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皮を剝がれたあとの寒さが残っている

 今朝は二つ出てきた。先に記したものからすれば、それより前に現れた方は暗く重く刺さり続けるものだった。

 

 満月の月だった。暮れの帰り途(くれのかえりみち)にでも出てきたら、思わず見上げてしまうくらい明るく立派に大きく満ちてる月だった。

 それが、どんどんどんどん膨らんでいく。

 月毎(つきごとの)の満ち欠けなどする月の周期とは別物に、どんどん大きく、どんどん膨れ、どんどん近づいてくる。こんな常軌を逸した膨れ方をしたらもうもたないのでないかと冷や冷やすると、案の定、暮れの空(くれのそら)の半分を覆ったところで海に落ちた。

 わたし()()()のときから目を離していないが、いままでどんなに明るく美しくても月のことなどそっぽを向いて家路へ急ぐひとたちの口をあんぐりを続けたまま縛りつけれている。

 月は己れの球体を露わ(あらわ)にしてくる。

 丸みを帯びた(おもて)痘痕(あばた)のように見える穴ぼこをトーチカにして、日露戦争の旅順包囲戦(りょじゅんほういせん)で活躍した二十八糎(にじゅうはっさんち)榴弾砲(りゅうだんほう)のずんぐりむっくりした砲身の先っぽが鈍く光ってるまで映っている。


  遂にやってきたのを(さと)る。


 見えないが、見えなくとも、天下の覇を競った(はをきそった)中国王朝に出てくる小さな王が、中から透けている。闘蟋(とうしつ)を楽しむように冷えた壺からコオロギを出して嗾ける(けしかける)ように号令を布いたのだ。霞を外した月と同じに疱瘡(ほうそう)を患った痘痕の笑み(あばたのえみ)をひん剝きながら。


 痘痕(あばた)は海に入いる。

 乳化してないスープをかき回すように、パチパチとたくさんの線香花火が弾けたような火花が海を溢れさせた辺りから(のぞ)める。聞こえる。二十八糎(にじゅうはっさんち)榴弾砲(りゅうだんほう)は、100年以上前のクラシックであっても、重さ大きさに百何十年の時間は関係ないから、きっと、グサリの鉄の残虐さはフル稼働してれんだろう。

 海に近いわたしの家はその辺りも含めすでに無くなってしまったのをしる。

 人も家もそれらが繋いでいた毎日の時間さえも。今日そこに居たなら、確実にわたしもすでに無くなってこんな風には続いていかなかっただろう。

 していることは残虐でも無くなったあとの静けさが先に辿り着く(さきにたどりつく)せいか、太陽を目隠しして夕暮れの海に刺さった月は黙ったままだ。黙ってはいるが、黙ったままの口の中の繊毛運動(せんもううんどう)は透けている。


  次のヒタヒタが近づいてくる。 


 海から電車と車で2時間の父の実家にいるわたしは、田舎屋敷特有の2軒間口の広い玄関のガラス戸が掠れ始めた音(かすれはじめたおと)からそれを感じ、思ったよりも早くやって来たのだなと述懐する。

 百鬼に成り果てたとはいえ元は同じヒトだったのだから、間を詰める読み(まをつめるよみ)は出来るだろうと思っていたが、それより数段上(すうだんうえ)をいく(やから)らしい。

 見るまもなく、父の実家は潰される。

 いきなりの竜巻に押し潰されたように、彼奴等(きゃつら)蜷局(とぐろ)を巻いた力に圧せられ、たちどころに残骸に化す(ざんがいにかす)

 

 逃げるしか能のないわたしにも生き残るための隠れた力は漲る(みなぎ)ようだ。

 寸暇(すんか)の中の俊敏(しゅんびん)で命は落とさず、この辺りの一番高い山の頂きから一部始終を眺めていた。懐には、唯一持ち出せた屋敷の一番若い命であった赤子がうずくまっている。俊敏の作法のため石のように固く気配を殺しているが、しばらくはこのままが良いであろう。

 彼奴等(きゃつら)でも見つけられぬ窪みを見つけたから、いざというときは寸暇の中でそちらに移す手筈となっている。

 ここまでに至っても、命を繋ぐ摂理は機能しているのだ。


 彼奴等(きゃつら)はすぐに嗅ぎ付け、やって来る。

 わたしは小柳組(おやなぎぐみ)の社長に似てる(やから)足爪(あしづめ)に腹を抑ええつけられ万事休すだ。野禽(やきん)というよりグレイ顔の小柳組の社長に似てるのと足爪までは予想出来なかったが、こうなった上は硬いまま気配を消してる赤子を隠した窪みに最期まで気を配らない胆力のみ温存しておけば良い。

 とどめといったとき脱兎のように皮を脱いて(ぬいて)覚めた。脱兎で覚めたから、皮を脱いだときのような寒さが残っていた。 

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