閑話 ダンジョンの崩壊とギルドの騒乱
昼過ぎ、代わる代わる取っていたギルドの休憩時間が終わりに近づいて来たころ、それは突然起こった。
「うおっ!?」
「なんだ!?」
ギルドの中で待機していた採掘者もギルド職員も、突然直下から来た衝撃に驚きの声を上げる。
受付業務に使っていた書類だけでなく、裏の作業スペースに置かれた物も建物が激しく揺すられたような衝撃を受けて床に散らばる。
あまりの揺れにほとんどの者がまともな言葉を出すことがかなわない状況の中、ギルド長であるジェイクが受付の裏からどうにか這い出てくるとギルドの中にいた者たちに指示を出す。
「建物の中に居る者は、動けるようになり次第すぐ外に出ろ! これほどの揺れだといつ建物が崩壊してもおかしくないぞ」
もともとギルドは地震の影響を考慮して建てられた物ではない。故に強い揺れを受けた時にその衝撃を受けきれず崩壊する恐れがあった。
さらにこれはギルドの建物に限った話ではない。近隣に立っている住居なども地震のことなど考慮しているわけもなく、おそらくこの揺れで倒壊した物もあるだろう。
「それとこの揺れが収まり次第、この場に居る者たちに、くっ。緊急依頼として、周辺の建物の被害状況の調査をするように依頼を出す!」
「りょ、かいです」
「ウイっす…!」
揺れがまだ続いている状態でジェイクはさらに指示を出した。
「ギルド長! 私は先に外の確認をしてきます!」
ギルドの中で唯一、いや、おそらくこの村の中にいる人間の中で唯一揺れの影響を受けていなかったギルド職員のサラがそう声を上げた。
「ああ、頼む!」
サラはレイト―現在はゼロと名乗っている―がギルドに到着した際に対応したギルド職員であり、[浮遊]という非常に珍しいスキルを持った存在である。このスキルゆえ、現在大きな揺れによりほとんどの人が動けなくなっている中で唯一まともに動ける存在だ。
サラはジェイクの返事を聞いてすぐにギルドの外へ出た。
建物の中から出るとすぐに、建物が倒壊した時に巻き込まれないよう、さらに村の状況が確認できるよう、サラは上空へ移動する。
サラが村の状況を確認すればすでに何軒かすでに倒壊してしまっている建物が目に入って来た。
あれだけ強い揺れだ、建物の倒壊は想定していた被害の内容である。しかし、さらに周囲を見渡したサラの視界に信じられない光景が飛び込んできた。
「嘘…でしょ?」
見下ろした今まで見慣れていた光景はどこにもなく、視界の大半が高い砂煙に覆われ、地面は見たことがないほど沈み、生えていた木やそこに在った農地は跡形もなく消失していた。
揺れが完全に収まり、無事だった採掘者たちはギルドの指示に従い被害の全貌の把握、倒壊した建物の下敷きになっている被害者の救助を行っていた。
「被害状況はどうだ」
「村にあった建物は8割方倒壊。残っている物も辛うじて建物の形を保っているだけでいつ倒壊してもおかしくはないです」
ここまで来ると1つのギルドでどうにかできる被害規模ではない。すでに近隣のギルドへ協力を要請しているが、そちらも少なからず被害が出ているようで、救援が来るのはまだ時間がかかりそうだった。
「とりあえず動けるものは広場へ誘導してくれ。まだ形は保っているがギルドもいつ倒壊してもおかしくはない」
「了解です」
ギルドに戻って来た採掘者たちに指示を出すジェイクの後ろで、ギルドの中に置かれている失ってはならない書類などを急いでまとめながら、職員たちがせわしなく動き回っていた。
「地面が崩落した範囲と被害はどうだ?」
「まだよくわかっていません。見た限りではここから南西側の農地が消失している状況です」
上級から被害の全貌を確認してきたサラがジェイクの質問に答えた。
「近づけそうか?」
「崩落した場所の周辺は崖のような状態になっていて、滑落の可能性があるので近づくのは危険だと思います」
「そうか」
サラの報告を聞いてジェイクは苦い顔をした。
崩落した範囲にあったものは一部街道も含まれていたがほとんどが農地だ。その農地で作業していた者はいたはず。すぐに助けに行くべきであるが、近づくのも危険となればそれは叶わない。
「私のスキルに人1人運べるだけの力があれば救助にも行けたんですが、ごめんなさい」
「いや、君は十分役に立っている。謝る必要はない」
残念ながらサラの持っている[浮遊]スキルでは人を運んで浮くだけの力はない。しかし、それでも被害の範囲を特定できるのだ。それだけでも十分な仕事は出来ている。
「とにかく君の出来る範囲で力を貸してくれ」
「わかりました」
そう言って自分から遠ざかっていくサラを見送り、ジェイクは自分がやるべき仕事にとりかかった。
翌日、およそ出来る限りの救助を終え被害の範囲、大きさを把握したギルド職員の中で会議が行われていた。
「農家の方で行方不明になっている方は3名です」
