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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第3章 君のいない教室

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第29話

 買い物やら料理やらを終え、時刻は一九時過ぎ。碌に昼食も取れていないのでお腹はペコペコだ。


 そして目の前には、お店で出てくるものと遜色ないオムライスが置かれている。卵をふんだんに使ったので、見るからにふわふわで美味しそうだ。ちなみに俺は、米を炊くなどという活躍を見せている。


「「いただきます」」


 待ちに待ったオムライス。俺はスプーンで丁寧にすくい上げ、口へと運んだ。


 瞬間、やわらかな卵が舌の上でとろけ、甘酸っぱいトマトの味が広がる。その奥から、バターと玉ねぎの優しい甘みが追いかけてきて、口の中いっぱいに幸せが満ちていく。


「う、美味すぎる……。店出せるぞこれ……」

「大袈裟よ」


 旭丘は謙遜混じりで笑いながらそう言っているが、本当にそのレベルにあるくらい美味しい。一口、一口と食べる手が止まらなかった。


 気付けば、目の前のお皿は空になっていた。多めにしてもらったので足りないということはなく、お腹も心も満たされていた。


「ごちそうさまでした。今日も大変美味しかったです」

「お粗末様でした」


 早めに洗い物を済ませてしまおう二人の意見が一致し、俺たちは皿洗いを始めた。前と同じように俺が洗い役で、旭丘が拭く役。洗い物自体も多く出していないので、それ自体はすぐに終わった。


 食事はテーブルと椅子で済ませたが、立野家のリビングにはソファも設置されている。普段くつろぐときはこちらを使っているため、身体は自然とそちらに向かった。


 時刻は二〇時過ぎ。明日は土曜日で授業もない日のためゆっくりできるが、まだお風呂も済ませていない。旭丘のことも送らねばならない。


 だが身体が言うことを聞かなかった。


 ソファに座り込むと疲労が一気に広がり、動く気というものを根こそぎ奪っていく。


 それは旭丘も同様らしく、俺に釣られるようにソファになだれ込んだ後、疲れ切った表情で背もたれに寄りかかった。


「疲れたな……」

「疲れたわね……」


 基礎体力はあるであろう旭丘でさえこんなに疲れているのだから、俺が疲れないわけない。正直限界だ。このまま寝たい。


 そしてその眠気はすぐに襲ってきた。食後であることも相まって、かなり強烈だ。だがここで寝たら、確実に終電前には起きられない。


 鋼の意思で、なんとか瞼を持ち上げていた。


「……改めて、今日はありがとう」


 見ると、旭丘が姿勢を正してこちらに頭を下げていた。


 それを見て少しだけ眠気が飛ぶ。


「頭下げられるようなことはなにもしてないぞ。何度も言うが、お前が頑張ったんだ」


 そう、あくまで俺は舞台を整えただけ。あそこで旭丘が出てこなければ、俺の行動は全て無意味だった。でもあの場面で勇気を出して立ち向かったのは、紛れもなく彼女自身なのだ。


「体を張るあなたを見て勇気を貰えたから頑張れたのよ。それに、私が本当にしたいことも見つかったし。やっぱり立野くんのおかげ」

「したいことって?」

「……私ほら、最初の自己紹介ですごいこと言ったじゃない。今思い出すと、顔から火が出そうだけど」

「ああ、あれが自分だったと思うと、死にたくなるな」


 そう言葉にすると、無言で旭丘に睨みつけられた。怖いので両手を挙げて降参アピールをする。


「あの時は普通じゃないことをしたいって言っていたけど、お母さんと向き合ってそうじゃないことに気付いた」


 旭丘は一つ一つの言葉を丁寧に紡いでいく。


「私は、私が選んだ道を進みたいの。誰かに示してもらった道じゃなくて、自分が考えに考えて選んだ道を」


 それは、ひどく難しい道のようにも見える。だが旭丘は揺らがなかった。


「それが普通でも、普通じゃなくてもいいの。自分で選ぶことが大切なんだって、そう思った」

「……そうか」

「うん。だから――」


 一呼吸置いて、旭丘が続ける。


「だから、立野くんにはそれを近くで見てもらいたいの。たくさん間違えると思うし、たくさん迷惑かけるかもしれない。でも、あなたにだけは見届けてもらいたい。ダメ、かな……?」


 自信なさげな旭丘が、俺を見つめる。


 頼ってくれるのは、確かに嬉しい。ただ、頼られるほど強くないことも、充分わかっているつもりだ。


 それでも、旭丘に応えたいと思う自分がいる。


 旭丘と一緒にいたいと思う自分がいる。


 だから俺は、格好つけてこう言うしかないのだ。


「わかった。俺が最後まで見届ける。約束だ」

「――ありがとう、立野くん」


 そして彼女は、花みたいに笑った。



 その後は、他愛のない話で盛り上がった。


 秋田の家まで来たときは本当にびっくりしたとか、家の前で叫び始めたときはもっとびっくりしたとか、そんな話だ。


 先ほどとは打って変わって明るい雰囲気に俺も釣られて声を出して笑い合った。


 一頻り話すと、それで満足したのか、彼女は大きくあくびをした。


「んー、話したら眠くなってきちゃった」


 俺もその空気に当てられ、再度眠気が襲ってきた。


「確かに、眠いな……」

「ねー……、ちょっとだけ寝て良い……?」

「絶対ちょっとじゃないだろ……」

「まあ細かいことは気にしないということで……」


 起きたら忘れていそうなやりとりをして、俺と旭丘はソファで深い眠りについた。


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