キンマン
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ボンビー伯爵領、領都キンマン。
その中央にある見るからに金ぴかな悪趣味な屋敷こそが、領主であるボンビー伯爵カネナリが住まう城、通称『成金城』である。
一面金が貼り付けられている屋敷の二階、大量の美術品や骨董品が並ぶその先にある私室にて、一人の男が腰掛けていた。
つるつるとした光沢のある最高級の魔物素材を使った黒光りするソファに背中を預け、右と左にきれいどころの女を侍らせているのは、縦にも横にもでっぷりと太った大男であった。
彼こそがボンビー伯爵カネナリ、この城の主にして一代でボンビー伯爵家を非常に裕福な家へと変えてみせた領主である。
「ふぅ、また今日も使いすぎてしまったわい」
「やぁんすごい、さすが伯爵様~」
「誰もカネナリ閣下には叶わないわよね~」
腰を抱いている二人の女は、にこにこと笑みを浮かべながらその身体をカネナリに押しつける。
むほほと鼻の穴を伸ばしながら、カネナリは更にその腰を強く抱き寄せた。
(思えばここに来るまでは、苦難の道のりであった……)
ボンビー伯爵家は元々、決して裕福な家ではなかった。
先代や先々代の頃は貧乏貴族として王都でも有名になるほどにギリギリの経営をしており、ほとんど金もなかった。
領地経営で得た金で税金を払うだけでせいいっぱいで、兵をまともに整える余力もなく、その生活は出入りの商人が驚くほどに質素だったという。
だがそれを、一代にしてこのカネナリが変えてみせた。
これはその不摂生な見た目に反して、彼が先見の明のある辣腕の領主貴族だったから……ではもちろんない。
というかむしろ彼は父である先代伯爵にはまともに金勘定ができないと呆れられていた逆の意味での逸材であった。
長男が病死していなければ彼にお鉢が回ってくることはなく、それも余所から養子を取って領主にするかを悩みに悩んだ結果、ギリギリ子供への愛情が勝る形で領主を継ぐことができたという程度の男であった。
だが現在、ボンビー伯爵家は好景気に沸いていた。
数年前から彼自身が積極的に金を使いに使い、お金使うの大好きおじさんと化したことで、彼の領地の経済はぐるぐるとものすごい勢いで回転を続けているのだ。
数字が苦手で徴税や実務は全て文官任せ、自分は領地中から金に飽かせた呼び寄せた女といちゃこらしているだけというめちゃくちゃな領地経営をしているボンビー伯爵領の経営は、不思議なことに毎年黒字になっていた。
それだけ湯水のごとく金を使っていながら、なぜ黒字になるのか。
王国の財務大臣も不思議に思ってこそいるが、実際そのおかげで徴税額が増えているのは間違いなく、またカネナリ自身に背信の素振りも見られぬために見逃されているというのが実情であった。
「あれのおかげで、私の人生はバラ色だ! がーっはっはっは!」
「や~ん、さすが伯爵閣下~!」
「はっはっは! 私はまだまだこれからのし上がる! 酒だ、酒を持ってこい!」
♢♢♢
カネナリは酒池肉林の大騒ぎをし女達を返した後、屋敷の者達が寝静まっている一人私室で目を覚ましたた。
そして既に明日の二日酔いを予感させるわずかに痛む頭を抱えながら、部屋を抜けて資料室へ向かう。
そこの右から二番目の本棚、その二列目に並んでいる埃を被った本達に手をやり、右から三番目にある本を思い切り奥へと押し込む。
するとカチリと音が鳴り、そのままゴゴゴゴゴと音を鳴らしながら本棚自体が右にズレていった。
そこに現れたのは地下へと続く階段。
この先にあるものこそが、この伯爵家の屋敷でカネナリが見つけた隠し部屋だ。
ぐるぐると螺旋階段を下っていき、はぁはぁと荒い息を吐きながら彼がやってきた先には巨大な金庫があった。
「ぐっふっふ……久しぶりにあれを使おうかのぅ」
金庫に先祖伝来の指輪をかざせば光が金庫の錠前へと向かっていき、カチリと音が鳴る。
ここには父や祖父よりも前のご先祖様が隠しておいたと思われるアーティファクト、『打ち出の巨槌』が眠っている。
