表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Desiderium~竜と神のヴェスティギア 千年の悔恨~  作者: 絢乃
第二話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/22

0018

 厚みがある訳でもない扉の向こうからは、無邪気な笑い声と、水の跳ねる音が時折聞こえてきた。心の底から風呂を楽しんでいるのだと分かり、待っているだけのレヴィは表情を緩める。

「本当に、子供のようだな⋯」

 事実として、彼女はまだ子供なのかもしれない⋯外見や境遇から年齢を推測しつつも、これは出てくるまでしばらく掛かりそうだと、椅子に座ったまま僅かに覚悟を決める。


 それからし少しの時が経った頃。

 扉の向こうから断続的に聞こえてきた声と水の音は止まり、程なくして扉は開いた。

「随分とはしゃいでいたようだな?」

 白いガウンを身に纏い、濡れた髪を肩から垂らすあまりにも無防備な姿で、アリアは浴室から出てきた。

 瞬間的に、レヴィは視線を逸らしてしまう。

「えっ?うん⋯待たせちゃった、よね?」

 手に持っているタオルで雑に髪を拭きながら、レヴィの元へと近付いてきた。

「大して待ってはいない。それよりも⋯──」

「⋯⋯え?」

 微かに狼狽えながらもレヴィは椅子から立ち上がり、しっとりと濡れた緋色の髪へ手を伸ばす。ごく僅かな魔力を指先に込めて撫でるように掬い取り、ゆっくりと毛先へ滑らせていった。

「⋯⋯えっ、うそ?乾いてる?」

 水分を含み重く纏まっていた長い髪は、既にさらさらと流れる柔らかさを取り戻していた。

「⋯濡れたままでは、冷えるだろう?」

 静かな声で囁き、触れていた髪から手を離す。蒼い瞳を大きく見開いたアリアは、レヴィを見上げて何度も瞬きを繰り返していた。

「魔法⋯?」

 好奇心に満ちた声で、アリアはレヴィへと尋ねる。

「近いだろうが、魔法と呼ぶほどのものではない」

 水竜であるレヴィにとって、アリアに見せた力はそれこそ呼吸と同じ感覚で扱えるもの。言葉にして伝えるのは逆に難しく、少しだけ困惑の表情を浮かべていた。

「⋯⋯私にも、できるかな?」

 そしてアリアは、瞳をきらきらと輝かせてレヴィを見上げる。期待と探究心に満ち溢れた眼差しを受けて、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて返した。

「さぁ、どうだろうな?」

 するとアリアは、僅かに頬を膨らませて不満を露わにする。

「んもうっ!教えてくれる気、無いでしょう?」

 初めて見る、アリアの少しだけ怒った表情。だがそれさえもレヴィにとっては『可愛らしい』ものにしか見えていない。

「そんな事はない」

 否定しながらもアリアの肩に手を置き、上体を屈ませると至近距離で少女の顔を覗き込んだ。

「教えてやってもいい。ただし⋯⋯──」

「⋯わっ!」

 直後、屈んだ体勢からそのまま強引にアリアの小さな身体を抱き上げ、ゆっくりと歩きながら告げた。

「まずは、きちんと身体を休めてからだ」

 すぐにもベッドへと辿り着き、両腕で抱えていたアリアをそっと下ろしていく。

 やはり上質な寝具を揃えていたようで、重さすら感じない少女の小さな身体はベッドの上で軽く沈み、優しく彼女の体重を受け止めていた。

「うわぁ~⋯柔らかいっ!」

 風呂の時と同様に感激の声を上げるアリアを見下ろし、レヴィは微笑んだままベッドの端に座る。手触りの良いブランケットを捲り上げ、敷かれているマットをトントンと叩き視線を向ければ、意図に気付いたアリアがそそくさと中へ入っていく。

「⋯さらさらしてて、柔らかくて⋯ベッドって、凄いのね?」

「そうだな⋯」


 彼女にとって、これもまた初めての経験だろう。

 どこかの街で見掛けた、親が子を寝かし付ける光景。古い記憶を思い出しながら、横になった小さな身体へ厚手の布をそっと掛ける。そのままレヴィは手を伸ばして、アリアの頭を撫でた。

「疲れているだろう、ゆっくり眠るといい」

「レヴィ⋯は?」

「言っただろう。私を人間と同じに考えなくて良いと」

「でも⋯⋯⋯」

 髪を梳くようにそっと頭を撫で続けていると、アリアは少しずつ目を閉じ始めた。

「眠たくなったのなら、我慢するな」

 穏やかな声で囁けば、睡魔が訪れたのか瞼を閉じては開きを繰り返している。

 もう放っておいても、きっとこのまま眠りにつくだろう。そう確信してベッドから立ち上がろうとした時、白いローブの袖が僅かに引かれて、レヴィは動きを止めた。

「……アリア?」

 うっすらと開けている蒼い瞳は、真っ直ぐにレヴィを見上げている。

「……あの、ね」

「ん⋯?」

 眠気に抗いながらも、アリアは口を開こうとした。何かを伝えたがっていると気付き、レヴィは身を低めてすぐ側からアリアを見下ろす。

「⋯⋯昔、ね⋯本で、読んだ事があるの」

「どんな内容だ⋯?」

 ぽつりぽつりと、零すように呟かれる言葉は、微睡みの中で吐露される少女の願いそのもののようだった。

「⋯⋯お母さんは、ね⋯こうやって、頭を撫でながら⋯添い寝?を、してくれるんだって⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 アリアを見つめたまま、レヴィはその場で固まっていた。

 この娘は、一体何を言っているのか⋯。

「あったかくって⋯⋯嬉しくなるんだって⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 少女が何を求めているのかを察したレヴィは、軽く息を吐いてから、無言のままベッドの上へと身体を横たえていく。

「⋯⋯レヴィ?」

 ブランケットを捲って、アリアが望む通り彼女の隣へと寄り添う。細く小さな身体をそっと引き寄せ、その手で再び緋色の髪を軽く撫でた。

「眠るまでは、こうしていてやる⋯」

 低い声でゆっくりと囁き、何度も髪を撫で続けた。

 それまでよりも穏やかに、嬉しそうに表情を綻ばせるアリアは、ぴたりと寄り添うレヴィへと凭れ掛かり、蒼い瞳を閉じていく。

「あったかい⋯⋯」

 その一言を最後に、アリアの意識は沈み静かな寝息を立て始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