閑話 不自然な少年
「――さん。今の対応、良くないですよ」
レイトが役所を逃げ出すように出て行った後、受付の後ろから来た男性職員が窘めるように受付の女性に言った。
「問題ないでしょ。あんなの対応してあげただけ感謝して欲しいくらいだし」
――と呼ばれた受付の女性は悪びれもせずそういう。
彼女はこの役所の中でも上級の家の出で、才能的にも上位に入る。態度が悪くてもそれを注意できる人物が限られるため、日に日に態度が悪くなりつつあった。
今現在、すでに彼女の対応に対して注意した男性職員以外からは距離を置かれ、完全に腫れもの扱いされているの状況も彼女の態度を悪化させていた。
「昨今ではレベルによる差別が問題視されるようになってきていますから、先ほどのような対応は批判を招きます。今後は他のお客様と同じように対応してくださいね」
「はあ? なんで私があんなごみをまともに扱わないといけないのよ!」
「ここは役所なので、どのような利用者にも公平な対応しなければなりません。あまりよくない対応をすればクレームが来ますし、このままでは私より上から叱責されますよ」
これまで幾度も同じように利用者に対する態度を改めるようにと指摘してきたが、一向に意識を変えようとしない彼女に半ばあきらめつつある男性職員だったが、立場上指摘しなければならず面倒だと思いながらも、彼女が問題行動を起こすたびにこの内容を言い聞かせていた。
「はぁ? だったらごみ用の窓口でも作って他の奴にやらせなさいよ! 私は絶対に嫌だからね!」
男性職員の言葉を一切受け入れる素振りもなく、受付の女性はそう怒鳴り声をあげると、受付の椅子から立ち上がり別の場所へ移動していった。
「はぁ」
それを見送った男性職員は呆れたような表情をしてため息を吐いた。
「お疲れ様です」
「あぁ」
受付の女性が完全に見えなくなってから男性職員の元にもう1人、女性職員がやってきた。
「本来なら彼女の上司に当たる私が注意すべきところを、申し訳ありません」
「いやいい。私が言って聞かない以上、君が言ったところで結果は変わらないだろうし、下手に目を付けられてまた人が減ってしまうのもよくない」
「ですが、毎度、支部長の手間をかけさせてしまうのは……」
「私は君の上司なのだから問題はない。そも、その手間を作り出しているのは君ではなく――だ。意味が申し訳なく思う必要はないさ」
「それは、そう…ですが……」
それから一言二言やり取りをして女性職員は元居た場所へ戻っていった。
「これがまだ続くようなら、上に報告しなければならない……か。面倒だが、仕方がない」
他の職員に聞こえない声量でそう呟き、男性職員も受付に新しい職員がついたことを確認した後、本来いるべき場所へ戻っていった。
〇
先ほどゼロという名で採掘者登録を終えた少年がギルドの建物から出ていくのを見送り、彼を担当した受付嬢は書類をまとめて裏の資料庫へ向かった。
「彼の登録は済んだのか」
「はい。恙なく。何か問題でもありましたか?」
書類を倉庫へしまったところへ彼女の元へギルド長、昨晩彼の仮カードの対応をした男がやってきてそう聞いた。
「いや、問題は起きていない。あちらも彼の登録を担当した職員の扱いについて連絡をよこしてきた、その位だ」
「そうでしたか。ではなぜここへ?」
「彼について少々気になることがあってな」
「気になること…ですか」
ギルド長の言葉に彼について何か気になることでもあったのだろうかと受付嬢は首を傾げる。
少し他人に対する警戒心が強い少年ではあったが、何か後ろめたいことがあるようには見えなかった。そんな少年のどこが気になるのだろうか、そう思って受付嬢は今しまった書類に目を向ける。
その書類をギルド長は棚から抜き出し、近くの机に置くとその内容を確認していく。
「彼の出身は――村か。それで仮登録をしたのがネレス。そしてそこからここに来たと」
「ええと、それが何か」
「あの年の少年にしては移動が速いと思わないか? ネレスを出たのが昨日の夕方らしい、そしてここへ到着したのは夜だ。路銀はないと言っていたから移動手段は徒歩のはずだな」
「……そうですね」
ギルド長にそう言われ、そこで受付嬢もその不自然さに気づいた。
頭の中にある地図を思い起こし、少年が生活していた村からネレスの距離を試算する。そしてネレスからこのギルドまでの距離も同じく。
少年がいた村からネレスまで、大人の足で半日以上かかる。途中休憩を挟めば1日がかりの移動だ。そこからまたギルドに来るとなればさらに半日以上かかるのが普通だ。
「速いですね」
「そうだ。寝ずに歩いて来たにしても子供の足での移動だ。明らかに速い」
ギルド長の言葉を最後に少しの間沈黙が訪れる。
先ほどまでレベルの偏見のせいで親に捨てられ、ネレスの役所で不当な対応をされた可哀そうな少年という認識だった受付嬢だったが、少年の移動の速さを知った今ではそれが不自然に見えてしまっている。
たまにいるのだ。不当な目に合ったふりをして同情を誘い、相手の懐に入り込んでから悪質な行為に及ぶような輩が。このギルドにも過去に幾度かそのような者が訪れていた。
この受付嬢も一度その被害に遭いそうになり、その時ギルド長に助けられていた。
受付嬢は先の少年を思い出し、いや違う、そんなことはないと心の中で否定し頭を振る。
彼の身なりや持ち物を確認した限り親に捨てられたのは本当だろう。ネレスで嫌な目にあったのは裏が取れている。
だからあの少年に裏はないはずだ。
「彼は本当にレベルの上限が1だったのか?」
「カードの登録の際に表示されたものは1でしたので、それは間違いないと思います」
「なるほどな、となれば何か別の要素があるのか、あるいは……」
ギルド長がそこで言葉を切ったことで、受付嬢は広げられていた書類に落としていた視線をギルド長に向ける。
「あるいは?」
「彼がギフトを持っているか、だ」
その言葉を聞いて受付嬢は「なるほど」と少し納得することが出来た。
ギフトとはごく稀に所有しているものが居るくらいに珍しいスキルとは異なる能力だ。スキルとは違い、普通の調べ方では露見することがなく、発見例も少ない。
そしてそのギフトをもって生まれてくる者の中には、極端にレベルの上限が少ない物も居る。そういう者が所有しているギフトは強力な能力であることが多く、少年がそれに該当しているかもしれないという事だ。
「ありそうですね」
「今度機会があれば彼のスキルを確認するという体でギフトの有無を確認する」
「わかりました」
レベルの上限が1とはいえ、レベル1つ分のスキルを獲得することはできる。今はまだスキルを得ていないようだが、採掘者として活動していれば近いうちに適当なスキルを取得するだろう。
「それから、彼の担当は君に任せても大丈夫か? 押し付けるような形になってしまい悪いが」
「問題ありませんけど、私で大丈夫でしょうか」
彼女はこのギルドに所属してからまだそこまで長く勤めてはいない。自分よりも長くこのギルドに努めている受付嬢も居る中で、自分が担当を持つというのは少しだけ不安だった。
「君なら大丈夫だろう。むしろ君に任せた方が他の者よりも安心だ」
「そう言っていただけるのはありがたいです。了解しました」
「ああ、頼む」
ギルド長はその後タイミングを見計らい彼がギフトを持っているかの確認をするよう指示を出して資料庫から去って行った。




