プロローグ 魔王、死す
よろしくお願いします
世界を炎で二度塗り替え、大陸の半分を支配した魔王ヴァルガイムは、玉座の間で膝をついていた。
胸には聖剣が深々と突き刺さっている。目の前に立つのは、忌々しいほどまっすぐな瞳をした勇者と、その仲間たち。
「……大したものだ、小僧」
血の混じった声で、ヴァルガイムは笑った。悔しさよりも、奇妙な清々しさの方が勝っていた。三百年生きて、これほど純粋に「敗北」を味わったのは初めてだったからだ。
「お前の理念は立派だった。だが……」
ヴァルガイムは、玉座の間の奥、影の中に控える四天王の一人、ゾルアークに目をやった。片膝をつき、頭を垂れるその姿は、忠実な臣下そのものに見えた。
(あの目……信用ならんな)
胸に去来した違和感を言葉にする間もなく、視界が白く染まっていく。
「終わりだ」
勇者が静かに告げ、ヴァルガイムの意識は闇に溶けた。
⸻
気がつくと、ヴァルガイムは何もない白い空間に立っていた。
「よう、魔王くん。えらく派手にやられたな」
軽薄な声に振り向くと、そこには人間とも精霊ともつかない、飄々とした青年の姿があった。目だけが、この世のものではない深い光を湛えている。
「……貴様、神か」
「まあ、そんなようなもんだ。管理者、って呼んでもらってもいい」
神(と名乗った青年)は、ヴァルガイムの前に一枚の羊皮紙のようなものを広げた。そこには彼の三百年の生涯——支配と戦争、そして時折見せた、部下への不器用な情の記録が刻まれていた。
「お前さ、実はけっこう悪くない魔王だったんだよ。弱者を無闇に嬴なぶったりはしなかったし、配下の面倒見も良かった。ただ、選んだ手段が絶望的に下手くそだった。それだけだ」
「……何が言いたい」
「もう一回、やり直してみるか?」
神はにやりと笑った。
「今度は人間として生まれ変わる。前世の力と記憶は……まあ、全部とはいかないが、大部分は魂の奥底に眠らせておいてやる。時期が来れば自然と目覚めるだろう。ただし条件が一つ」
「条件?」
「お前の名を騙って、今まさに好き放題やらかしてる馬鹿がいる。ゾルアークとかいう、お前の元部下だ。人間だろうが魔族だろうが、弱い者から嬲り殺しにする外道に成り下がってる。……正直、俺としても目に余る」
ヴァルガイムの脳裏に、玉座の間で見た影の中の男の顔が蘇った。あの、忠実に見えて底の知れない目。
「あいつが……」
「お前が積み上げてきたものを、あいつは踏みにじってる。まあ、それを止めるかどうかはお前次第だ。強制はしない。何せ次のお前は、ただの人間の赤ん坊だからな」
神は肩をすくめた。
「ただし言っとくが、魔王ヴァルガイムとしての『格』は、そう簡単に消えるもんじゃない。せいぜい、平穏な人生を送りたいなら気をつけることだな。……まあ無理だろうけど」
「どういう意味だ」
「行けば分かるさ。じゃあな、元魔王くん。次の人生、せいぜい楽しめよ」
神が指を鳴らした瞬間、視界が眩い光に包まれ、ヴァルガイムの意識はどこまでも落ちていった。
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