失われた記憶 5
「問題なく使えますよ。けど、使うのもったいないんじゃないですか?」
僕の言葉に彼女の表情は全く動かない。彼女からしたら僕は路傍の石ころみたく、なんにも興味ないものなんだろう。このままじゃなにも変わらない。さすがに五百円札の次に百円札はないだろう。僕にはこれが最後のチャンスに思えた。
「もったいなくないですね。持っててもなにかの役に立つわけでもないですし」
どうにかして彼女と知り合いになりたい。けど、会って数回の女の子になんて話しかけたらいいかわかんない。僕は財布の中から出した五百円玉を彼女に差し出す。当然のように彼女は交換する。そして、また20円チョコと酢蛸三太郎を購入する。なにか、なにか話しかけないと。
「それ、好きなんですね」
「別に、朝食なだけ」
ん、朝食? おいおい、それはアカンやろ。
「若いんだから、ちゃんとしたもの食べた方がいいですよ」
あー、説教好きなオッサンみたいな事言っちまった。本当はもっと美味しいものでも食べに行きませんか的な事をいいたかったのに。はたして彼女は眉をひそめる。
「余計なお世話よ。好きで食べてんだから」
さっき別にとか言ってたのに。やっぱり好きなんじゃないか。
「そうですね。すみません」
裏腹に口から出たのは謝辞。なんかあったら謝るというのが遺伝子単位で染み込んでる。あ、彼女が見てる。目が合った。宝石のような双眸。緑色の宝石、エメラルドかな。
「……ルド」
「聞こえないわ」
「エメラルドみたいですね……」
「…………」
彼女が僕の目を見て黙り込む。しばし僕らは見つめ合う。綺麗だ。こんな女の子と友達になれるのなら死んでもいい。けど、なんでフリーズしてるんだろう。なんかよろしくない事言っちまったのか? けど、多分これが最後のチャンス。
「も、もし良かったら、ぼっぼくがなにか作りましょうか?」
断られる前提で言葉に出す。確か誰かが言ってた。あの天下の大谷さんでも打率は3割。だから凡人の我々のナンパの成功率がそんなに高いわけがない。1割、それでもミラクルだと。
「なにかってなに?」
彼女に少し笑みが。
「ごっごっごはんです」
「何を怯えてるの。取って食べたりはしないわよ。いいわ、食べてあげる。で、あなた仕事いつまでなの? 携帯の番号を教えなさい。私、SNSは勉強中なのよ」
ん、なんか変な流れになっている。まじか? 僕らは電話番号を交換して、彼女のいいなりに、バイトが終わる9時に僕が連絡する事になった。なにが良かったんだろ? ごはんか? エメラルドなのか?
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