しっちゃかめっちゃか
明治大正の街角を映した写真に出てくるツインのボックスだった。
手旗で交通整理する巡査のための休憩用だから、二人一組、左右対称の仕様らしい。一見すると一昔前の公衆電話ボックスと同じで、下半分は隠しているが上半分は中に人が入っているか入っていないかを識別できるよう、少しアールがかったガラス板を四面に張っている。
ガラス板は西洋開花の象徴だから、こんな処でもアールがかったエレガントさは欠かせない。その上お上からの支給である。下級役人の矜持にも響いていく。
休憩用にともう一つ支給された椅子に座ってばかりでは、サボっていると街角を通るひとの謦咳に触れる。いまと違って、上下白服の公僕がまさか半畳の床板に寝転がる不様の心配はいらないから、全面ガラス張りのスケルトンまでしなくても電話ボックスの仕様に安全を損なう点は見当たらない。
監視はこの程度のエレガントさで十分だった。
それが、
明治大正が終わると、不埒な輩が蔓延り始める。屯し始める。外に出た巡査が一生懸命に手旗で交通整理している隙にゴミを投げ入れる。
世界中に感冒のつまった鼻水タップリのチリ紙や、嚙み進めたチューインガムをダンゴになるまで貯めて丸めて食み出たギン紙なら、二人いる巡査の後輩がホウキチリトリ使い搔き集めれば済むことだが、その辺りでやらかしたゲーゲーや糞尿の類から、妖し物・・・・・の、片腕の・・・・、怪・・・の、おさげ髪の・・・・、折り曲げ固め油を吸わせ燃やしたあと水をかけ半分黒焦げで残った半紙の束・・・・・・の・・・・・と、クソミソあらんかぎりの類まで投げ入れられては、もうたまらない。
臭くて、たまらない
汚くて、たまらない
不衛生で、たまらない
気持ち悪く、おどろおどろく、どうにもこうにもたまらない
昭和が始まると、当番で街角にやって来た巡査たちは、もうそんな処は休憩に使わない。お上の支給だろうと、西洋開花なんて古臭いものは昔ごと他人ごとだ。
寒ければ2時間、暑ければ3時間、どこか別の居心地のいい所を見つけ、上下白服なんて目立つような公僕を脱いで休憩を入れるから、人も車も、それらが運ぶはずの用事も難事もしっちゃかめっちゃかになって、街角から街は消え、ただの角地に変貌する。
街ではなくなった角地に胡乱な輩はいないから、あとは臭くて、汚くて、不衛生で、気持ち悪くおどろおどろしくどうにもこうにもたまらない公衆便所に成り下がったボックスが二つ残るだけ。




