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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第1章 『普通』じゃない彼女

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第3話

 先生に連れられてやってきたのは、職員棟の二階にある生徒会室。一般的な生徒ならまず来ないので、こんなところにあったのかと素直に驚く。


「初めて来ただろ」

「はい、普通の生徒なので」


 先生は肩をすくめ、生徒会室をノックした。


「氷川、私だ」

「どうぞ」


 先生に促され中に入ると、そこには一般的な教室ほどの広さの部屋と、恐らく生徒会長が使っていると見られる机が一つだけポツンと置かれていた。かなり異質な光景と言っていいだろう。フィクションに出てくるような生徒会室では全くない。


 そんな感想を抱いていると、後ろのドアが締まる音が聞こえた。振り返れば先生の姿はなく、無惨にも閉められたドアしか確認できなかった。


 ドアに駆け寄り開けようとするが、なにか棒のようなもので抑えられ、すでに開かなくなっている。


「!? 先生!?」

「すまん立野! 許してくれ!」


 その謝罪だけ残し、先生の気配は消えた。


「嘘だろ……」


 なんとか開かないかとドアを叩いたり開けたりしようとするが、びくともしない。ただわかることは、生徒会室に閉じ込められたこと。そしてここには、あの生徒会長がいることだ。


「そんなに乱暴にしたら、壊れてしまうでしょう」


 その声の冷たさに、俺は思わず振り返った。振り返ってしまった。


 生徒会室の奥、生徒会準備室から出てきたのは、この学校の生徒会長にして一番の権力者、氷川雪華ひかわせつか


 長い髪を一つにまとめ、眼鏡を掛けた端正な顔つきに、口元には黒子。細身ながらもスタイルは抜群でその曲線美は見るものを魅了させる。今朝見た転校生もかなり綺麗だったが、会長も負けず劣らず綺麗だ。どちらか選べと言われても多くの男子は選べまい。


 彼女を一言で表せば才色兼備。頭脳明晰かつ容姿端麗で、身体能力も秀でたものを持っている。欠けているところがなにもない、まさに完璧超人。


 そんな彼女がなぜこんな自称進学校に進学したかは謎だが、その有能さから一年次より生徒会長を務め、他を寄せ付けない性格から自分以外の生徒会を全て辞めさせ、本来一人で行うことは不可能な生徒会の業務を一人で回しているという、正真正銘の化け物だ。


 そして彼女には教師も逆らえない。別に彼女の両親が権力者とか、そういったことではない。単純に彼女がいろんな面で優秀すぎて、誰も強く出られないのだ。


 それ故についたあだ名が「氷姫」。


 その生徒会長が俺を呼び出し、俺と二人きりという状況を、教師を使って作った。そんなの良いことが起きるわけがない。


 心拍数が高まり、熱くないのに妙な汗をかき始めている。


 人と対峙して緊張するなんて初めての体験だ。そのくらいこの生徒会長には威圧感というものがあった。


「急に呼び出して悪いわね」

「いえ……」

「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うけれど」


 生徒会長の鋭い視線が、俺の目を捉える。そして彼女はこう言い放った。


「立野彩人くん、あなたには生徒会に入ってもらいたいの」


 その言葉を脳が受け入れるのに、いつもの倍以上かかった気がする。それほどまでに、聞き馴染みのない言葉で、簡単に頷ける内容でもなかった。


「……話が、見えてこないんですが」

「……まあいいわ、順を追って説明してあげる」


 呆れながらも、会長はどうしてそこに至ったかを話してくれるらしい。


 会長はこの教室唯一の椅子に座り、腕を組んで話し始めた。


「この学校が部活動に力を入れているのは知っているわよね?」

「まあ、はい」

「強制こそしていないけれど、ほぼ全員なにかしらの部活動に参加していることは?」

「……はい」

「ではそれに『ほぼ』という副詞がついてしまう原因が誰にあるのかも?」

「存じ上げております……」


 つまり会長はこう言いたいのだ。


 どっかの誰かさんがなんの活動もしていないせいで入部率100%を達成できないから、生徒会執行部に入れ、と。


 こうして論理的に詰められると自分がとんでもなく悪いことをしているかのような錯覚に陥ってくる。


 落ち着けと、自分に言い聞かせる。

 部活動の参加はあくまで任意だ。俺は何も悪いことはしていない。


 なんとか自分にそう言い聞かせ、意識を強く保つ。


「なぜ頑なに入ろうとしないの? 私がこう言うのも変だけれど、入って幽霊部員にでもなんでもなればいいじゃない。そうしたら私からこんなに言われることはないし、変に浮くこともない。それであなたのよくわからない目的は達成されるのではないの?」


 元も子もないことを会長は言う。確かにそういった生徒は多くいるし、俺もそう考えたことはある。そのやり方でも俺の目的は達せられるだろう。


 でも、それでも。


「……自分に嘘をつきたくないんです。もし仮に、そのやり方でこの場を凌いで卒業したとしても、俺はきっと後悔します。こういう生き方をしているからこそ、自分に正直でありたいんですよ」


