窮地の遭遇
新章1話目ですが、主人公とは別の視点になります。
グニアスのダンジョン崩落事件から4年ほどの月日が流れた。
崩落に巻き込まれた農夫たちは全員見つかったものの残念ながら亡くなり、同じく生き埋めになっていた採掘者のうち1人は未だに行方不明。
これほど時間が経っている以上、生存していることはないと判断されているが、未だにその少年のことを引きずっている者は未だに居た。
ダンジョンの崩壊の影響を受け壊滅的な被害に遭ったグニアスの村は今では大きく発展していた。
ダンジョンが崩落したことでダンジョンそのものが消滅する可能性もあったが、どうにもあの崩落はダンジョンが変質する際に起きた結果だったらしく、1月ほど経過したところで突然新しくダンジョンの入り口が生成された。
採掘者たちがその入り口からダンジョンの調査に向かいその結果、今まで発見されていなかった未知の鉱石を発見。それを持ち帰り研究を重ねた結果、通信技術に応用できる金属になることが分かった。
そしてその結果、今では超長距離の通信技術が生まれ、たった数年のうちに世界の通信技術が飛躍的に向上した。
今では当たり前に近い形でその鉱石が通信機器に使われ、グニアスのダンジョンはその鉱石の一大産地となった。
結果、グニアスは急速に発展し、今では元の光景が想像できないくらいの街並みになった。とはいえ、もともと土地は大きくなかったため、良くて町程度の規模であるが。
未知の鉱石、今はテレパス鉱石と呼ばれるそれを地上に持ち帰り金稼ぎをするため、グニアスのギルドも4年前に比べ非常に活気のある場所へ変わった。
最初のころはその分治安も悪くなっていたが、それも今では採掘者の中で自治が働き落ち着きつつある。
昔からグニアスに所属していた者たちもほとんどがこの場を離れることなく活動し続けているが、一部の者たちは今の環境が合わないと別の場所へ活動拠点を移した者もいた。
採掘者は登録したギルドでしか活動してはならないという制限はない。合わないと思えば別の場所へ移る、それは不思議なことではないのだ。
さて話は変わるが、現在一部の採掘者中で流行っていることがある。
それはテレパス鉱石により可能となったダンジョン内での通信を利用した配信だ。
ダンジョンに潜りながらその光景を動画投稿サイトで配信する。
モンスターが当たり前に居る空間でそのような行動をすることは危険な行為であるが、しかし採掘者ではない者たちにとってダンジョンの中というのは未知の領域だ。
そういった配信は非常に人気を集め、中にはダンジョンで配信すれば平均で数万人が視聴する、そんな状態の採掘者も現れ始めている。
そのような成功例を目指し、ダンジョンの中で配信をしていた少女が一人、不運なことにダンジョン内のトラップに嵌ってしまっていた。
「まずいまずいまずいまずいまずい!」
配信をしながらダンジョンの中を探索し、向かってくるモンスターを倒していたのもつい先ほど。良い感じに物資も手に入れこの辺で配信を終えようと思っていたところで突然の転移トラップ。
一切想定していなかった展開に頭の中が真っ白になってしまった獣人の少女が声を上げ続ける。
「なんであんな所にトラップなんてあるの!?」
〈ランダムトラップだなぁ〉
〈ラムちゃんとりあえず安全確保しないと!〉
〈こうやって採掘者は死んでいくんだよなぁ〉
〈一瞬の不注意、それが命取りになるのがダンジョン〉
〈すぐ救難信号出しなさい!〉
混乱のあまり綿綿と意味のない動きばかりしていた少女が配信に載っていたコメントを読んではっとした表情をする。
「そっか、救難信号! ありがとう!!」
少女はすぐに腰に付けていた救難信号を発するための機械のボタンを押した。
この救難信号を発する機械もテレパス鉱石が見つかったことで生まれ、今ではほとんどの採掘者が身に着けている。これが作られたことでそれ以前に比べダンジョンの中での死亡率が2割ほど減ったという。
この2割という数字を多いとみるか少ないとみるかは人によるだろうが、少なくとも減ったという事実は否定できない。
〈次は安全確保よ〉
〈どの階層に飛ばされたんだろうか〉
〈飛ばされるよりも上の階層に飛んでたらラッキーなんだけど〉
〈そんな運のいいこと中々ないぞ〉
〈転移トラップって基本下の階層に飛ばされるらしい〉
「えっとえっと」
とりあえず救難信号を飛ばし、先ほどよりも落ち着いた様子の少女は隠れられるような場所があるか周囲を見渡した。
しかし、周囲はただの荒野と呼べるエリアで隠れられるような場所はほとんどなかった。
「痛っ」
とりあえず近くの岩陰に入ろうと立ち上がったところで少女は不意に足に痛みを覚えた。
少女は恐る恐る自分の痛みを覚えた足を確認する。幸い折れているという状態ではなさそうだが、痛みを覚えたということは怪我を負ったのは間違いなかった。
〈ラムち怪我したのか!?〉
〈ここで怪我はまずいぞ!〉
〈グニアスの荒野って深層なんじゃ・・・〉
〈え、それマジ?〉
〈徐々に環境が荒くなっていくのがグニアスの特徴だから、荒野まで行っているとなると〉
〈いや、この感じの荒野ならギリ下層って感じな気はするが〉
配信を見ている視聴者たちの中では最悪のケースが思い浮かんでいた。
