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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第4章 青春の分水嶺

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第33話

 先生が指を指した方向へ向かうと、男子生徒が大声で言い合っているのが聞こえた。


 でもあの後ろ姿、どこかで見かけたような気がするな……。


 そう思い近づくと、聞き覚えのある声も聞こえてきた。


「おい、あの子可愛くねえか?」

「……ふむ、悪くはないな」


 最低な会話をしていたのは、球技大会で問題を起こしていた口の悪い先輩と鼻につく先輩だった。


「二人ともなにされてるんですか?」


 まあなんとなく察しはつくが、冤罪だと騒がれても困るので一応聞いておく。


「あ? あ、お前は生徒会のいけ好かない後輩」


 俺そんな呼ばれ方してるんだ。


 口の悪い先輩は、俺を見るなり露骨に嫌な顔をした。鼻につく先輩も同様に、あまり俺のことをよく思っていないらしい。


「見てわかんだろ、見定めてんだよ、女子を」

「そんなこともわからないのか」


 よくもまあそんなことを恥ずかしげもなく言えるなと思いつつ、俺は手元でスマートフォンを操作した。こんな奴らは、一回痛い目に遭ったほうがいい。


「それはまた、なんでそんなことを?」


 時間稼ぎに、興味のない質問をする。


「そりゃ決まってんだろ、次の女探してんだよ」

「また被っても困るからな。一緒に探せば被ることはない」


 全校生徒が一同に介することはそうないため、倫理的な観点を除けば確かに効率的だが、この人たちはどうも周りが見えないみたいだ。


 先程から周りの生徒が二人のことをゴミを見るような目で見ている。それに気づかないのは、図太い神経の持ち主かもしくは馬鹿か。


 いくら顔が良くともそんな精神性を持ち合わせていたら、モテるものもモテないだろう。


 不快感を押し殺しつつ、毅然と対応する。


「そうですか。この前とは違って随分と仲良くなられたようですね」

「まあな! やっぱ女の好みが一緒ってのは、話も合うからな!」

「悲しいかな、それは否定できないな」


 俺の我慢も限界に達しそうというところで、二人にお迎えが来た。


「話は聞かせてもらったわ。二人とも、本部まで来なさい」


 現れるは氷姫こと、氷川雪華。


 その声を聞いて振り返った二人の顔は、先ほどとは打って変わって真っ青になっていた。このあと何が待っているかを自覚したらしい。


 俺が説教垂れるより、遥かに効果的だ。


 二人はがっくりと肩を落として、大人しく本部へと向かった。


 二人の後を追うように歩き出した会長が、俺の横で止まる。


「私を使うとは、いい度胸ね」

「適材適所ですよ」

「……そうね。この調子で頼むわ」

「はい」


 会長を見送り見回りを再開すると、ちょうど女子百メートル走が始まっていた。


 旭丘の勇姿を見届けようと、邪魔にならない場所に立ち止まる。まあどうせあいつがぶっちぎりで勝つのだろうが。


「あ、先輩」


 声が聞こえた方を向くと、紫色のクラスTシャツに身を包んだあざと後輩こと、春日莉桜が立っていた。今は一人らしい。


「どうしたの? こんなところで」

「見回りついでに百メートル走の観戦。お前は男漁りか?」

「言い方! まあ、間違ってはないけど」


 間違ってないのか。間違っていてほしかったよ俺は。


「そんなことより、みんなが先輩のことありがたがってたよ。あの三年生二人組注意してくれたから」

「ああ……。うるさかったろ」

「うん、あいつは可愛いだのあいつはブスだの、でかい声で騒ぐからすっごい迷惑だった」


 春日は心底嫌そうな顔をしている。隣で人の容姿をあれこれ大声で言う人間がいたら誰だって嫌だろう。


「今頃会長にしっかり絞られてるはずだから、それでなんとか鎮めてくれ」


 多分もう二度とあんなことをできないような体にされているはずだから……。


「生徒会長の周りだけ吹雪いてたもんね……。それで先輩は、誰目当ての観戦なの?」

「同級生」

「旭丘さんだ?」

「知ってるのか?」

「あんな美人な先輩、目立たないわけないよ」

「それもそうか」


 先生と会長と旭丘に囲まれた生活を送っていると、この三人が基準になってしまいそうで恐ろしい。学校に一人の逸材が一箇所に三人集まっているというバグ。それをおかしいと思わなければならない。


「先輩、旭丘さんのこと好きなの?」


 後輩からの直球の質問に、俺は少したじろぐ。


「…………わからん」

「否定はしないんだ?」


 好きかどうかはわからないが、少なくとも好意的な感情は持っている。ただそれが湊や知佳に抱く感情となにが違うかと問われれば、俺はその答えを持っていないのだ。


「肯定できる材料も否定できる材料もないからな」

「理屈で考えすぎじゃない?」

「それでしか判断できないんだから仕方ないだろ」

「ふーん、ま、人それぞれだけど。旭丘先輩はどう思ってるんだろうね、先輩のこと」

「……どうだろうな」


 初めて会った時より距離は縮まったし、なんならこの前は一つ屋根の下で一夜を過ごしたが、旭丘の気持ちなんてわからない。


 自分の気持ちさえわからないのだから当然かもしれないが。


「あ、旭丘先輩の番だ」


 見ると、旭丘がスタート位置についていた。一人だけクラウチングスタートの姿勢だ。


 そんな旭丘を一目見ようと、多くの観客がそのレースを今か今かと待ち望んでいた。


「なんかギャラリーが多くないか……?」

「旭丘先輩大人気だね……」


 そんあほぼ旭丘目当ての観衆に囲まれながら、スターターピストルの音が鳴り響いた。


 選手は六人おり、旭丘は第三レーン。


 スタートと同時に、クラウチングスタート独特の前傾姿勢で瞬く間に加速していく。旭丘の運動能力は折り紙付きだが、それでも眼を見張るほどのスピードだった。


 ぐんぐんスピードに乗り一度も緩みなく、後続に五メートル以上離してのゴール。ぶっちぎりの一位だ。


 容姿なんて関係のない、『格好良さ』がそこにはあった。


 観客も呆気に取られている。


「さすがだな……」

「速すぎない? 男子にも勝てちゃいそう……」


 春日の憶測もあながち間違いじゃないだろう。きっと普段運動していない男子になら、旭丘はなにをやっても余裕で勝ちそうだ。そのくらいの能力がある。


「これは男子にも女子にも人気が出ちゃうね。先輩、うかうかしてると取られちゃうよ?」


 確かに周りを見れば、変に盛り上がっている男子とキャーキャー言っている女子が多数いる。恐らく今日一日でその数をさらに増やすだろう。


 思わず、想像してしまう。


 他の男と一緒にいる旭丘を。


 他の女と一緒にいる旭丘を。


 ちくりと、胸が傷んだ。


「……なんだ?」


 見知らぬ感情に戸惑う。これは一体、なんなのか。


「どうかした?」

「――いや、なんでもない。お前もさっさと男見つけないと取られちまうぞ」

「私を舐めてもらっちゃ困るよ先輩。今先輩と話してる間に二、三人は見繕ったんだから」

「器用だな……」

「じゃ、先輩も頑張ってね♡」


 きゅるんと可愛い子ぶって、旭丘は人々の往来の中へ戻っていった。あれに落ちる男子がいると思うと、涙を禁じ得ない。


「……戻るか」


 先程の感情に名前をつけることができないまま、俺は本部のテントへと戻った。


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