失われた記憶 26
「おっ、懐かしい曲ですね」
板さんが軍艦マーチに食いついた。
「という事は、お客さん、これですかい?」
板さんは右手で何かを握って回す仕草をする。パチンコの仕草だろう。
「そうよ。めっちゃ出たから、祝勝会よ」
「そうか、それでお大尽ってわけですかい。それならあっしも腕によりをかけねーとですな」
板さんは、腕まくりの仕草をする。なんか梅さんみたいだ。顎は進化してないけど。どうでもいいけど一人称が『あっし』の人とは初めて遭遇した。『あちき』と自分を呼ぶ女の人はまだない。物語の中にしか存在しないと思ってたから新鮮だ。もしかしたら、寿司職人用語なのかもしれない。それ用のテキストがあるなら読んでみたいものだ。
カニ味噌軍艦、ウニ軍艦に続いたのはイクラ軍艦だ。
「へいっ、じゃんじゃんバリバリ、イクラ軍艦、玉増量でさぁ」
おお、山盛りイクラだ。当然キュウリはのってない。味はついてるそうなので、手にとっていただく。うん、美味い。何がいいかって、ウニもだったけど、ありがちな苦味やエグ味がない。
「大将、これおかわりできますか?」
「あいよ」
すぐにイクラ軍艦がエルの前に出てくる。僕より食べてるけど、僕はお酒のんでるからな。
「昔のパチンコ屋には、こんなドル箱が並んでたのに、今はもうないのよね」
「お嬢ちゃん、あっしも昔の方が良かった口ですわ。背中に積んだドル箱、玉の計量の時のジャラジャラ。昔は勝った感がハンパなかったですからねー。って、嬢ちゃん、わけーのに、なんでそんな事しってるんですかい? 人生何週目なんですかい」
板さんの言葉の人生何週目って言葉が頭に残る。エルの知識は偏ってる。もしかして過去から来た? そんな訳ないか。けど、それは僕にも言えるような? 僕は生まれる前の事を良く知ってる。昔、テレビでみたものを覚えてるのだろうか? それにしては知識が鮮明だ。まるで体験してきたみたいだ。これってもしかしたら、前世の記憶だったりして。けど、それなら昭和中期の事をあんまり知らないのがおかしい。ま、そんな事どうでもいいか。
そして、そのあとは、A5黒毛和牛ステーキ寿司、大トロとか出てきたが、お酒が回ってきて美味しかった事しか覚えてない。僕がトイレに行ってるうちに会計が終わってて、エルに肩を借りながら店を後にした。これって普通逆だよね。頑なにエルはお金を受け取らない。そして、タクシーを呼ばれて詰め込まれる。しかもドライバーさんに先にお金を握らせてる。
「じゃ、明日の昼ねー」
手を振るエルに僕は手を振り返し帰宅した。
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