第7話
「……旭丘!」
俺は息を切らしながら、渡り廊下で前を歩いていた旭丘に声をかけた。
旭丘は足を止め、不機嫌そうにこちらを振り返る。
「……なに」
彼女と話すのは新学期初日、あの会話以来だ。そんな関係値の人間に話しかけられれば、誰だってこんな反応になる。
ただ俺も勢いで走って呼び止めてしまったため、話すことをなにも考えていなかった。咄嗟に出たのは、先程の一対一。
「……バスケ、上手いんだな」
その言葉を聞いた旭丘は、一気に怪訝な顔になる。
「それを言いにわざわざ追いかけてきたの?」
「……いや、違う」
「じゃあなに」
旭丘はあからさまに、先程よりも不機嫌になった。
でもここで引いていられない。友人が傷つく瞬間をこの目で見て、それを見過ごすわけにはいかないのだ。
「なんであんなことをするんだ?」
「理由なんてない。やりたいことをやったまで」
即答だった。
だが旭丘は本心を喋っている気がするし、きっと嘘ではないのだろう。
「でも、どこの部活も大したことなかったわね」
「……!」
言い返したくなるのを、ぐっと堪える。
目の前で友人が傷つくところを見た。それは事実だ。
だが傍観者の俺に文句を言う筋合いはない。
だから俺がすることは、一刻も早くこの連鎖を断ち切ること。旭丘を生徒会に入れることだ。
「旭丘は普通じゃないことができればいいんだよな?」
「……普通なことが嫌なだけ」
「普通じゃないことをたくさんできる場所があるんだよ。俺ならそこを紹介できる」
「……どこ」
旭丘は気怠さを見せるが、一応聞く気はあるみたいだ。
「生徒会だよ」
「生徒会……?」
ピンときていない様子。それもそうだ。旭丘はまだこの学校に来て日が浅い。この高校の生徒会が異質なことを彼女はまだ知らない。
「うちの生徒会はさ、会長のワンマンなんだ。なんでもできる完璧な人でな、生徒会を一人で回せるくらいすごいんだよ。そんな会長が今生徒会に入ってくれる人を募集してるんだ」
「一人で回せるのに?」
「後進の育成だと」
「ふうん……」
これはでまかせだ。学校の問題児に首輪をつけて監視したいから、なんてことは言えない。
「あなたさっき普通じゃないことができるって言ったわよね? その根拠は?」
「普通を目指す俺が、この学校で一番普通じゃないところだと思うから」
「……それは根拠になり得るの?」
「なんなら一番説得力があるな」
都立井荻高校の生徒会は普通ではない。だから普通じゃないことができるという論理は間違っていないはず。
そして『普通』をこよなく愛す俺が生徒会をこの学校で一番やばいと言っているのだ。それはもうお墨付きと言っても過言ではない。ないよな?
「その会長とやらに会ってみないとわからないわね。でも、なぜあなたが勧誘してるわけ?」
「それは俺が生徒会に入ったからだな」
「……あなたさっき自分が何言ったか覚えてる?」
「一言で言うなら、生徒会は普通じゃない」
「あなたが目指すところは?」
「普通」
「馬鹿なの?」
「色々あったんだよ」
心底呆れた視線を向けられる。俺だって好きでこうなったわけじゃない。もう逃げ場がなかったんだ。
そう主張したいが、旭丘に言い訳しても意味がない。意味があることをしよう。
「悪くないと思うけどな、生徒会。まあ、俺が付いてくるけど」
「……少し考えさせて」
そう言い残し、旭丘は渡り廊下を歩いていった。
「思ってたより好感触だったな」
話も聞かずに去られることを覚悟していたが、一応会話はできた。それにこの段階で完全に断られてもいない。
ファーストコンタクトとしては上々ではないだろうか。
あとはどう首を縦に振らせるかだ。
ただその前に、俺にはやることがあった。
それをやるためには、体育館へと向かわねばならない。
◆
午後六時を回った頃、体育館の出入り口からぞろぞろと部活を終えた生徒たちが下校していく。
だが、体育館の明かりはまだ消えていなかった。
ダムダムと、ボールが弾む音が聞こえる。
その音が誰によって鳴らされているか、中を見なくてもわかる。だから声はかけない。
彼女の気が済むまで、俺は勝手に待ち続けた。
どのくらい待っただろうか。辺りはすっかり暗くなり、外灯だけが目の前の大きな箱を照らしている。
少しすると、体育館の照明が全て消えた。
そうして出入り口から出てきたのは、俺の友達。
出入り口から見える位置で待っていたので、ちょうど目線が合う。
「な、なにしてんの……」
目があった知佳は、割と本気で引いていた。なんなら後ずさっている。引きすぎでは?
「そりゃもちろん、初心者にボコられた部長候補さんを慰めにきたんだよ」
「そのためだけにこんな時間まで残ってたわけ?」
「まあ、友達だからな」
「……馬鹿じゃないの」
知佳はそう呟き、こちらに近づいてくる。その足取りは重そうで、それが練習による疲れなのか精神的なものなのか、俺には判断できなかった。
そうこうしているうちに、知佳が俺の目の前へとやってきた。
「ちょっと肩貸して」
有無を言わさずに、知佳は俺の肩付近に頭を預けた。正面からもたれかかるような形だ。
「俺、お前の彼女に殺されない?」
「大丈夫。あの子、男は敵だと思ってないから」
知佳は他校に彼女がいる。最初知らされた時は驚いたが、それが彼女の『普通』であるなら、俺にとやかく言う権利はない。
しばらくそのままの体勢でいると、知佳が静かに語りだした。
「……あの子、上手かった。緩急の付け方とか、ボールの扱い方とか、私より全然上手かった。あれでまともにバスケやったことないって正気かってくらい、上手かったよ」
それは全くの素人である俺にもなんとなくわかった。一言で言ってしまえばセンスがずば抜けている、そんな印象を持った。
「でも、私だって頑張ってきた……! 一年生の時から先輩もいるのに、部長候補だなんて言われて、プレッシャーすごくて、それでも頑張って結果を出してきた! なのに、なのに……!」
知佳が俺の制服の襟あたりを掴む。それも、皺が付きそうなくらいの勢いで。
「悔しい……。悔しい悔しい悔しい!」
知佳が感情を露わにする。普段そういった感情を表に出さないからこそ、今がどれだけそう思っているかが伝わってくる。
「だから絶対上手くなってやる。もう負けたくないから」
そう言ったところで、知佳は俺から離れた。
「あーすっきりした!」
「そりゃよかった」
「立野も、ありがと」
「肩貸しただけだぞ」
「彼女できないの、そういうところだと思うな」
どういうところだ。
「別に、欲しいとも思ってないしな」
「うわそれ本気で思ってそう……」
そんな会話をした後、知佳は本当にすっきりしたそうで「彼女に会いに行ってくるわ!」とダッシュで帰っていった。そそっかしいやつ。
とはいえ、知佳が元気になってくれてよかった。
こうなってくれれば、知佳に対して俺にできることはもうない。
あとは、俺がやらなければならないことをやるだけだ。