 会長は一切表情を崩さず俺の話を聞いている。納得したのかどうかわからない顔で俺を見つめる。会長の鋭い双眸を受け止め、俺も負けじと見つめ直す。


「それがこんな結果を生んでも?」

「そうなってしまうのであれば仕方ないです」


 見栄や強がりではなく、本心からの言葉だった。


 普通を目指すために手段は選ばない。そして自分に正直でいたい。それが俺のポリシーでありある種のプライドでもあった。


だからそれを貫き通したときに、そのことで自分になにか不都合が降り掛かったとしても、それは甘んじて受け入れなければならないと考えている。


 会長はふうと息を吐いた。呆れたのか諦めたのか。当然前者だとは思うが。


「私が生徒会長である以上、誰かが部活に入っていないなんてことはあってはいけないの。これはあなたが『普通』を目指しているのと同じで、私も『完璧』を目指している。だから許されないの。これは、わかってもらえる?」

「もちろん、わかります」


 きっと誰よりも。


「だから私はどうしてもあなたを部活に入れたかった。でも、できなかった」


 会長でもできないことがあるのか。

 そんな疑問に答えるように、会長が口を開く。


「小竹先生がいたからよ」


 どうやら小竹先生は、他の先生だけではなく、生徒会長からも俺を守ってくれていたらしい。ほとんどの先生が会長の言う通りにするのに、小竹先生だけはそうしなかったと。


「他の生徒会の活動は私に一任しているのに、それだけは譲らなかった。それがなぜだかはわからなかったけれど、とにかく私はあなたに手出しできなかった」

「じゃあ、今日はどうして?」

「そうね、端的に言うとあの人の弱みを握ったから」


 まさか、それだけのために先生を嵌めたのか……?


 そうであるならば、それは許しがたい行為だ。


 いくら完璧を目指して、それを達成する目的があったとしても、他人を陥れることはあってはならない。俺だって別に、他人を蹴落としてまでは『普通』を目指したいとは思っていない。


 次の発言次第で、会長の評価が変わる。


 そう思い身構えたが、会長の言葉は拍子抜けするものだった。


「私が学校に忘れた制服を、あの人が勝手に着てたのよ」


 あんたって人は……ッ!

 全部先生が悪いです。会長は何も悪くないです。


「そのことを誰にも言わない代わりに、先生はあなたを売ったわ」

「そうでしたか……」


 ちょっとでも尊敬しかけた俺が馬鹿だった。もちろん、今まで庇ってもらっていたことには感謝している。しかし、その後があまりにお粗末すぎる。


が、正直制服を着た小竹先生は見たい。割と。


「ちなみにこれ、断ったらどうなります?」

「あなたが首を縦に振るまで、毎日教室に勧誘に行くわ」

「それでもイエスと言わなかったら?」

「……生徒会室で監禁かしら」


 物騒すぎる。


 本来であれば絶対に許されない行為だろうが、うちの学校なら許されてしまいそうな気がしてくる。


「当然私であれば許されるわ。生徒会準備室に寝泊まりすることもあるから。人が一人増えるだけ。誰もわからないし気づかない」


 会長は淡々と喋る。言っていることは物騒だが、なぜかすんなりと耳に入ってくるから不思議だ。


 そのあたりも抜かりはないし、俺の親が家を空けがちなのももちろん把握しているだろう。逃げ場はないというわけだ。


 逃げ続ければ多少は延命できるかもしれない。だが、逃げ続けた時のリスクがでかすぎる。ここで折れたほうが、身のためらしい。


 癪ではあるが、どうにも断ることはできないところまで来てしまっていたみたいだ。一年間自由でいられただけマシか。


「……わかりました、降参です。入りますよ、生徒会」

「あら、意外と素直なのね」

「ここで逆らったほうが後で痛い目に遭いそうですから」

「そう、利口ね。でもよかった、これで一安心ね」


 よかった、とは全く思っていないであろう表情と声音で彼女は言った。


俺、この人の奴隷になるのかな……。


「それで、俺は何をすれば?」


 会長だけで回せてしまう生徒会の業務を、一般生徒代表であるところの俺に何が手伝えるというのだろうか。


会長の椅子とか? それならできます、自分。


「今日はもう帰って構わないわ。明日以降また呼び出すから」

「あ、わかりました……」

「ドアはもうすぐ開くわ、先生を呼んだから」


 少し待つと、閉じられていたドアがゆっくりと空いた。そして現れたのは、バツが悪そうな顔をした小竹先生。


「お久しぶりですね、先生」


 俺が生徒会に入らざるを得ない理由を作った先生に、嫌味を最大限に込めて言い放った。


「あ、ああ……」

「ちょっとお話いいですか?」

「……はい」


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