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Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃
第二話

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22/23

0022

 見上げた先に佇む淑女の絵画は、まるで時を切り取ったかのように鮮やかだった。朽ちた絵の中に在りながら、その美貌は損なわれる事が無い。

 そうしてかつての侯爵夫人の姿を目に焼き付け、レヴィは無意識に口の端を釣り上げていた。


 この手で、あの無垢な少女を育て上げたらどうなるのか⋯。

 貴族女性としての立ち居振る舞いを教え、読み書き以上の教養を与え、彼女にだけ扱える特別な魔法を授ければ⋯。

 あらゆる障害によって潰えかけたこの家の再興すらも叶えてやれるのではと、レヴィは考え至る。

 それは神を冠する存在としては、行き過ぎた干渉に相当するかもしれない。

 けれどただの水竜としてならば、咎を受ける事も無いだろう。


『でもね、侯爵家は潰えなかった。希望を捨てる事無く抗い続け、辛うじて持ち堪えたんだ』


 無垢な少女の未来を夢想するレヴィの耳にその音が届いたのは、それからすぐの事。

「……誰か、居るの?」

 この屋敷が無人ではない事は、魔力の気配から知っていた。姿を不可視としていても、気配に敏い者であれば気付かれるだろうという事も、最初から想定の内だ。

 瞬時に警戒し、声が聞こえた方へと視線を向ける。階段を上り切った先、二階の廊下から響いてくる小さな声は、少しだけ高いが男のものだった。

 だがレヴィが抱く警戒心とは裏腹に、酷く緩慢な足音からは歩みの遅さを感じる。


『どうにか病の鎮圧を成し、滅亡を逃れたはずの侯爵家は、シエンツァ伯爵家にとってはとどめを刺す絶好の状態だった。彼らは病で弱ったクラルス侯爵家を、金で雇い集めた無法者に襲撃させた…』


 息を潜め、レヴィはゆっくりと近付いてくる足音の主が現れるのを、金の瞳を細めて待ち続けた。

 汚れた壁に手を着きながら、その男はようやく姿を見せる。けれどレヴィは、金の瞳を見開きその場に固まってしまう。


『クラルス家の魔道士達は、シエンツァが放った襲撃者によって次々と惨殺されていった。それでも大人達によって隠し通され、生きながらえた者が居る。その子の名は……──』


 赤褐色の髪を揺らし、よろめきながら現れた一人の少年と思しき風貌の男。けれどその瞳はアリアと同じ蒼色をしていながら、酷く濁っているのが分かる。

「……すごく綺麗な、優しい魔力の感じがする…。ねぇ、そこに、誰か居るんでしょう?」

 控えめに発せられた問いの後、彼は激しく咳込んだ。口元を拭おうと懐から出した布を取り落とし、だが少年の目は布には向かない。

 一連の行動は、レヴィにその事実を悟らせる。

「………見えていないのか?」

 姿を隠しておきながら声を出すなど、それこそ愚行でしかない。しかしレヴィは、現れた少年を放ってはおけなかった。

 足音を立てないよう慎重に階段を上り、少年の前へと向かう。不可視であるはずのレヴィを追うように動く少年の顔は、アリアに似た雰囲気を纏っているが、アリアとは比べ物にならないほどの衰弱の色が滲み、襟元は赤黒く汚れていた。

「…ヴァレリオ、だな?」

 アールから聞かされた名を呼べば、少年は顔を上げて怯えた表情を浮かべる。

「そう、だけど……あの、貴方は?」

 肯定の言葉を聞いたレヴィは、不可視の魔法をあえて解除した。だがやはり少年の瞳は動かず、その姿を捉えてはいない。

「案ずるな。伯爵の手の者ではない」

 穏やかな声で返せば、少年は安堵したように表情を綻ばせる。粗い呼吸を落ち着かせ軽く息を吐いてから、ヴァレリオは壁に凭れ掛かりながらゆっくりと、取り落とした赤く染まる布の傍らに座り込んでいった。


『ヴァレリオ。本来なら侯爵家の跡取りとなる嫡男なんだけどね…母親から受け継いでしまった重い肺の病と、流行り病の高熱⋯⋯重なる不運によって光を失った少年が、今もまだ、あの屋敷のどこかで生きているはずだよ』


 何故、荒廃した屋敷にヴァレリオが一人で残っているのか。その理由を問う前にレヴィは膝を着き、座り込んだ少年へと手を伸ばす。衰弱した細い身体へ触れると同時に神の【眼】で容態を診て、金の瞳を悔し気に細めた。

「他の侯爵家の人間は、どこかへ逃げたのか?」

 普段と変わらない口調で問い掛けても、ヴァレリオは怯えもせず虚空を見つめたまま、ゆっくりと首を横に振る。

「みんな…僕を守るために………」

「………そうか」

 壁に寄り掛かっている痩せ細った少年を、レヴィは自身へと凭れさせた。触れた手から魔力を注ぎ、無駄だと分かっていながら癒しの魔法を掛けていく。

「みんなは、静かになったら…屋敷から逃げなさいって言ってくれたんだ。でも、どうしても離れたくなくて…」

 弱々しい声は、淡々と現実に起きた出来事を語っていく。自身の身に降り掛かった災難さえもどこか他人事のように話す様は、まるでアリアのよう。

「時々ね…会いにきてくれる女の子が、いたんだ…」

 力なくレヴィに凭れたまま、ヴァレリオはどこか嬉しそうに表情を緩め、尊き思い出を振り返るように呟く。

「目も見えない僕のために、パンを届けてくれたんだ。可愛らしい声の女の子でね⋯。あの子に会えなくなっちゃう⋯そう思ったら、ここから離れられなくなっちゃったんだ⋯」

 自嘲気味に話すヴァレリオの言葉を聞き、レヴィは衰弱した身体を支える手に僅かな力を込めた。


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