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Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃
第二話

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19/23

0019

「ようやく落ち着いたか⋯」

 冷めた言葉とは裏腹に安堵の滲む声で呟きながら、レヴィは眠りに落ちたアリアの髪を撫で続ける。柔らかく手触りの良い緋色の髪に指先を通し、弄ぶように小さく動かした。

 仄かな心境の変化を自覚しないまま、不器用な竜は少女の温もりへと身を擦り寄せ、ゆっくりと金の瞳を閉じていく。


 このまま眠ってしまっても構わないと思った。だがやらなければならない事がある⋯そう心を奮い立たせ、一度だけ優しくアリアの身体を抱きしめてから、名残惜しそうに手を、そして身を離す。少女の安息を妨げてしまわないよう、レヴィはゆっくりとベッドから降りていった。

 そのままベッドから離れ、レヴィは軽く右手を翳し魔力を寄り集める。宙に形成された蒼白い輝きを放つ魔法陣は、瞬時に人と変わらない大きさまで広がった。

「⋯来い」

 小さな声で告げられた命令。その一言に応じて、魔法陣からは小型の白い竜が姿を表す。

 その大きさはアリアの身長と同程度。見た目はレヴィと似た、白銀の鱗と蒼い角を持つれっきとした水竜。

 小さな翼を羽ばたかせる竜は、楽しそうに宙を飛び回る。けれど幼子のように丸い金の瞳を何度も瞬かせて、召喚主であるレヴィを見上げていた。

「久しぶりにお前を喚んだな⋯」

 魔法陣を霧散させてからその手を伸ばせば、現れた白い小竜はレヴィの手のひらへ嬉しそうに頭を擦り寄せた。

「⋯⋯お前に頼みたい。私がここを離れる間⋯彼女を守れ」

 レヴィは言いながら、ベッドで眠るアリアへと視線を向ける。すると白い小竜も同じ場所を視認し、対象をじっと見つめた。

「出来るな⋯?」

 確かめるように、だが有無を言わさぬ強さを含む声で問えば、喚び出された白い竜はこくりと頷き、静かにアリアの側へと飛んでいく。

 二枚の小さな翼を畳み、アリアが眠るベッドの上で、少女へと寄り添うように身体を丸める小さな竜。その光景を見て、安堵するようにレヴィは微笑んだ。

 召喚したのは、水の竜神であるレヴィの眷属。アリアの体格に合わせて幼い個体を呼び出したが、即座に寄り添う姿を目の当たりにして正解だったと悟る。

 彼女が目を覚ました時、誰も居なければ不安にさせてしまうだろう。だが仮にレヴィ自身の帰還が遅れても、本来の竜の姿を縮めたような小竜が傍にいれば、護衛以上の役割を果たしてくれる。

 それほど長く空けるつもりはない。だかレヴィが向かおうとする先は、よく『面倒な奴』もやって来る。無駄に時間を取られる可能性を否定し切れなかったからだ。

 左手を伸ばし、再び魔法陣を生み出す。召喚とは異なる紋様の蒼い光を床へと置き、レヴィは一歩を踏み出して魔法陣の輝きの中へと身を滑らせた。

「アリアを、頼んだぞ⋯」

 魔力の放出を極限まで抑えるために使用したのは、魔法陣設置による転移。魔道士でもあるアリアならば、膨大すぎる魔力を使えばその波動で目を覚ましかねない。

「⋯キュウ」

 まだ人の言葉を話さない幼き竜は、転移魔法によって消えていく主の命へと応えるように、小さく鳴いた。


***


「おやぁ、珍しい事もあるものだね?」

 穏やかだが軽い声で、わざとらしく驚きの一言を口にする、レヴィにとっての古き同法。

「⋯つい先日も来ただろう」

 アリアが眠る部屋から転移し訪れたのは、啓示を司る風の竜神アールの居城。

 長い碧色の髪を垂らし、竜神の証である金の瞳を持つアールは、居室の片隅に置かれているソファで寛ぎ、無遠慮に踏み込むレヴィへと尋ねる。

「君が僕のところに来るなんて、そんなに『知りたい事』でもあるのかい?」

 本題を告げずとも、この竜は全てを『視』ている。

 地上に吹く風の全てが、アールの手の内。知らない事など皆無に等しい。その事実と能力を把握しているからこそ、レヴィはアールが住まうこの天空宮殿へとやって来た。

「人を探している」

「うわぁ、本当に珍しい⋯」

 どうせ知っている癖に⋯言っても無駄だと分かるからこそ、レヴィは敢えて反論しない。

「戯言はいい。何処にいるか教えろ」

 寝転がるような体勢だったアールは気怠げに起き上がり、だが真っ直ぐにレヴィを見つめて、穏やかな金の瞳を少しだけ細めた。

「⋯⋯探しても無駄だよ」

 それほど期待していた訳ではない。けれど世界のどこかで生きているのなら、会わせてやりたいと考えていた。

「殺したのは、誰だ⋯?」

 沸き起こるのは落胆以上の怒り。あの無垢な少女から『在るはずだった幸福』を奪った何者かを、この手で消し去らなければ収まりそうになかった。

「⋯レヴィ、落ち着きなよ?」

 ついにソファから立ち上がったアールは、鋭い眼差しを向けている古き友を宥める。

「あの少女の母親、だろう?誰にも殺されちゃいないんだよ⋯⋯」

「⋯⋯何?」

 少しだけ高い位置にあるレヴィの瞳を見上げるアールは、すぐにその視線を遠く、地上の彼方で生を謳歌する人間全てへと向けられた。

「あの少女の母親も然り。人間はね、奪われるだけじゃなく、終わっていく生き物だ。無限に近い命を持つ僕らとは違ってね⋯」

 回りくどい言い方で告げるアールの言葉は、レヴィに答えを与えていた。


 アリアの、母親に会いたいという願いは、二度と叶う事はない。

 それが天命だったかのように、他者から奪われた訳ではなく、既にその生を終えたのだと。

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