第3話 初めてのダンジョン
よろしくお願いします
15歳になったレインは、冒険者登録のため、家族と共に領都の冒険者ギルドを訪れていた。
「三男坊が冒険者になりたいと言い出した時は驚いたが……好きにするといい」
父バロウズは苦笑しながらも許可を出した。跡継ぎではないレインが、自分の道を選ぶことに反対する理由はなかった。
「レイン・フォル・アルダーシュです。よろしくお願いします」
ギルドの受付嬢は、目の前の少年の身分証に視線を落とし、それから顔を上げた。
「伯爵家のご子息が、また物好きですね。まずは適性検査からです。こちらの魔法陣に手をかざしてください」
ギルドの奥にある鑑定用の魔法陣に、レインは素直に手を置いた。
その瞬間——
魔法陣が、これまで見たことのない眩い光を放った。ギルド中がざわめく。
「な、なんですかこれ!? 測定不能……いえ、待って、これは……!」
受付嬢が悲鳴に近い声を上げた。表示された数値は、ギルドの記録史上、見たこともない桁のものだった。
「魔力量、規格外A判定超過……いえ、そもそもこの数値、測定機器の限界を超えています……」
ギルド中の視線がレインに集まる。
(……あちゃあ)
レインは内心で頭を抱えた。またやってしまった。しかし今更取り消すこともできない。
「と、とりあえず……新人研修として、初級ダンジョンへの同行をお願いできますか。数値だけでは実戦での動きが分かりませんので」
戸惑いながらも受付嬢が提案し、レインは頷くほかなかった。
⸻
翌日、レインは同じく新人冒険者のパーティー(先輩冒険者2名同行)と共に、領都近郊の「灰色の洞穴」と呼ばれる初級ダンジョンへと足を踏み入れた。
「レイン君だっけ? 初めてのダンジョンは緊張するよな。俺たちが守ってやるから、危なくなったら下がってろよ」
先輩冒険者の一人、剣士のガレンが、余裕の笑みでレインの肩を叩いた。
「はい、ありがとうございます」
レインは殊勝に頷いた。今度こそ目立たず、地味に、後方でサポートに徹しよう——そう心に誓っていた。
ダンジョンの入り口をくぐると、湿った石壁と、遠くから響く水滴の音が出迎えた。松明の灯りが揺れる中、一行は慎重に奥へと進んでいく。
「魔物の反応があるぞ、構えろ!」
前方の暗闇から、ゴブリン三体が姿を現した。緑色の肌に、粗末な棍棒を手にした低級魔物である。
「よし、俺とルーカで前衛を張る! レイン君は後ろで見てろ!」
ガレンともう一人の冒険者ルーカが前に出て、ゴブリンと切り結び始めた。
しかし——
「ギィッ!」
洞穴の奥、松明の届かない暗がりから、明らかにゴブリンとは違う、重々しい足音が近づいてくる。
「な、なんだ……この気配……!?」
現れたのは、体長三メートルはあろうかという巨躯の魔物——オーガだった。本来、初級ダンジョンには決して出現するはずのない、上位種の魔物である。
「まさか、階層のズレか!? くそっ、なんでこんな場所にオーガが……!」
ガレンの顔が青ざめる。オーガの一撃は、新人冒険者の命など容易く刈り取る威力を持っている。
「二人とも、下がって!」
オーガが巨大な棍棒を振り上げ、ガレンに向かって振り下ろす——その刹那。
レインの体が、考えるよりも先に動いていた。
ダン、という重い足音とともに、レインはガレンとオーガの間に割り込んでいた。振り下ろされた棍棒を、レインは片手で、真っ向から受け止める。
「なっ……!?」
ガレンとルーカが目を見開いた。轟音と共に地面が陥没し、周囲に土煙が舞い上がる。
だが、レインは微動だにしていなかった。
(……この程度、か)
レインの脳裏に、前世の記憶が鮮明に蘇っていた。かつて自分が率いた軍勢の中には、このオーガの百倍は強い魔族が幾らでもいた。目の前の魔物は、いわば赤子同然の存在だった。
「ギ、ギャアッ!?」
オーガが驚愕の声を上げ、棍棒を引き戻そうとする。しかしレインはその棍棒を掴んだまま離さない。
「悪いけど……ここで大人しくしてもらうよ」
レインは静かに呟くと、握った棍棒ごとオーガの体を軽く持ち上げ——そのまま地面へと叩きつけた。轟音と共に、洞穴全体が揺れる。
一撃で、オーガは白目を剥いて絶命していた。
洞穴の中に、沈黙が落ちた。ガレンとルーカは、口をぽかんと開けたまま、レインを見つめている。
「あ、あの……大丈夫でしたか?」
レインが振り返ると、二人は弾かれたように我に返った。
「だ、大丈夫かって……レイン君、君こそ大丈夫なのか!? 今の、オーガだぞ!? 素手で棍棒受け止めて、地面に叩きつけたって……!」
「え、あ、その……つい、体が動いてしまって」
しどろもどろに言い訳するレインだったが、既に手遅れだった。
「つい、って……」
ガレンは震える声で笑い出した。
「はは……こいつはとんでもねぇ新人が来たもんだ。ギルドに報告したら、絶対に大騒ぎになるぞ」
「そ、そんな、大げさな話じゃ……」
「大げさじゃねえよ! 俺たちCランクパーティーでも、オーガと当たったら逃げの一手が正解なんだからな! それを新人が素手で一撃だぞ!?」
レインは内心で頭を抱えた。
(またやってしまった……。目立たないようにって、あれほど心に決めていたのに)
だが同時に、心のどこかで——ガレンとルーカが自分を見る、あの畏敬と感謝の入り混じった眼差しに、悪くない感情を抱いている自分にも気づいていた。
(前世では、恐れられこそすれ、こんな風に……感謝されたことなんて、なかったな)
洞穴の奥にはまだ、ダンジョンの深部へと続く道が延びている。レインの冒険者としての第一歩は、こうして盛大に、そして本人の意思とは裏腹に、鮮烈な幕開けを迎えたのだった。
ギルドへの帰路、ガレンは興奮冷めやらぬ様子で呟いた。
「なあレイン君、君、絶対すぐにランク上がるぞ。もしかしたら、ここ十年で一番の逸材かもしれん」
「そんな、大げさですよ……」
レインは苦笑いを浮かべながらも、遠い目で空を見上げた。18歳でSランクへ——それはまだ遠い未来の話に思えたが、この調子ではどうやら、思っていたよりずっと早く辿り着いてしまいそうだった。
そしてこの日レインが見せた「片手でオーガを制圧する」姿は、洞穴に居合わせた他の冒険者たちの目にも焼き付き、後に「アルダーシュの怪物」という二つ名で、ギルド内に広まっていくことになる
よろしくお願いします