このアーティファクトが持つ力は、腕力を金目の物へと変える力。
力強く降ればそれだけで金銀財宝や宝石が飛び出してくるようになり、これを大量に買っている宝飾品や金銀と混ぜて売却することで彼は歴代の伯爵家が掴むことができなかったほどに大量の富を手に入れることができたのだ。
あれを見つけることができてから、カネナリの人生は一変した。
なぜこれを手にしていた先祖は、こんな素晴らしいアーティファクトを使わなかったのか。
使えば使うだけお金が増えるのだから、これを使ってガンガンと豊かにしていけばいいだけだというのに。
彼は久しぶりで鈍っていないかと腕をぐるぐると回した。
身体強化と魔力凝集を使って腕力を強化すれば、中ではグレードの高い金の延べ棒とダイヤモンドの原石を出すこともさほど難しくはない。
次は何を買おうか……とバラ色の未来を想像しながら、カネナリはがちゃりと金庫を開く。
そこには二十畳ほどはあるのではないかという広い空間と、その真ん中に鎮座している巨大な槌が……。
「はれ?」
なかった。
彼の目の前にはただだだっ広い空間が広がっているだけで、そこにあるはずの巨大な槌がなくなっていたのだ。
「ない……ないないっ!?」
彼は飛び上がるように駆けていくと、そのままぐるぐると空間の中を見渡した。
ひょっとして天井に突き刺さっているのではないかと思い顔を上げてみるも、当然ながらそこにも槌はない。
「どこだ……どこに消えたのだッ!?」
こうしてカネナリが隠し持っていた『打ち出の巨槌』はどこかへ消えた。
まるでそれ自体が夢幻であったかのように……。
だが彼の悪夢はそれだけでは終わらなかった。
「伯爵、代金が払えないとはどういうことですか!?」
「う、ううむ、少し待ってくれ、なんとかできるのだ、あれさえあれば……」
「そんなものがあるなら我々は今頃大金持ちになっております! ……ダメだ、伯爵様は錯乱なされておる」
『打ち出の巨槌』で得られるであろう金を購入に当て込んでしまっていた彼の資金繰りは、一瞬のうちにショートした。
金の切れ目は縁の切れ目、今までは伯爵の金払いの良さに集まってた者達もどんどんと消えていく。
「すまん、今日のお手当は……」
「えっと……私、用事を思い出したので帰ります」
「じゃあね~、伯爵閣下。また格好よくなったら呼んでね?」
つい先日まで猫なで声ですり寄ってくれていた女の子達も、皆あれこれと理由をつけて去っていってしまった。
そして泣きっ面に蜂とばかりに、何もかもを失いかけなんとか家財道具を整理して借金を返済しようとしていた彼に、更なる絶望がのしかかる。
「カネナリ様! 王都より査察の財務官が! なんでも金銀の購入量と売却量に明らかに差があり、密輸を疑われているようです」
「そっ、そんなことはしてないぞッ!」
カネナリは密輸などしていない。
ただアーティファクトで金目の物をを生み出していただけだ。
だが商売に明るくない彼は、大量の金銀の売買が商取引に当たり、領主としてのものとは別に税を払わなければならないことを知らなかった。
彼がしていたのはまごう事なき脱税、領主貴族としては密輸と大差がないほどに重い犯罪であった。
それに加えて彼は金に飽かせて色々といけないこともしていたため、その余罪が暴かれてしまえば大変なことになってしまう。
「あ、あわわ……あわわわわわ……(ぶくぶくぶくっ)」
「か、閣下!! 閣下が倒れられたぞ! メディーック! メディーーーーック!!」
こうしてボンビー伯爵家は借金でいよいよ首が回らなくなりかけ、なんとかしてお取り潰しこそ免れたものの、借金の返済と税金の支払いによってその生活ぶりは激変した。
カネナリは以前父が伯爵を務めていた頃よりも更なる質素倹約な生活を送ることとなり、自分がしすぎた贅沢のつけを、生涯かけて払うことになったという……。
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