、自身の胸を叩いてドラミングをし始めた。
するとその肉体が紫色に輝き出す。おそらくは何かのバフ効果を乗せたのだろう。
「クイック、フォーティファイ、ストレングス!」
だがバフが使えるのは何もあちらだけではない。
ナージャが光魔法のバフをこちらに飛ばすと、僕の身体が白銀の輝きを宿す。
身体から力が湧き、一歩を踏み出すごとにその足取りが力強くなっていく。
身体強化と魔力凝集を使い、そこに更に強化を重ね掛け。
ドラミングをしていて隙だらけのランドの脇腹へ、横からの斬り付けを放つ。
油断大敵、先手必勝!
「おおおおおっっ!!」
相手が格上であることは百も承知。
故に勝つのなら相手の油断につけ込み、なんとしてでも優位をこちらに傾けるしかない。
けれど僕が放った一撃は……その皮を裂いたところで止まってしまう。
血を流させることには成功したが、内側の筋肉を断裂させるまでには至らなかった。
「やりますねぇ、バトル・ドラミングを発動させたこの私に傷をつけるとは……そぉれ、お返しです!」
ドラミングを終え更に輝きを増したランドの一撃が、こちらへと向かってくる。
速い……が、捉えきれないほどじゃないッ!
相手が動き始めたことを感じると同時、僕は即座に身をのけぞらせながら回避軌道に移る。
物理攻撃の場合、相手が高速の攻撃をしてくる場合、その余波と風切り音からその方向をおおよそ推察することができる。
もちろん確度はそこまで高くはないけれど……大ぶりな攻撃を避けるには、これで十分ッ!
音を立てながら振り下ろされた一撃をかわし、隙ができた脇腹に再びの一撃。
今度はわずかだけど筋肉を裂くことができた。
よし、きちんとダメージは通ってる!
ランドはそのまま、こちらに攻撃を加えてくる。
幸いなことに、彼の攻撃手段は物理攻撃ばかりであった。
見上げるほどの巨体から繰り出されるパンチとキック。
攻撃の余波で発生する衝撃波だけで大地が陥没し、細い木々が倒れるほどの威力。
一度食らえばひとたまりもないだろう。
だが僕はその全てを、しっかりと回避することができていた。
戦い続けてくる度に、目も慣れてくる。
数度の攻防を繰り返す中で、僕はランドの攻撃を着実に捉えることができるようになっていった。
「くっ、ちょこまかと……っ!」
(見える! たしかに速いけど……マスキュラーほどじゃないっ!)
ランドの踏み潰し攻撃を避け、両足が地面についた状態で放たれる拳撃を避けていく。 右右上下左左ッ!
放たれる拳を避けると、衝撃だけで身体が持っていかれそうだ。
魔力凝集を使い魔力を足に集中させ、この場から吹き飛んでしまわぬように自分の肉体をこの場に縫い止める。
一発でももらえばただでは済まない死線を前に、身体が戦いのために最適化されていく。
今のお前には実戦が必要というマスキュラーの言葉が、真に腑に落ちた瞬間だった。
たしかにこれは、実戦に勝るものはない。




