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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第4章 青春の分水嶺

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第32話

 五月十四日水曜日。


 朝の光が校庭いっぱいに降り注ぎ、雲ひとつない青空が頭上に広がっていた。白線で区切られたトラックの上には、まだ誰も立っていないのに、すでに熱気の予感が満ちている。


 体育祭の運営として、一般生徒よりも早く校庭に下りた俺は、実行委員のテントの下でぼんやりと眼前に広がる砂の舞台を眺めていた。


 やがて、クラスごとに整列した生徒たちがぞろぞろと集まってくる。赤、青、黄色、緑――それぞれのクラスカラーを映したTシャツが、鮮やかなモザイクのように校庭を彩る。太陽の光に照らされて生地がきらりと光り、風にそよぐたび、まるで色とりどりの旗が並んでいるかのようだ。


「おはよう、彩人」


 しばらく待っていると、そのテントに湊が現れた。ピンク色のハチマキを付け、同じくピンク色のクラスTシャツを身に着けている。


 こんなに派手な色なのに似合っているのは、やはり顔の良さか。


 同じクラスなので当然俺もクラスカラーであるピンク色のTシャツを着ているが、これがまあ似合わない。ただ気にしても仕方がないしみんな着ているので、目を瞑るしかない。


「おはよう。今日はよろしく頼む」

「もちろんだよ。頑張ろうね」

「ちょっと、私も忘れないでよね」


 湊に遅れて登場したのは知佳だった。知佳も湊と同様に派手なクラスカラーを着こなしている。やっぱり顔なのだ、この世界。


「なんだ、いたのか」

「あ? やるか? 今から実行委員バックレてもいいんだぞ?」

「すみませんでした」


 湊と知佳は球技大会に引き続き実行委員を務めてくれている。球技大会から連投することが通例とは言え、快く受けて入れてくれた二人には頭が上がらない。


「ふん、それでいいのよ」

「まあまあ、二人とも」


 知佳も別に本気で言っているわけではない。お互いにわかっているからこそのじゃれ合いのようなものだ。湊もそれをわかって、適当なところで仲裁してくれる。


「知佳も今日は頼むな」

「任せろ」


 知佳は腕に巻いた「実行委員」の腕章を揺らしながら、Vサインで応える。今日も存分にっ頼らせてもらおう。


 時計を確認すると、開会式の時間が迫っていた。


「そろそろだな。クラスの方任せた」

「うん、わかった」

「はーい」


 クラスの整列は実行委員の仕事だ。あの二人の指示なら、クラスのみんなはすぐに言うことを聞く。こちらとしては本当にありがたい限りだ。


「なにしてるのよ……」


 二人の親友の背に向かって拝んでいると、その様子を見ていた旭丘が歩きながら声をかけてきた。


「見りゃわかるだろ。拝んでんだよ」

「あの二人に向かって?」

「もう仏の域だからな」

「あ、そう……」


 興味がなさそうに呟いた旭丘は、校庭を眺めた。それは緊張や不安を孕みながらも、高い士気も感じる眼差し。球技大会の頃の旭丘は、もういなかった。


「いよいよだな」

「……そうね」

「心配か?」

「そうじゃないって言ったら、嘘になる」

「正直だな」

「誤魔化しても仕方ないもの」

「まあ、大丈夫だろ。会長と先生にいろいろ聞いてたみたいだし、なんとかなる」

「あなたもいるしね」

「……俺は関係ないと思うが」

「いいのよ、お守りみたいなものだから」


 そう言って、旭丘は拳を軽く突き出した。


「頼むよ、私の魔除けさん」


 それに応えて、拳を合わせる。


「祓えるようにせいぜい頑張るよ」



 ◆



 実行委員長の選手宣誓で、体育祭は始まった。


 朝礼台には当たり前のように会長がいて、校長先生のお株を奪っている。この高校では見慣れた光景だが、常識に照らすとまあやっぱりちょっとおかしいよな、とは思う。


 体育祭においての生徒会の役割は、基本的に球技大会の時と変わらない。


 運営の主体は実行委員に任せ、そのサポートや実行委員では下せない判断を生徒会が行う。時々見回りはするが、基本的に本部のテントに在中することになっている。

 会長と先生もいることにはいるが裏方に徹しているので、主としては俺と旭丘が動くことになる。


「そういえば、旭丘はなんの種目に出るんだ?」


 隣でガチガチに緊張している旭丘の気を紛らわせる意味も込めてボールを投げる。

 そんなボールは辛うじて返ってきた。


「え? ああ……。百メートル走と障害物競走とあとはリレーね」

「めっちゃ出るじゃん……」


 個人競技に関しては出たい人が出る方式を採用しているため制限はないのだが、一人で三種目も出るのは旭丘くらいだろう。


 これで団体競技まで出るのだから、全く恐ろしいものである。


「立野くんは?」

「団体競技だけ」

「でしょうね……」


 個人競技に出るのは運動神経がいい奴だけで構わない。俺みたいな凡人にできることはそいつらを全力で応援することだけだ。


『女子百メートル走に出場する方は、入場門に集まってください。繰り返します――』


「お、早速出番か。全力で走ってその緊張どっかに吹き飛ばしてこい」

「……努力するわ」


 苦笑いで答え、旭丘は小走りで入場門へと向かった。


「大丈夫かな、あいつ……」

「自分の心配より他人の心配か?」


 そう後ろから声をかけてきたのは、俺と同じクラスTシャツを着た小竹先生だった。派手なピンク色なのに、似合っている。やはりこの世は顔なのか。


「俺は団体競技だけですから」

「なんだ、知らないのか?」

「なにをです?」

「――いや、知らないならいいんだ、忘れてくれ」


 先生は本当になにもなかったような態度で、そう打ち切った。なにか俺に知らされていないことでもあるのだろうか。


 疑問に思ったのも束の間、


「あ、あそこでなんかトラブルが起きそうだぞ。行ってこい」

「え、どこです?」

「ほら、あそこだ。行け」


 そんなやり取りで放り出され、疑問も霧散してしまった。


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