「こちらが想定していたよりも少なかったな」
「たまたま休憩をしていた時間だったこともあり、被害を免れた方が多かったようです」
地震と地面の崩落が起きたのは昼を少し過ぎたことだった。この近辺では作業を中断し休憩をしている物が多い時間だったこともあり、運良く崩落の範囲から逃れた者が多かった。しかし、それでも行方が分かっていない者が出てしまっているのは痛ましいことだ。
「崩落範囲での救助は他から救援が来てからになる。それでギルドとして一番の問題になることについてだが……」
「そうですね」
今回の崩落事件で被害が出たのは農地だけではない。その範囲にはギルドで管理していたダンジョンの入り口があったのだ。
その入り口もサラが確認しにいったところ今回の崩落に巻き込まれ完全に消滅していた。
「ダンジョンの入り口が無くなったことによる被害がどうなるのかはまだわかりません」
「あそこはあまり活発なダンジョンではなかったが」
ダンジョンは存在するだけで管理対象になる。それはダンジョンを放っておくと中で生まれたモンスターが外に溢れ、スタンピードと呼ばれる現象が発生してしまうからだ。
それで活発云々に関しては、ダンジョンの中で生まれるモンスターの数による。
発生数が多ければ活発という判断になる。そしてこのギルドで管理していたダンジョンはそこまでモンスターの発生が活発とは言えない穏やかなダンジョンだった。
「おそらくですが、今回の崩落原因はダンジョンにあるかと思われます」
「だろうな」
今回地面が崩落した範囲の地下にはダンジョンがあり、他に原因となりうる空洞は存在していない。そのため地下にあったダンジョンに何かしらが起き、その結果地上の地面ごと崩落したということだ。
「ダンジョンに関しては今後様子を見るしかできることはない。もしスタンピードが発生するようならギルドに所属している者たちの力を借りればいい」
「そうですね。それで、ギルドに所属していた採掘者の方で被害に遭われた方なのですが、揺れが起きた際に怪我をしたものが数名。建物の倒壊に巻き込まれたものが複数。そしてダンジョン内での生き埋めが3名。こちらは連絡が取れる状況で現状命に別状はないようです。そして地上での行方不明は1名となっています」
その報告を聞いたジェイクが気になった点をすぐに質問した。
「ダンジョンに関しては俺も把握していたが、地上で行方不明になった者がいたのか?」
「はい。最近登録されたゼロという少年です」
「え?」
その名前を聞いたサラが驚きで声を漏らした。
「数日前から南の街道付近でファーラットの巣穴の除去依頼を受けていたようで、あまり考えたくはありませんが地面の崩落に巻き込まれた可能性があります」
「そんな」
小さいながらも頑張っていたゼロの姿を知っていた者たちから悲しみの反応が返ってくる。
「被害に遭っていなかったとして彼が戻って来ない理由はありませんし、南の街道の一部は崩落の範囲に入っています。ほぼこれで確定かと」
「なんつー」
このギルドに登録している採掘者の数はそれほど多くない。そのため、新しく登録したゼロは職員の中でも知られていた。直接のやり取りはなくとも、その身の上を知っていた者も多い。
「残念なことではあるが、私たちが出来るのは彼が生きているのを願うことだけだな」
「そう、ですね」
おおよその位置が分かったとしても、土に呑まれてしまっていては救助も難しい。おそらく救助隊は組まれるだろうが、それで見つかる保証もない。
それが分かっている職員たちは鬱々な気持ちになりながらも、これ以上話し合ってもどうすることもできないとそこで話を切り替え、ダンジョンの中で被害に遭った者たちをどうするか、その話しに移行した。
地下にあったダンジョンの一部が崩落し、地上が大混乱に陥っている中、崩落に巻き込まれなかったダンジョンの中で動く1つの影があった。
「まさか、私が生きている間にこのようなことが起こるとは。なんとも奇縁なもの」
その影は崩落の影響でなだれ込んできた土砂などを見てそう独り言ちる。
その人とほとんど変わりない影の形を持つ存在はその土砂の中にあるものを見つけた。
「おや? まさかこんな場所に人が来るとは。しかしまあ、なんとも危うい状態」
土砂にまみれ、意識もないその人間を見てそれは考えるように顎に触れる。
目の前に人間の命はこのままならそう長くはない。見る限り腕や足はあらぬ方向に向いている上に額からは大量の血が流れている。
おそらく放っておけば数分も待たぬうちに帰らぬ人となるだろう。
「惜しい。ここまで稀有なモノを持っている存在をこの場で失うのは。しかして、オイの腕でどうにかなるか。一つ賭けであるな」
そう言うとそれは目の前の人間に近づき、ざっと周囲の土砂を払いそのままその人間の頭に手をかざした。
ここで一旦区切りとなります。
次話から少し時間が飛びます。




