四月二日 (火)
小松祐に杉野美樹、それから異常兄妹こと遠野和美と大樹。この四人と共に、隆志は昨日、近藤先生の去った後、対策協議を行った。
その結果、意外にも意気投合した五人は、遠野兄妹の意向に従って交換ノート部に素直に入部する事で合意に達した。活動内容についてはよく分からないままだったが、大樹の情報により、交換ノート部が学校創立時からある伝統と歴史ある部活動である事と、二年生や三年生部員は存在しないという事だけは分かった。要するに、去年までは、名前だけが残った部員ゼロの部活だったという訳だ。
そして今日、クラスでの席決めや自己紹介、学校内案内などを終えた隆志は、昨日に続いて南館の交換ノート部部室へと向かっていた。相変わらず埃っぽい南館の廊下を歩いていると、夜にここへ来たら素晴らしい肝試しになるだろうと思えてくる。軋む床に、使われなくなった教室、月明かりも入りにくそうなほどくすんだ窓。極め付けは、階下や階上へ向かう事を禁止する階段前の鎖と、役者は揃うどころか余っていた。これで後は、ちかちかと点滅を繰り返すトイレの灯りがあれば完璧である。残念ながら南館二階にはトイレはなかったが。
相変わらず重たい戸を、腕力で無理に開けて中へと入る。隆志以外の四人は皆二階に自分の教室がある為、隆志は昨日に続いて一番最後だった。
「よし、ちゃんと五人揃ったわね。はい、これ」
近藤先生は、戸を閉じるのに四苦八苦している隆志の姿を認めてそう言った。散乱していた机から、いつの間にか五つだけが綺麗に横に並べられているその上に、紙が一枚ずつ置かれていく。
「入部申請が受理されて、あなた達は晴れて昨日の午後六時から交換ノート部の一員よ!」
「一員って、私達しか居ないんじゃなかったか?」
「じゃあ、交換ノート部の全員かしら」
兄妹の妹の方、和美の鋭い突っ込みが入るが、近藤先生はあくまで自分のペースを乱さない。隆志は、隆志に用意されたらしい一番右の席に腰掛けながら、大きな朱印で『受理』と押されている昨日出したばかりの入部申請書をしげしげと眺めた。どうにも、予想していた部活動への加入の仕方とは、色合いが違う。
「おい、近藤先生よ。俺の可愛い妹の素敵な突っ込みを簡単に流してくれるな」
「さて、そろそろ交換ノート部の活動の内容を伝えないとね」
兄の方、大樹の言葉は愛に満ちていたが、こちらも近藤先生は完全に無視してもう一枚隆志から順番に紙を手渡していった。
「オールスルーしてるな、さすがに」
「和美ちゃん、愛されてて良いな~」
「良くないっ!」
「ほんま凄い兄妹なんやなぁ」
左隣の大樹を見ながら、隆志は何度か頷いた。当の大樹はそのまた左隣の自分の妹をにこにこと見つめている。ちなみに和美はその左の美樹に思い切り突っ込みを浴びせているし、美樹は美樹で左の祐に話しかけていて、その祐だけが唯一手元の紙に目をやっているようだった。
「そう難しい部活動じゃないの。ただちょーっと、授業ノートを交換したりしてみるだけよ。今渡したのは、そのスケジュールね。その通りにノートを交換していけば、良い感じのノートが出来上がるわ」
近藤先生の言葉を受けて、隆志も手元の紙へと目線を落とす。渡された紙には大きな表が印刷されていて、上部横方向には曜日、左部縦方向にはそれぞれの名前が書かれていて、それぞれ枠線に囲まれた枠には生物だの数学だのと言った教科名と右矢印、それから名前が書かれていた。例えば月曜日、隆志の欄の一番上には『国語→美樹』と書かれている。
「でも、授業の進度の違いがあるんやし、普通に書いてったらおかしくなるんとちゃう?」
「大丈夫よ、多少おかしくはなるけれど。昔からそうだったんだから」
近藤先生は胸を張った。一方、隆志の左の大樹は運行表を見つめて、可愛い妹のノートが他の男に回っちまうじゃねーか、などと今更の事をぶつぶつと呟いていたが、もちろん誰も反応しなかった。
「じゃあ、今日はこれで終わり。私はこれから教職員会議だから、後は適当にダベってから帰りなさい」
「凄い適当だな」
「自由主義と呼びなさい。じゃあね」
近藤先生はそう言って立ち上がると、何かやり方があるのかとても楽そうに戸を開けて出て行った。
さて残された隆志たちは、ひとまず気の立っている大樹をあの手この手でなだめた後、昨日に引き続いて親睦会を始めた。最初の話題は、もちろん明らかになった交換ノート部の活動について……ではなく、薄すぎるようにしか思えない音楽の教科書の内容についてである。
「我が可愛い妹の十八番ソング、BELIEVEがない所に疑問しか感じない」
「私はお兄ちゃんにしか疑問を感じないっ」
「何やかんやいい兄妹やんなぁ」
大樹と和美は、一目見て兄妹だと分かるぐらいだから外見も似ていたが、中身もそれぞれへの愛の表現の方法は違えど、似た物同士だという事が大体見て取れた。とても仲が良さそうである。見ていて微笑ましい二人の会話を、隆志はそう思いながら聞いた。
「だな。隆志は、一人っ子か?」
祐がそう声を掛けてくる。
「ああ、そや。祐はどうや?」
「俺もだ。美樹は?」
「私もそうだよ~。良いよね。憧れるなあ、お兄ちゃん」
三人で、兄妹の可愛い口論を見守る。それだけで、時間は五分,十分と過ぎていった。真に洗練された自然の会話には飽きが来ないもので、三人は二人の一挙一動に反応しては羨ましいだとか微笑ましいだとか感想を述べた。
気が付くと、時計は午後一時を指していた。昼食はまだ家で食べるようとの学校の通達だったので、家の遠い隆志は一足先に、四人を置いて部室を後にした。




