第1話「規格外の赤子」
よろしくお願いします
「オギャア!! オギャアアアア!!」
辺境の地、アルダーシュ伯爵領。その屋敷の一室に、けたたましい産声が響き渡った。
「男の子です、旦那様!」
産婆の声に、当主バロウズ・フォル・アルダーシュは安堵の息を吐いた。三男の誕生である。跡継ぎではないから、気楽な話ではあった。
「レインと名付けよう」
生まれたばかりの赤子——レイン・フォル・アルダーシュの中に眠るのは、三百年の記憶を持つ元魔王・ヴァルガイムの魂だった。
もっとも、赤子である今は、その記憶も力もまだ深い眠りの底にある。ただ、時折——
「うおっ!? この子、握力強すぎませんか!?」
乳母の指を、赤子のレインが無邪気に握った瞬間、乳母は悲鳴を上げた。指の骨が軋む音がしたのだ。
(……力の一部が、もう漏れ出しているのか)
生後半年、まだ言葉も話せないレインの意識の奥底で、微睡んでいたヴァルガイムの自我がわずかに顔を出していた。ただの赤子としての本能に紛れ、断片的な前世の記憶が明滅する。
そして5歳になる頃には——
「レイン様、また薪割りを一人でやってしまわれたのですか……」
屋敷のメイド、ミレイユが目を丸くして呟いた。庭に山と積まれた、綺麗に割られた薪の束。それを、5歳の子供が涼しい顔でやってのけたというのだ。
「うん! お手伝いしたくて」
無邪気に笑うレインを前に、ミレイユは頬を引きつらせた。この屋敷の力自慢の下男が、丸一日かけてようやく終わらせる量である。
(この子……いったい何者なのかしら)
ミレイユは深く考えないことにした。彼女はまだ知らない。この愛らしい少年の魂の奥底に、かつて大陸を震撼させた魔王の記憶が眠っていることを。
⸻
夜、レインは自室のベッドで一人、天井を見つめていた。
(……また、あの夢を見た)
炎に包まれた戦場、玉座の間、そして自分の胸を貫く聖剣。その記憶は、断片的ながら日に日に鮮明さを増していた。
(俺は……前世で、魔王だったのか)
最初は信じられなかった。だが薪割りの一件のように、体が覚えている「力」の存在は、否定しようがなかった。
(平穏に生きたい。目立たず、家族と穏やかに……そう思っていたのに)
レインは小さくため息をついた。三男という気楽な立場に生まれたのは、ある意味幸運だったと言える。跡継ぎのプレッシャーもなく、好きに生きられる。
(せめて、この力は隠しておこう。目立つことは、ろくなことにならない)
そう心に決めたレインだったが——彼はまだ知らなかった。この決意が、これから何度も、そして盛大に裏切られることになることを。
よろしくお願いします




