飴と鞭
【side ミリア】
場所を変え、人目のつかない村の外の草原へとやってきた。
ここならどれだけ派手に暴れたところで、誰かに通報されたりすることはない。
だから好きにやっても大丈夫。
マスキュラーがいないのは幸運だった。
今からの私の顔は、マスキュラーにはあまり見せたくないから。
「よし、それじゃあ……やろうか。胸を借りるつもりで、やらせてもらうよ」
「うん、かかってきて。半殺しにするけど許してね」
「お手柔らかに頼むよ」
私の言葉を冗談と思ったのか少し笑ってからグレンがこちらに向けて駆けてくる。
魔力の配分は足と腕。
どうやら魔力を高速で移動させることはできないらしく、移動時点で既に魔力の分配を決めているようだ。
――温い。
「あっがっ……ッ!?」
私は魔力凝集を足に集中させ、大地を踏みしめて溜めていた足の力を爆発させる。
一瞬で肉薄し、魔力を集中していない腹を蹴り上げる。
ベキッと嫌な音が鳴る。
多分肋骨が一、二本折れたのだろう。
グレンはまともに反応することもできず、そのまま大きく後ろに吹き飛んでいった。
この程度の実力でマスキュラーを独占するなんて……ズルい。
彼とつきっきりでの稽古なんて、私だって何度もやってもらえてないのに。
「アクアヒール……大丈夫、回復ならいくらでも使えるから」
私は倒れているグレンに触れ、アクアヒールを発動させる。
瞬間的な回復量では光魔法には劣ると言われている水魔法の回復も、練度を上げればこの程度の傷なら数秒もしないうちに治してしまうことが可能だ。
「グッ……ミリアさん、君は一体……」
「私はミリア・ラングルス。『アンタッチャブル』ファミリーの初代総長にして『氷結の魔女』」
私はいつものように、名乗りを上げることにした。
ウィスクの街では私の二つ名を聞いた者は皆震え上がり許しを請う。
舐めていた奴らを潰し続けるうちに、気がつけばそういう風になっていたのだ。
マスキュラーがいない間、帰ってきた時の彼が悲しむ姿を見たくなくて、私は『アンタッチャブル』ファミリー』を守り続けてきた。
腕自慢の無法者達との連戦や奇っ怪な魔道具を使った攻撃、多勢に無勢な魔法戦……それら全てで勝利を収めてきた私は、正直グレンとはくぐり抜けてきた修羅場の数が違う。
自己鍛錬も欠かしたことはないし、マスキュラーが言うところの身体強化のレベルも7くらいまでは使うことができる。
ちなみにマスキュラーの前では少し力を押さえているのは、彼の前では非力な女の子でいたいからだ。
そういう子の方がぐっとくるとファミリーの女の子に教わったので、実戦させてもらっている。
「これが身体強化の魔法だよ」
これは私より多くの時間を占有しているグレンへの八つ当たりも兼ねている。
けれど最初に言った通り、鍛錬という大枠から外れるつもりはない。
多少激しくするつもりではあるが、しっかりとグレンのことを鍛えてあげるつもりだ。
マスキュラーはとっても優しい人だ。
その優しさに救われた人は多いけれど、その甘さは時に毒になることもある。
結局のところ人を鍛えるのに必要なのは鞭だ。
キツい環境の方が人は伸びる。ソースは私。
だから彼が飴をやるのなら、私が鞭をやる。
……とは思っているのだけど、ひょっとするとこれも自分の都合がいいように生み出した、体よくグレンをボコボコにするための大義名分なのかもしれない。
「ぐっはっ……!!」
身体強化を使った私の蹴りを食らったグレンが、先ほどまでよりも更に勢いよくバウンドしながら吹っ飛んでいく。
今度はしっかりとお腹を狙ったので、骨は折れていないはずだ。
「へぇ……やるね」
彼は魔力凝集を使わず、攻撃の瞬間に全ての魔力を腹に集中させた。
身体強化で出力が上がったことはわかるはずだから、ミスれば先ほどとは比べものにならないダメージを受けることは理解していたはず。
度胸があるのは素晴らしい。
もし彼がウィスクにいたのなら、普通に勧誘してたかもしれない。
私は認めるべきところは認められる女。
そういう人が最後に勝つってお母さんは言っていた。