実力に見合わない階層に行った採掘者がどうなるかなんて、ダンジョンの知識が乏しい物でもわかる。
少女も視聴者たちのコメントを見て自身がどうなるのかを想像してしまったらしく、顔を青くし次第に体が震え始めた。
「いや、まだ助けが先に来るかもしれないし、諦めちゃだめだ」
少女はそう自分に言い聞かせるように言うと、持っていた鞄の中からいくつか道具を取り出し、少しでも自分の生きる道を探そうとした。
〈そうだ。諦めたらそこで試合、いや人生終了だからな!〉
〈こういう時にネタ使ってコメすんなよ〉
〈コメで喧嘩するな〉
〈あ〉
〈やべ〉
地響きが近づいてくる。
少女が気づくよりも早く、画面越しで見ていた視聴者がその絶望を連れて来た存在に気づいた。
「え」
視聴者から少し遅れ、少女もその存在に気づいた。
少女の少し先、そこには優に5メートルは超えるような巨体。1つ目の巨人が存在していた。
さらにそのサイクロプスと呼ばれる巨大なモンスターはすでに少女の存在を補足している様子で、ゆっくりとしかし確実に少女の元へ向かってきていた。
「嘘でしょ」
少女の口から言葉が漏れる。
救難信号を飛ばしたのはつい先ほど。これほど早く救助が来るとは考えられない。
絶望の状況。
見つかっていなければまだ生きる道はあった。しかし、すでに見つかっている。ダンジョンの中のモンスターがすでに補足している採掘者を見逃すということはありえない。
〈ラムち少しでも遠くに逃げろ! 時間を稼ぐんだ!〉
〈これが事故配信ってやつか〉
〈最悪のパターン引いちゃったのか〉
〈ラムち……〉
視聴者が流すコメントも諦めが混じり始める。
「来ないで!」
必死にサイクロプスと距離を取ろうと痛む脚を無理やり動かしながら少女は叫ぶ。
しかしモンスターに言葉が通じるわけもない。さらにサイクロプスは動きが愚鈍ではあるがその巨体ゆえに1歩のサイズが大きい。
痛みからろくに走れない少女よりも、サイクロプスが少女に近づいてくる速度の方が早く徐々に少女との距離が縮まっていく。
そして少女はとうとうサイクロプスの攻撃範囲に入ってしまった。
「あ」
振り上げられたサイクロプスの巨大な腕を見上げて少女は自分の最後を悟ってしまった。
このままあの拳に潰されて自分は死ぬ。その光景が易々と想像でき少女はそこで全てを諦めた。諦めてしまった。
「ブオオオオォォオオオッ!!」
サイクロプスが低く叫びながら少女に向かって拳を振り下ろす。
少女はその拳を視界に写しながら最後の瞬間を――
「おっと危ない」
ふと人の声が聞こえた。
それと同時に目の前に映っていたサイクロプスの拳が視界から消える。
すでに死を受け入れていた少女はその光景をすぐに理解できなかった。
少女の目の前で、直前まで自分を殺そうとしていたサイクロプスが何者かに滅多打ちにされている光景が繰り広げられている。
「え?」
5メートルもの巨体が宙を舞う。
信じられない光景に少女の口から声が漏れた。
本当に一方的だった。先ほどまで死の象徴だったサイクロプスが弱いモンスターの様にボコボコにされている。
自分を助けてくれた存在は未だ補足出来ていないながらも、これなら助かると確信できるくらいに、少女はその光景を見て安堵していた。
〈間に合った!?〉
〈いやサイクロプス一方的に殴れるってどれだけ強いんだよ〉
〈殴られて? 宙に舞うサイクロプスとかなかなか見ない光景〉
〈ラムチ助かった!?〉
〈寸でで間に合ったのか。よかった〉
目の前で繰り広げられている光景を見ながら視聴者たちも安堵のコメントを流す。
そしてそう時間もかからないうちにサイクロプスは動かぬ屍に変わり果てた。
「よかった。間に合ったぽいね」
今までサイクロプスと闘っていた存在が少女の元に駆け付け、そう言葉を投げかけた。
「あ、はい」
思いのほか軽い言葉に少女は戸惑った。
あれだけ巨体のモンスターと戦っていたにも関わらず、その人は一切息が上がっていなかった。本当に弱いモンスターと戦って勝ったくらいの様子に少女だけでなく視聴者たちも驚きを隠せないでいた。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「悲鳴が聞こえてきて急いで来たけど、間に合って本当によかった。怪我はない?」
恐怖からへたり込んでしまっていた少女の視線に合わせるように、その採掘者は腰を屈め少女の様子を聞いてくる。
その様子と状況から、少女は目の前の存在にときめいた。
「お姉さま」
これで男だったら恋心を抱いていてもおかしくはなかった。しかし、目の前にいるのは見る限り女性だ。そのため、少女は衝動的に目の前の女性をそう呼ぶことにしたのだ。
「え?」
突然出たその言葉にその採掘者は驚きの声を上げる。
怪我の有無を聞いて帰って来た言葉がそれなのだ。驚くのも無理はない。
「あ、えっと。ここに飛ばされた時に足を少し挫いてしまったくらいです」
「なるほど。それとごめん。ちょっと勘違いされているみたいだから訂正しておくね」
「はい?」
突然の訂正の申し出に少女は首を傾げる。
「俺、こんな形だけど男です」
「え?」
目の前の存在から出たその訂正の言葉に少女はすぐ理解できずそう言葉を漏らす事しかできなかった。




